経済学・哲学・温泉草稿

興味の趣くままに読んで考えてみます。目標は心理歴史学のセルダン関数。息抜きに温泉巡りします。

『経済数学の直観的方法』 長沼伸一郎著

2016年09月20日 | 読書(数学)
amazonで予約注文した待望の本である。内容が濃いので一気読みはできなかったが、これほど夢中で読んだ本も珍しい。以前、同じ著者の『現代経済学の直観的方法』をPDF版(市販本ではなく有償配布)で読んだことがあるが、内容はまったく異なる。前著では金融制度を経済戦争におけるロジスティクスとして説明しているのが斬新であり印象に残ったが、経済数学の説明はなく、内容もケインズ経済学にとどまっていた。
今回の本は、ケインズ経済学以後の難解な動学的均衡理論を分かり易く説明している。「直観的方法」とはいえ、本質的なところが深く説明されている。
これまでマルクス以外の経済学の本を読んで常に感じていた異和感があった。それは、消費者行動における効用最大化とか、投資行動における利潤率最大化などを原理としているのだが、「本気か?」と言いたくなる。原理というにはあまりにも単純素朴すぎるし、部分の総和は全体と異なると思うからである。それにそれらの原理が個々の経済主体の目的なのか経済社会の運動原因をあらわしているのか位置づけが曖昧であり、あまり本気で付き合う気がしなかったのである。ファイナンスとか投資理論などは、バカな奴の行動をバカな奴が分析するおバカな理論というのが率直な感想だった。
ところが著者によるとそれらの原理は解析力学における最小作用の原理のようなものだという。そして最小作用の原理はフェルマーの原理(光の最短経路)に起源があるのだが、自然がそうなっているということができるだけで、その原理の原因を問うことができない。(だから原理なのだが)ただ、最小作用の原理に基づいて導出された物体の運動経路はなぜか自然の観測と合致しているのである。
同様に経済学における効用最大化とか利潤率最大化などのミクロ的原理についても、その原理によって導出された成長経路が観測に合致しているかどうかを議論すれば良いということになる。そのためにはマクロ経済学のミクロ経済学的基礎付けが必要なのだが、動学的均衡理論がその基礎付けを行っているということである。
これまで経済数学の入門書を色々読んできたが、ラグランジュアンとかオイラー方程式などは、要するに制約条件下で最適解を求めるための計算技術としてしか理解していなかった。
著者はこれらの数式や変数の経済学的な意味について単に言及するだけでなく、経済学史を踏まえて詳細に説明している。例えば経済学で頻出するオイラー方程式はxとxドット(変化率)の二変数による微分方程式だが、それは微分しても変化しないeの指数関数で簡単に解が得られるという計算上のテクニックだとしか思っていなかった。しかし著者によると経済学においてxとxドットの関係が成り立つのは、消費と消費の変化率から最適成長経路を導出するラムゼイ・モデルが唯一であり、それ以外の経済事象において、このような関係は通常成り立たないという。それが一般的に成り立つのは、ある変数について現時点x(t)と将来のx(t+1)をラグランジュアンとして立てて未定乗数法でオイラー方程式を導出した場合のみである。著者はこの点について理系的視点であると断りながら、ルーカスの合理的期待形成仮説が重要であるのは、現在と将来の変化率の予想を考慮することで、最適制御理論を経済学の分野で一般的に適用する道を開いたことにあると指摘している。
こうしてみると、やはり現代経済学は解析力学のアナロジーだということがよく分かる。著者によると解析力学は最小作用の原理によって自然の秩序を整合的に洞察しうるのだが、同様に経済学におけるラグランジュアンがこの最小作用の原理に相当するということである。ただ解析力学と違い経済学においては、このラグランジュアンの式において何を最小(あるいは最大)とするかはモデルによって異なるということである。
本書はあくまで「直観的方法」であるから細かい計算過程は他の専門書で補う必要があるが、ただ、この本を読むことによって、例えば成長理論が何を議論しているかが分かるようになる。
この本はケインズ以後が主な対象だが、ケインズのIS-LM分析の重要性についても類書と異なる理解が得られる。ヒックスが提唱したこのIS-LM分析がなぜ重要なのか。著者の説明を読んでいると、どうもミクロ的テイストを感じるのである。つまりワルラスの一般均衡論がマクロ的政策の役に立たないのはn個市場の均衡が成立するはずだと数学的に主張しているだけで、n個市場の相互影響を考慮すると、著者の言うように三体問題の制約があり均衡値を具体的に求めることは不可能だからである。
これに対しIS-LM分析は、すくなくとも実物市場と貨幣市場の二つの市場均衡がどのような関係になるかグラフによって直観的に示されている。
著者によるとアメリカは日本と異なり個人が中心となって社会を形成するというイデオロギーが強いので、マクロのミクロ的基礎付けが不可欠とされるのだが、IS-LM分析によってケインズ経済学が受容されるようになったということである。私がこれまで読んできた本ではケインズの一般理論が難解なのでヒックスの図解によってアメリカ人ははじめて理解できるようになったなどと書かれてあったが、どうもそのような浅薄な事情ではなさそうである。
著者の略歴からすると数学と物理の視点から技術的な説明に終始するのではないかと予想していたが、下手な経済学者よりよほど本質をついた説明が展開されている。
ラグランジュ乗数やハミルトニアンについてこれほど明快で視野の広い説明は見たことがない。経済学に関心のある人は絶対に読むべき本である。
続編も予定されているので、楽しみである。
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