ケスケラの読書と旅の日記

主に哲学・思想関係の本について要約紹介します。書き方のスタイルごとにカテゴリーを変えています。

『存在と時間(一)』(その9) ハイデッガー著 熊野純彦訳

2016年10月14日 | 哲学研究
ハイデッガーを理解するには、くり返し何度も立ち返って確認しながら進まなければならない。前代未聞の論考を、その初発の驚きを保持しつつ読み進めなければならない。
「第十七節 指示としるし」において、範例的に自動車のウィンカー(当時は赤い矢)が取りあげられているが、事例の分かり易さにつられて常識的に理解しているとワケが分からなくなる。ここで反復されているのは、再び、道具の<目立たなさ>なのである。

しるしは、私たちがそれを見つめて、現前する標示物として確認するときには、本来はまさに「把捉され」ていないのだ。矢が標示している方向を目で追って、矢が示す方角の内部で目のまえに存在しているなにかを眺めやるときでさえ、しるしはほんらい出会われていない。(379頁本文)

これを読んで普通の人なら"いったい、何を言うとるのだ!"と思うだろう。
自動車のウィンカーを見て、その車が進もうとする方角を確認して「身を避けたり」「立ち止まったり」するそのときに、ウィンカーは「把捉され」ていないというのである。
しかし、普通、人はウィンカーを把捉しているからこそ回避するのではないか。
ここでハイデッガーが「把捉していない」と非常識なことを言うのは、やはりウィンカーの道具としての目立たなさである。
記号が道具存在であるなら、記号が指示機能を発揮するためには、その道具存在が目立たない必要がある。記号が目立っているのは、あくまで道具の指示機能として目立っているのであって、その時、道具存在としては目立ってはならないのである。たとえば、漢字を<目のまえの存在>としてじっと見つめていると意味不明の塊になってくる。
同様にウィンカーを方向指示の機能として捉えるとき、ウィンカーそれ自体を目の前存在として把捉してはならないのである。
ハイデッガーはこの後、<しるし>の道具としてハンカチの結び目などを例示しているので、あたかも道具として目立つことが<しるし>の特徴と誤解しやすいのだが、そこで目立つのは指示機能として目立っているのである。

しるし自身が、じぶんの<目立つありかた>を、日常性にあって「自明なしかたで」手もとにある道具全体が有する、<目立たないありかた>から取りだしてくるのである。(387頁本文)

ハイデッガーはこの<しるし>の事例によっていったい何をやろうとしているのか?
それは道具存在の<自体存在>としての存在論的解明である。これまでの論述ではっきりしてきたことは、道具存在は事物のような目の前存在と異なり対象性を欠いているということである。<目立たないありかた>とは、言い換えれば道具存在には対象性がないということである。
すると対象性がない存在を捕まえるには、また現に捕まえているのは、空間として捕まえるしかない、捕まえているはずだということである。(空間というのは言い過ぎだが、まあ、非対象としての何かモヤーッとしたものである)
そうした目でみると、引用文が言っていることは、<しるし>の目立つありかたは道具全体の空間的な(非対象的な)あり方を根拠にしているということである。それは存在論的解明であって、<しるし>が道具として目立つというようなことではない。

南風が降雨を告げるしるしとして「妥当する」なら、(中略)南風は、気象学的に接近可能であるかもしれない、わずかにそのように現前するしかないようなものとして、さしあたりは目のまえに存在し、そののちにたまたま前兆の機能を引きうけるのではだんじてない。かえって、土地を耕作する目くばりによって、計算に入れるという様式で、南風がその存在において、まさにはじめて覆いをとって発見されるのである。(385頁本文)

文章が単に読めるということと、その意味が分かるということとが根本的に異なることが以上の説明で明かになると思う。
南風が事物のように「目のまえに存在」したのでは、降雨を告げる<しるし>の機能を発揮しないのである。土地を耕作する目くばりという空間性の中に南風を位置付けることで、はじめて南風が降雨の<しるし>として発見されるということである。
記号論的に言い換えれば次のようになる。
漢字が事物のように「目のまえに存在」したのでは、意味が分からなくなる。漢字が指し示す意味連関という空間性へ目くばりすることで、はじめて漢字は<記号>として発見される。
ハイデガーはこうしたことすべてを、道具存在の<目立たなさ>で根拠づけるのである。
だが、その<自体存在>の非対象的な空間的な存在性格は、世界内存在の<世界性>にすれすれに接しているのではないか。それともけっして同一化されない断絶があるのか、もっとよく見ていくことにしよう。
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