楽しかったGWも今日でお終い。
長い人は九連休だったらしい。
連休なんて私には縁がないけど、それでもGWっていいもの。
休暇やレジャーを楽しむ人々の笑顔に、平和・平穏な世の中を見ることができるから。
自分が労苦していたとしても、それだけで心は和む。
しかし、楽しい時間って過ぎるのがはやい。
アッという間に、いつもの日常に戻ってしまう。
春もまた短い。
穏やかに過ごせる季節も終わりが見えてきている。
ついこの前まで冬の寒さが残っていたのに、もう、このところは初夏が感じられるような陽気が続いている。
酷暑の夏がくるのも時間の問題。
だからこそ、この春を楽しみたい。
青い空、白い雲、新緑の樹々、色とりどりの花々を愛でては、灰色に覆われがちな心を楽しませている。
そんな心地よい春にいながらも、このところ目眩(めまい)が再発している。
ただ、これは既に経験済みの症状。
昨年の秋、初めて発症したときには泡を食ったが、今回は、そう慌ててはおらず。
知り合いの医師からも
「季節の変わり目に発症しやすい」
と言われていたので、
「またでちゃったか・・・」
と冷静に受け止め、また、抵抗せず受け入れている。
自分で抑えられない以上、うまく付き合っていくしかない。
就寝時、暗い部屋で、壁に光る蛍光灯スイッチが視界を流れる様を見ては、
「流れ星みたいできれいだな・・・」
等と思ったり、グルグル回る天井をジッと見上げては、
「回転のスピードが どれだけ上がるか試してみよう・・・」
と妙なチャレンジをしたりして遊んでいる。
ただ、現実に、フラついて尻餅をついたりすることがあるから、楽しんでばかりもいられない。
また、転倒してケガをしたりしてはいけないし、車の運転も重々注意しなければならない。
あと、このところ、不眠症も重症化。
とにかく、同じ姿勢で寝ていることができず、頻繁に寝返りをうつ。
しばらく同じ姿勢でいると、すぐに身体がだるくなってきて、ジッとしているのがキツくなる。
色々な悩みが沸いてきて、生きることが辛くなり、静かにしていられなくなることもある。
また、死ぬことが恐ろしくなり、胸が騒ぐこともある。
特に肉体疲労がたまっているような自覚もないのだけど、身体が軋むようなダルさや身体が固くなるような重さがあるのだ。
そうして、寝返りをうつ度に目が覚めるわけで、長く睡眠を続けることができないわけである。
しかし、それでも、この不眠症とは長い付き合い。
治らないものは仕方がないわけで、うまく付き合っていくしかない。
睡眠不足に不満を募らせても自分のためにならないので、
「横になって休んでいられるだけでもありがたい」
と、あえて感謝するようにしている。
ただ、日中、特に、車を運転しているときに襲ってくる睡魔には要注意。
人にケガをさせたり自分がケガをしたりしてはいけない。
だから、車にはガムやコーヒーを常備し、時間に余裕があるときは車を止めて仮眠をとるようにしている。
遺品処理の依頼が入った。
依頼者は、初老っぽい女性。
ただ、その話しぶりは明るくハキハキ。
声にも張りがあり、耳から受話器を離してもその声は聞き取れるくらいだった。
遺品の持主は、その亡夫。
ある程度のモノは女性と子供達で処分したのだが、趣味のものを中心に故人が特に愛用していた品が残っているとのこと。
それを自分達の手でゴミ同然に始末するのに抵抗感を覚えているよう。
「細かな片付けでもやっていただけるんでしょうか・・・」
と、少し申し訳なさそうに声のトーンを落とした。
細かな事情や心の機微を汲むには、直接会って話をするのが肝要。
実際に現物を確認する必要もあるし、例によって、私は、現地に出向くことに。
女性の都合に合わせて、現地調査の日時を約束した。
現場は、一般的な分譲型のマンション。
現場である女性宅は、その一室。
約束の時間の数分前に1Fエントランスのインターフォンを押すと、女性はすぐに応答。
名乗って用件を伝えると、すぐにオートロックを開けてくれた。
そして、私がエレベーターを上がって部屋に着くときには、女性は玄関ドアを開けて待っていてくれた。
問題の遺品は、寝室押入の一角に収められていた。
モノは軽登山用の道具・装備、カメラと付属品類。
野山に出かけては四季折々の風景や草花を写真に撮るのが故人の趣味で、女性もよく一緒に出かけていた。
“自分の手で処分できないほど愛着があるモノを他人の手で処分されて平気なのか?”
“生活の邪魔になるほどの量でもないし、気持ちの整理がつくまで このまま置いておいてもいいんじゃないか?”
私はそう思ったけど、“それを口にするのは もう少し話を聞いてからにしよう”と思い、黙って女性の話に耳を傾けた。
故人は女性の夫。
享年は67歳、死因は肺癌。
故人は、若い頃から年に一度、勤務先の健康診断を受けていた。
そして、定年退職の後に再雇用された関連会社でも、続けて健康診断を受けていた。
更に、還暦を迎えたのを期に、念のため、自費で人間ドッグも受けるようにしていた。
“肺の影”は、亡くなる前の年の人間ドッグで見つかった。
詳しく調べると、それは癌。
「癌」と聞いてはじめは動揺したものの、自覚症状がでてからの発見ではなかったため、意図して楽観に努めた。
しかし、診断はステージⅢ、やや進行した状態。
「摂生してきたつもりなのに・・・」
「キチンと受けてきた人間ドッグは何だったのか・・・」
故人は、憤りにも似たショックを受けた。
しかし、現状を憂いてばかりでは何も解決しない。
とにかく、回復に向かって最善の策を講じることに。
まずは、癌が掬っている片肺を切除。
転移がなかったからできた手術だけど、二つある肺のうち一つを失うわけだから、尋常なことではない。
呼吸をするのも重く、酸素が不足することもしばしば。
退院後の私生活でも、しんどい思いをすることが多かった。
また、再発転移を防ぐための抗癌剤も繰り返し投与。
投与する度に二週間ほどの入院するのだが、入院中と退院してからの一週間ばかりが特に辛かった。
入院中は、強い吐気と倦怠感に襲われ、自宅に戻ってからもしばらく倦怠感と食欲不振は続いた。
ともなって、身体は徐々に衰弱。
食欲不振は身体の衰弱をもたらし、身体の衰弱は更なる食欲不振をもたらす・・・
この負のスパイラルが故人を弱らせ、入院中は車椅子を使用してしのいだが、自宅では立って歩くこともほとんどできなくなってしまい本人も家族も難儀した。
身体が病気に負けてきていることは、誰の目にも一目瞭然。
医師の診断を待つまでもなく、本人もそのことを自覚。
そして、嫌な予感は的中し、その後、癌は再発し転移。
リンパ節にまで転移したところで覚悟を決めた。
医師から余命宣告を受けたのは、それからほどなくして。
快方の希望は捨てなかったものの、同時に人生をしまう心積もりもした。
故人は、妻子の負担を考え、また、逝った跡が濁らないよう、できるかぎり自分の手で後始末をし、遺言を残し、死支度を整えていった。
そんな時間は、切なくもあり、寂しくもあり、また、家族にとって、かけがえのない大切なものでもあった。
「自分の家っていいな・・・家族っていいな・・・」
「人生って楽しいな・・・生きているだけで楽しいな・・・」
死期が迫ってきた故人は、よくそう言った。
その言葉が意味する深いものを家族も感じ取った。
そして、それを、後の人生に生かそうとも思った。
“生”も不思議なものだけど、“死”もまた不思議なもの。
ただ単に、“有”と“無”では片付けられないものがある。
女性の頭には まだシッカリ亡夫の姿や声が残っており、その心には亡夫との楽しい想い出が残っていた。
それが、あまりにリアルに感じられるため、夫の死を現実として受け入れることを阻んでいるよう。
だから、葬式が済んでも、身体が骨になっても、姿が見えなくなっても、夫が死んでしまったことが夢のことのように思えて仕方がないようだった。
ただ、それはそれで、一人の生き方、一つの生き方。
死人と共に生きることによって、その後の人生が楽しくなるならそうした方がいい。
愛する人との死別は、深い悲しみ、大きな悲しみをもたらすものだけど、その後の未来を照らす光にもなるのだから。
そして、それが、生きる指針や力を与えて、残された者の残された時間を濃くしてくれるのだから。
勝手に“十年から二十年くらい”と想定しているけど、私の余命はどれくらい残されているのかわからない。
一日かもしれないし、一週間かもしれないし、一ヵ月かもしれないし、一年かもしれない。
また、それ以上かもしれない。
ただ、ハッキリしているのは、死にたかろうが死にたくなかろうが、いつか死ななければならないということ。
そして、人生は、自分が思っているほど長くはないということ。
過ぎてみれば、時が経つのははやい。
節目の時季にかぎらず、日常でそれを感じることも多い。
したがって、多分、過ぎてみれば、人生もアッという間なのだろう。
ということは・・・“短く感じる”ということは、“楽しい”ということでもあるのではないだろうか。
もちろん、人生には悲哀や苦悩が少なくない。
楽しいことばかりではないし、笑ってばかりで生きられるわけでもない。
しかし、苦と楽も、不幸と幸も表裏一体。
苦の中に楽があり 楽の中に苦があり、不幸の中に幸があり 幸の中に不幸がある。
苦楽ある人生そのものが楽しいものなのではないか・・・
人生の根底には普遍的な楽しさがあるのではないか・・・
達観しているわけでもなければ確証があるわけでもないけど、私は、そんな風に思う。
大切なのは、その楽しさに気づくこと。
苦労の真味が美味であるように、遊興快楽ばかりが心を楽しませるのではない。
ただ、重い生活の中にあって、それに気づくことは難しい。
どうしても、目に見えるものに流され、表面的な感覚に惑わされてしまう。
能書きだけは上等(?)の私もそう。
日常の楽しみは たまの晩酌くらいで、特に楽しみがない日々を送っている。
代わり映えのない毎日、平凡な毎日、わずかなお金に執着して大きな労苦を背負い、つまらない世間体に囚われ大きなストレスを抱えている。
しかし、そんな つまらない人生が、とても贅沢なものに思えるときがある。
それは、自分の晩年と死を想ったとき・・・
漠然とではなく、他人事としてではなく、それを 恐怖感を覚えるくらいリアルに感じたとき。
意識して得られる感覚ではないけど、その心境に至ると気分はとても清々しくなる。
子供も、若者も、中年も、老人も、私も、我々に残された時間は短い。
そして、残りの人生は、楽しく清々しく生きていきたい。
だからこそ、“死がくれる生”に想いを馳せながら、“今を楽しもう!”と強く思うのである。
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