特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

眠れぬ夜

2017-08-07 08:19:05 | 腐乱死体
晴天続きの梅雨が明けた途端、梅雨のような雲雨が続いている。
晴天に比べて少しでも涼しいのは助かるけど、ムシムシとした蒸し暑さには閉口している。
身体を少し動かしただけで汗が吹き出し、水でも被ったかのように全身ビッショリ。
それが乾くと、シャツの襟や袖口は、「人間の身体ってこんなに塩分を含んでるんだ」と感心するくらいの白塩をふく。

これだけ蒸し暑いと、仕事だけでなく家にいても楽じゃない。
エアコンをガンガンかければいいのだろうけど、省エネ派(ただのケチ)の私は、あまりエアコンを使わない。
だから、せっかくシャワーを浴びても、すぐに汗みどろになる。
しかし、就寝時はそうも言っていられない。
さすがに、エアコンなしでは眠れない。
25℃・二時間後OFFに設定し、同時に扇風機を回しながら横になる。

それでも、安眠には縁遠い。
暑さのせいだけではなく、もともと、私は酷い不眠症。
暑かろうが涼しかろうが、夜中に何度も目が覚める。
そして、目が覚める度に時計を見るのだが、実際の時刻は自分の体内時計とほぼ合っていて、そのことに満足したりしている始末。
更に、このところは、その不眠症が重症化。
「仕方がない」と諦めてはいるけど、起床時に襲ってくる睡魔と、昼間の運転中に襲ってくる睡魔に悩まされている。


「管理物件で孤独死腐乱が発生!」
「警察によると、中はかなり酷いらしい!」
「できるだけ早く見にきてほしい!」
ある年の初夏の夜、家でくつろいでいた私の携帯が鳴った。
相手は、過去に何度か仕事をしたことがある不動産会社の担当者。
私は、翌日の予定を変更して、この現場に行くことを約束。
暑くなってきた季節と担当者の慌てぶりから、現場は それなりのことになっていることが容易に想像され、私は、冴える目を無理矢理閉じ 眠れぬ夜を過ごした。

春の涼しさがわずかに感じられる朝のうちから、私は、車を走らせた。
訪れた現場は、郊外に建つ古い賃貸マンション。
早く着いた私より少し遅れて担当者も姿を現した。
私は、近隣の住人に怪しまれないよう、専用マスクを隠すように持ち、平静を装って、久しぶりに顔を合わせる担当者に小声で挨拶をした。

「隣の人は苦情を言ってくるし、大家は八つ当たりで怒るばかりだし・・・」
「“早くなんとかしろ!”って、夜にまで電話がかかってくる始末で、おちおち寝てもいられないんですよ・・・」
担当者は、顔を顰めながらそう愚痴った。
それから、“あとは頼みますよ!”と言わんばかりの無責任な笑みを浮かべた。

「そうですか・・・それは災難ですね・・・」
「とりあえず、見てきますよ・・・」
担当者の愚痴を一通り聞いてから、私は鍵を預って現場の部屋へ向かった。
そこには、人の死を悼むような平和はなく、困惑と嫌悪感だけがその場の雰囲気を覆っていた。

「うぁ・・・こりゃヒドいな・・・」
「これじゃ、近隣が文句言うのは当然だな・・・」
玄関前は異臭がプンプン。
ドアの隙間からは何匹ものウジが這い出、更に、ドアポストの隙間からはハエまでも飛び出て、周辺の壁にへばり付いていた。

案の定、室内は至極凄惨。
鼻と口は専用マスクが守ってくれたものの、目は丸裸。
異臭は超濃厚で、目に沁みるくらい。
また、故人の身体から流れ出た腐敗物・・・黒茶色の腐敗粘土、赤茶色の腐敗液、黄色の腐敗脂は、それぞれが意思を持っているかのように不気味な紋様を形成し、家財生活用品を呑み込みながら重力に従って拡散。
その面積はあまりに広く、足の踏み場もないくらいで、慣れているはずの私を圧倒。
更に、害虫の発生も甚大で、家具や壁の角には無数のウジが這った痕が立ち上がり、その汚染は、天井にまで達していた。
当然、それにともなってハエも大量発生。
招かざる客(私)の参上で慌てた彼らは、唸り声のような羽音を立てて部屋中を乱舞。
そして、その仲間は、窓にもカーテンのように集っており、ただでさえ薄暗い部屋に更なる暗い影を落としていた。


亡くなったのは60代の男性。
晩年は家賃も滞納気味。
料金滞納のせいだろう、現地調査時は電気も止められていた。
無職、または不安定な仕事に従事していたのだろう、生活が困窮していたことは明白。
どういう生涯だったのか知る由もないけど、何日も眠れぬ夜を過ごしたであろうことは容易に想像できた。

ただ、故人は天涯孤独ではなく、血のつながった兄弟がいた。
しかし、疎遠で、何十年も絶交状態。
また、賃貸借契約の保証人にも後見人にもなっておらず。
本件についても相続を放棄して関わりを拒絶。
大家は、そんな遺族に対してかなりの不満を覚えたようだが、法的な責任はないし、血のつながりがあるとはいえ、何十年も関わりがないのに血縁者としての道義的責任を背負わせるのも酷なような気がする。
だから、私は、それを反社会的だとも薄情だとも思わなかった。

そんな境遇と汚染痕の模様からは、死因が自殺であることが疑われた。
しかし、その真偽を確かめる意味はどこにもなかった。
ただの野次馬根性と独りよがりの感傷を満たすだけ。
だから、担当者にも余計なことは訊かなかった。
ただ、酷く汚れた水回りや ゴミが散乱した部屋からは、晩年の故人が苦境の中でもがいていた姿ばかりが想像された。
「自殺だろうな・・・多分・・・」
完全な偏見であることを忘れた私の想いは、そこに着地。
生きたいと思えなくなった・・・
生きたいと思わなくなった・・・
故人が失望の果てに逝ってしまったことを勝手に想像し、冷たい同情心を抱いた。


このような現場の場合、現地調査の際に緊急で作業することも珍しくない。
だから、基本的な特掃グッズは常に車に積んでいる。
状況的には、この現場もその必要があった。
しかし、その費用を負担する者が定まらず。
問題を起こした本人はこの世にはおらず、賃貸借契約の保証人もおらず、不動産会社が負担する筋合いもない。
マンションの所有者は大家だから、最終的には大家が負担せざるを得ないのだが、自分に何の落ち度もない大家は、まったく納得できないよう。
そうは言っても、私も無料ではやれない。
結局、費用を担う人間が誰もおらず、作業に着手することができないまま、戸惑う担当者に後ろ髪を引かれながら、私は、その場を後にした。

担当者から再度の電話が入ったのは、完全に休息モードになっていたその日の夜。
すったもんだの末、結局、特掃の費用は大家が負担することに。
そして、「できるだけ早くやれ!」とのこと。
担当者は、その経緯を私に伝え、そして、申し訳なさそうに早急な対応を要望。
そんな案件が発生することは日常茶飯事の私は、すぐさま頭の休息ギアをチェンジ。
仕事モードに切りかえて、ただちに翌日の予定を変更し、再び現場に行くことを約束した。

「あれを掃除すんのか・・・」
翌日に控えた特掃のことを考えると、やはり気分は憂鬱に。
酒を飲む気も失せた私は、晩酌を途中で切り上げ、早々と床に。
が、その頭は勝手に回転。
そのつもりがなくても、作業の段取りや必要な道具備品のこと等、あれこれと頭に浮かんできた。
それまでも、ヘビー級の現場の処理なんて数えきれないくらいやってきた私。
積んできた経験は伊達じゃないので、段取りもうまくなり、手際もよくなっている。
しかし、何回やっても、ハードなものはハード。
決して楽はさせてもらえないわけで、そんなことを想うと、目は冴えるばかり。
結局、夜通し、何かに魘され(うなされ)るように寝返りを打ち続けたのだった。


作業が過酷だったのは言うまでもない。
電気が止められていたため、室内は薄暗く、しかも初夏の陽気でサウナ状態。
息を荒くしながら掻き集めた腐敗物や汚染物は山のような量。
大汗をかきながら駆除したウジやハエもまた山のような量。
とにかく、特掃エンジンが暖まってくるまで、特掃魂が燃えてくるまで辛抱しながら、私は、汗脂でジットリ濡れる身体を動かし続けた。

ウジ痕は居室だけにとどまらず、部屋を出たトイレにまで進延。
ウジ達は、トイレの扉と枠の隙間を足掛かりに天井近くまで登っており、それに沿って腐敗脂が付着。
私は、それを拭き取るため、トイレのドアを開けた。
すると、私の視線は、あるモノに止まった。
床にはいくつものウジ殻が転がり、その壁には何匹ものハエがいたのだが、もちろん、そんなものではない。
それは、便器についた汚れ・・・血痕。
どう見ても、それは糞尿汚染ではなく、下血または吐血による血痕。
となると、故人は体調を崩しており、それが元で亡くなったと考えるのが自然だった。


私は、自分のことは棚に上げて、人を学歴・社会的地位・経済力で計る癖を昔から持っている。
そういう意味では立派な負け組のくせに、勝手に人を勝ち組・負け組に分ける癖もある。
他に弱者を探しては強者気分に浸って満足し、他に愚者を探しては賢者気分に浸って慢心する。
情と慈愛に欠け、偏見の眼差しをもった差別に優越感を覚えている。
強者のフリ、賢者のフリをして隠そうとしているけど、事実、そんな一面を持っている。
そんな私は、故人の死因を自殺と決めてしまったことに、気マズい罪悪感を覚えた。
が、それも束の間、「たいしたことじゃない」と誤魔化し、また一つ よくないものを内に溜めてしまったのだった。


薄々わかっている。
私が安眠できないのは、何が濁ったものが心と身体の内にあるから。
単なるストレスとは違う、自分の悪性(弱性)からくる煩い(患い)があるから。
それは、美味い酒で流すこともできず、必死の労働で中和することもできず、熱心な勉学で解決することもできないもの。
だから、残念ながら、眠れぬ夜は、これから先もまだまだ続くだろう。
しかし、それを悲観ばかりしているわけではない。
何故なら、それらはすべて、小さな自分の中におさまっている小さな悩みだから。
命に直結する悩みではなく、解決できる可能性をもった悩みだから。

暗い闇の夜・・・
孤独に戦う夜・・・
眠れぬ夜・・・
それは、自分を強くするため、自分を賢くするため・・・ひいては人生を楽しくするため、人生を幸せにするために必要なプロセス・・・
疲れ気味のアクビをしながらも、私は、そう思うのである。


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