ボランティア日記

東日本大震災ボランティア活動の、日々の記録。

ボランティア活動一時中止

2011-07-03 09:54:53 | 日記
被災地が梅雨入りしていることもあり、現在ボランティア活動は一時中止している。


また、石巻では、個人宅からのガレキ撤去等のニーズも無くなり、復旧作業も一段落したとの情報が現地ボラセンにてあった。


地域によって差があり依然として重機や人手が必要なところがあるものの、ぼちぼち落ち着いてきた感じも出てきた。



今後も引き続き、何らかの形で(ニーズがあればドロ出しでも何でも)携わって行くつもりだけど、一つの節目かな、とも思う。


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石巻から帰宅

2011-06-21 07:14:08 | 日記
昨日は、石巻で1日ドロ出しをしてから家に帰った。


日曜の夜、石巻のキシワダさんから、月曜から1週間ほどボランティア活動をする旨の連絡があったからだ。

朝5時に花巻を出発し、8時過ぎには石巻に着いた。



石巻の近く在住の、現職の自衛官と一緒に作業した。

休みの日を利用してボランティアに来ているという。

腰が低くて氣配りの出来る人で、陸上自衛隊式のドロ出しのやり方を教えてもらった。



腰を低く落とし、肩の力を抜いてスコップの根元部分を順手で持ち、ザクッとスコップをドロに入れる。


ドロをすくう時の音まで変わり小氣味良い。

かつ、ドロもスコップに山盛りなるので作業効率もかなりアップした。



加えて、効率的な土嚢の詰め方と積み方も教えてもらった。

積み上がった土嚢の山を見ると、なるほど、これから市街地で銃撃戦があっても充分耐えうるんじゃないかと思った。



こんなドロ出しのやり方を教えてもらったら、当分ボランティア活動はやめられないな、と思った。



夜12時頃、家に到着。
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早池峰山登って go home

2011-06-19 19:53:57 | 日記
第3次ボランティア活動の締めに、早池峰山(1917m)に単独で登った。

登りは、河原の坊から頂上まで1:33。
降りは、頂上から小田越まで1:05。
と、まずまずの感じ。


途中、急坂の岩場の連続で、思っていたよりもハードで、がっつりと汗を流した。

2000m弱の標高の世界は、やはり良い。別世界だ。




帰りは、花巻の台温泉という、なかなか良い感じの古い温泉宿に泊まった。


玄関先で声をかけても誰も出て来ないぐらいの営業っ氣の無さ。

値段は、朝夕食付きで6370円というお値打ち価格。


過剰なサービスも無く、ほど良い感じの放っとかれ感がまた良い。

しかも、温泉はしっかりと源泉掛け流し。



部屋は、川のせせらぎが聞こえてきて、鳥の鳴き声も聞こえて来る。


何とも落ち着いて、リラックスできる空間だ。



こういうところは、ネットで検索してもなかなか行き着かない。



天気も、当初はどんよりとした曇り空で陽が出てなくて暗かった。
が、登って行くうちに、曇り空の中から少しづつ陽が射して来た。

おかげさまで、少し氣分が晴れてきた。
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陸前高田 ブロック塀撤去

2011-06-19 05:57:11 | 日記
昨日は、海から数百m程の、家の基礎しか残っていない野原の様なところでのガレキ撤去。

10名前後の7チームに分かれて作業にあたった。


他のボランティア団体があらかた片付けていたのと、重機が入れないので、ブロック塀や家の柱等が残っていたので作業も仕上げがメインだった。


うちのチームの20代の社会人と学生のクラッシャー君ペアが、海から流れてきた岩を使って、ブロック塀に岩を打ち付けてボロボロに壊して撤去する事に成功。



岩手の大槌では、合同慰霊祭が執り行われた。

現場近くでも、喪服姿の方々が元の家のあった所で献花と線香をあけていた。



ここ陸前高田(他も同じだけど)は、津波被害の面積も広く、重機と人手が足りていない。


ガレキでいっぱいの焼け野原の様な光景が延々と続いている。


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陸前高田 ガレキ撤去

2011-06-17 22:15:50 | 日記
畑のガレキ撤去。

線路脇で重機が入らない為、17名のマンパワーで作業にあたった。

昨日からの引き継ぎ作業で、残り一角のガレキを片付け、最後に簡単な清掃まで済ませて何とか作業完了。

作業完了時、地主さんがお礼のご挨拶にいらした。


陸前高田は、これまで見た津波被害で一番すごい。

津波でやられている面積の規模が数km四方に渡っており、まさに焼け野原のようだ。

かつ地盤沈下も著しく、海からかなりの面積の部分が水没している。


作業中に間近に見たのは初めてだが、現場近くでは、警察が遺体捜索を行なっていた。


あらためて、ガレキは単なるガレキではなく、お亡くなりなった方々や被災された方々の、色々な思い出のあるモノなんだな、と思った。


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