
話が、回り道してしまったが、
「表現負担」はどこへいったか?
である。
(3)でも述べたが、「選ぶ」「再構成する」クリエイティブが
今の多くの広告プロダクションの主流になって来ている。
理由は、デザイナーが「描かなく」なってきているから。
あと、それに呼応して、多くのイメージ供給が企業化した○マナなどの
イメージラボとレタッチ業が融合したようなところから「選べる」ことも
大きい理由だ。
もっとも、このへんの順序は「鶏が先か卵が先か?」というやつだ。
理由はともあれ、デザイナーが描かない現場が増えた。
だが、デザイナー自体のカンプ作業は以前にもまして増加している
ように見える。
少なくとも私の知っているいくつかの大手広告プロダクションでは
そうなっている。
そう。結論から言うと、カンプライターの作業を
デザイナーが負荷として負っているケースが多いのだ。
「よりきれいに見栄えよく作る」
ために、写真の方がいいという理由もある。
「描き」の作業が見積から消えて「写真合成」に
変わってきている。
「写真合成」を誰に発注するか?
カンプライターで手描きどっぷりの人は
デジタルへの移行が遅れたり、あるいは、
写真とのミックス/コラージュに抵抗があったり
で、頼みづらいと考える発注者は多い。
(さすがにこのへんはクリアする人の方が増えたが。)
「描く」作業と言いにくい以上、
イラストレーターの仕事とも考えない。
レタッチャーのフリーなんて
カンプライター以上にいない。
(だから、ぼくはケースバイケースで
レタッチャーもやってきたのだが。)
となると、料金が高くても会社として
やっている前述の業者などに頼んでいるケースが少なくない。
そして、高いがゆえに、頼みにくい時は
社内で内作するということになって、
「合成イメージカンプ屋さん」になっている
プロダクションデザイナーが多くないか?
クライアントからしてみれば、
「選択肢」が増えるのがいいこと、と
安易に考えているかも知れない。
が、実際にいろいろな現場に行ってみて、
感じるのは、カンプの提案数が増えたからといって
本当にタイムリーな案が比例して増えていると
言えるのだろうか?という疑問だ。
アイデアの「よい意味での取捨選択」を少ないコストで
行っていくためにカンプやサムネールの技術を
私達は磨いてきたのではなかったか?
細分化する作業が大きな仕事では絶対必要である。
部分部分が企業化するのも進化の中で当然の流れだ。
より高いレベルの進化のために
今一度、「手描き」から「デジタル」「合成」
にシフトしていく中で「抜けがちな部分」を
見直す必要を強く感じている。
「表現負担」はどこへいったか?
である。
(3)でも述べたが、「選ぶ」「再構成する」クリエイティブが
今の多くの広告プロダクションの主流になって来ている。
理由は、デザイナーが「描かなく」なってきているから。
あと、それに呼応して、多くのイメージ供給が企業化した○マナなどの
イメージラボとレタッチ業が融合したようなところから「選べる」ことも
大きい理由だ。
もっとも、このへんの順序は「鶏が先か卵が先か?」というやつだ。
理由はともあれ、デザイナーが描かない現場が増えた。
だが、デザイナー自体のカンプ作業は以前にもまして増加している
ように見える。
少なくとも私の知っているいくつかの大手広告プロダクションでは
そうなっている。
そう。結論から言うと、カンプライターの作業を
デザイナーが負荷として負っているケースが多いのだ。
「よりきれいに見栄えよく作る」
ために、写真の方がいいという理由もある。
「描き」の作業が見積から消えて「写真合成」に
変わってきている。
「写真合成」を誰に発注するか?
カンプライターで手描きどっぷりの人は
デジタルへの移行が遅れたり、あるいは、
写真とのミックス/コラージュに抵抗があったり
で、頼みづらいと考える発注者は多い。
(さすがにこのへんはクリアする人の方が増えたが。)
「描く」作業と言いにくい以上、
イラストレーターの仕事とも考えない。
レタッチャーのフリーなんて
カンプライター以上にいない。
(だから、ぼくはケースバイケースで
レタッチャーもやってきたのだが。)
となると、料金が高くても会社として
やっている前述の業者などに頼んでいるケースが少なくない。
そして、高いがゆえに、頼みにくい時は
社内で内作するということになって、
「合成イメージカンプ屋さん」になっている
プロダクションデザイナーが多くないか?
クライアントからしてみれば、
「選択肢」が増えるのがいいこと、と
安易に考えているかも知れない。
が、実際にいろいろな現場に行ってみて、
感じるのは、カンプの提案数が増えたからといって
本当にタイムリーな案が比例して増えていると
言えるのだろうか?という疑問だ。
アイデアの「よい意味での取捨選択」を少ないコストで
行っていくためにカンプやサムネールの技術を
私達は磨いてきたのではなかったか?
細分化する作業が大きな仕事では絶対必要である。
部分部分が企業化するのも進化の中で当然の流れだ。
より高いレベルの進化のために
今一度、「手描き」から「デジタル」「合成」
にシフトしていく中で「抜けがちな部分」を
見直す必要を強く感じている。











東京の弱小プロダクションでディレクター兼、デザイナー兼、営業兼、人事兼…
複数兼務は当たり前の世界にいます。
「合成イメージカンプ屋さん」
この表現ぴったり…
私も絵が書けないデザイナーです。
それはもう画伯級。
かといってお客様からはクオリティの高いカンプを要求され(もちろんこの部分にお金はでない)、毎日○マナさんや○○ストックさんとにらめっこです。
主に広告制作ですが、どうしても表現したい絵が見つからない(又は作れない)場合、実際は撮影するとして、カンプ段階では表現をコメントで表記するのですが、想像力が乏しいクライアントはこちらの苦労も知らず「ぜんぜんダメ。やり直し」
どんなに絵が描けたら良いかと思う日々です。。。
半分愚痴ですみません。
大変ありがとうございます。
絵が巧く描ける僕たちはコストの問題で切り捨てられて、
現状はトップの現場に15年携わった広告の仕事がほぼ
消えました。
時代は記事を書いた当時とは大きく変化してもいます。
構造とインフラ、次世代メディア、次世代通信技術などの
変化・進化と政治不安定、経済問題なども絡まって、業界
の地図は大きく塗り替えられています。
プロダクションが生き残るには「外注」「孫請け」を
セーフティネットの1つとして切り捨てて内作するという
選択肢があって多くの会社が飛びつき、実際に多くの技術
を在野で持っていた方々が次々職を失ってもいます。
広告業界は一昨年来より既に人を育てる力はなく、消費に走っていると考えています。業界が外からは見えませんが
明らかに技術的に空洞化しつつある。マーケティングとして
専門化する事と表現が伴わなくなっていると感じます。
僕たち描き手が大きな視野をもって、自立し、複合的な技術を身につけて、こちらから仕事を選べる事を恒常化しない限り、「下請け」に甘んじる体質から抜けない限り、日本のクリエイティブは一時的に衰退の時期を過ごす事になると考えています。広告以外からは良いクリエイティブはまだ出てくるかもしれませんが、広告においては長い冬になると感じています。
各業界がそれぞれ、技術者の「適正化」には費用をかけるべきと思います。広告や出版、印刷業に育ててもらっても来ました。時間的に谷間を作ると、技術は他の業界に流れる。
これから、身をもって広告業界が直面するのはそういう事だと思います。