特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

逃げ道

2017-05-22 08:50:50 | 腐乱死体
特殊清掃の依頼が入った。
依頼者は初老の男性で、現場となったアパートの大家。
男性は客面することもなく、礼儀正しく言葉遣いも丁寧。
その語り口は、謙虚な人柄を感じさせるものだった。

いつものごとく、私は、男性と日時を合わせて現地へ。
まずは、男性の要望に従って、現場近くの男性宅を訪問。
男性の腰の低さからは想像できないくらいの豪邸で敷地も広く、何度も番地と表札をみて間違いがないことを確認。
金の力に弱い私は、やや緊張しながら門扉のインターフォンを押した。

男性は、すぐに表にでてきた。
そして、電話と同じ雰囲気で、丁寧に頭を下げてくれた。
私は、玄関先で簡単な挨拶を済ませて鍵を預かるつもりだったが、男性は先に話したいことがあるようで、私を家の中へ上がるよう促した。

足元に置かれた高級そうなスリッパをすすめられた私は、靴下の汚れを気にしながらそれを履き、応接間の扉をくぐった。
通された応接間は豪華、置かれた調度品もまた高そうなものばかり。
一方の私は、くたびれた中年男+貧相な作業服姿。
どう見てもミスマッチな私は、ソファーに腰掛けるのが躊躇われたが、立ったままというわけにはいかない。
背もたれに背中をつけないよう浅く腰掛け、出されたコーヒーの苦味に起こった出来事を重ねながら、男性の話に耳を傾けた。


男性は、地主の家系で結構な資産家。
下衆な言い方をすると“お坊ちゃん育ち”“育ちのいい人”。
裕福な家庭に育ち、窮々とした生活には縁がなかったよう。
そのせいか、のんびりした感じの、おっとりした感じの、温和な人柄。
見栄や虚勢を張る必要がないものだから人に偉そうにすることもなく、年下の珍業者である私にも 終始 礼をもって接してくれた。

不動産経営を始めたのは先代。
その昔、所有地の大半は畑だったが、時代の波に乗って男性の親がアパートを建てはじめた。
そして、男性の代になってからも、新しくアパートを造ったり、畑をつぶして駐車場にしたりして、少しずつその規模を拡大させていった。
また、一部は畑として残し、道楽で土いじり(耕作)もしていた。
そんな風に悠々自適に暮らしていた男性に、いきなり衝撃の災難が降りかかってきた。
それは、長年にわたって不動産賃貸業を営んできた男性にとって初めての出来事・・・住人がアパートで孤独死したのだ。

最初に異変が表れたのはポスト。
故人宅のポストから郵便物が溢れていることを変に思った他の住人が、そのことを大家である男性に連絡。
しかし、当初、男性は、
「チラシやDMを取り出さずに放っているだけじゃない?」
と、室内で重大なことが起こっていることを微塵も疑わず。
ただ、アパートの住人は男性にとって“客”でもあるので、住人の要請を無視するわけにもいかず、男性は、とりあえずアパートに行ってみた。

見ると、確かに、数あるポストの中で、故人宅のポストだけが荒れていた。
たくさんのチラシや郵便物が押し込まれ、それが口から溢れていた。
その様を見た男性は、さすがに
「フツーじゃないな・・・」
と思った。
そして、
「もしかして、夜逃げ?」
と思った。
が、家賃の滞納はないし、電気メーターも動いていたため、
「仕事で長期出張にでも出ているのか?」
と思いなおした。

しかし、考えてばかりいても仕方がない。
とりあえず、その部屋を訪問してみることにし、インターフォンを押した。
が、応答はなし。
ドアをノックしても同様。
そうは言っても、居留守を使っている感じもしない。
となると、あとは、室内を確認するしかない。
ただ、いくら所有者でも、貸した部屋は他人の家。
気にはなっても、住人の許可なく開錠して入室するのは犯罪になるような気がした。

考えた末、男性は、玄関ドアにメッセージを書いたメモを貼って二~三日様子をみることに。
しかし、数日経っても応答はなし。
その頃になると、もう、“長期外出ではなく室内で孤独死している?”という不安が頭を占めていた。
そして、男性は、いよいよ室内を確認することを決意。
合鍵を使って玄関を開錠し、恐る恐るドアを引いた。

室内は薄暗く、物音もなくシ~ン。
そして、それまで体験したことのない異臭がプ~ン。
それを感じた瞬間、嫌な予感が現実味を帯びて脳裏に走った。
が、先走って110番して、何もないのに騒ぎになってはマズい。
とりあえず、男性は、奥へ進んでみることに。
異臭に耐えながら、勇気を振り絞って室内へ足を踏み入れた。

「こんにちは・・・大家です・・・○○(故人名)さん・・・いらっしゃいます?」
足を進めるにしたがって異臭の濃度は高くなっていった。
また、心臓の鼓動も大きくなっていった。
同時に、恐怖感に襲われ、また、引き返したい衝動にかられた。
しかし、この役目を頼める人は他にいないこと、自分には逃げ道がないことを悟って耐え、足を進めた。

「!!!!!」
2DKの狭い間取りに故人を見つけるのは容易かった。
部屋の扉を開けると、住人は、部屋のベッドの上、こちらに背中を向ける格好で身体を曲げて横たわっていた。
それは、一見、普通に寝ているようにも見えなくはなかった。
しかし、部屋に充満する異臭と、そんな劣悪な環境でもジッと寝ている住人が、その“普通”を真っ向から否定していた。

「○○さん!○○さ~ん!!」
声をかけても無反応、ピクリとも動かない。
男性の心臓は、飛び出しそうなくらい激しく鼓動。
更に、頭はクラクラしだし、手足はワナワナと震えだし、結局、足がそれ以上前に出ず。
男性は、住人の安否を確認しないまま、逃げるように部屋を跳び出した。

男性の動揺は、部屋を出てからも治まらず。
激しく揺れる気持ちに目眩を起こしそうになりながら、110番に電話するべきか、それとも119番に電話するべきか迷った。
ただ、どうみても、住人は死んでいる。
119に電話しても無駄だと思った男性は110番に電話。
しかし、返ってきたのは「119番が先」とのつれない返事。
警察が助けてくれることを信じ、門前払いされることなんかまったく予期していなかった男性は、一時、頭が真っ白に。
そして、震えがくるほど心細くなってきた。

しかし、警察にそう言われてしまえば従うしかない。
納得できないものを感じながら、急いで119番。
「これで何とかなるだろう・・・」
と、少しは落ち着きを取り戻すことができた。
が、そんな安息も束の間。
消防は、
「救急車が到着するまで、心臓マッサージと人工呼吸をして下さい」
と、耳を疑うような、予想だにしない無茶なことを言ってきた。

黒く変色した皮膚、その周囲に浸み出している得体の知れない液体、立ちこめる異臭・・・
住人は既に命を落とし、その肉体の腐敗がすすんでいることは一目瞭然。
そんな人間に「救命処置を施せ」なんて・・・
救急対応のマニュアルなんだろうし、事後の批判を避けるためのリスク管理でもあるのだろうけど、それは、あまりに現実離れした指示。
それによって、使命感・責任感のようなものを負わされた男性は、逃げるわけにもいかなくなり、泣きそうになりながら、勇気を振り絞って、再度、部屋に入った。

住人は、先程と同じ姿勢のまま、顔は男性の反対側を向けていた。
少し近づいてみると、耳や横顔は、腐ったバナナのように黒く変色。
自分を奮い立たせようと自分なりに努力はしたけど、もう恐ろしくて恐ろしくて・・・結局、故人の顔を見ることができず。
そんな状態で、心臓マッサージなんてもってのほか、人工呼吸なんてできるはずがない。
及び腰で背中側から近寄り、その辺にあったモップの柄で肩をチョンチョンとつつくのが精一杯だった。

男性が、戸惑って右往左往しているうちに救急車が到着。
隊員は玄関を開けるなり、異臭に顔をゆがめた。
そして、まだ住人の身体を診たわけでもないのに、
「ダメだこりゃ!」
と一言。
そして、室内に入ったかと思うとすぐに出てきて警察に通報。
心臓マッサージや人工呼吸をした様子は微塵もなし。
電話対応した職員と現場に来た隊員は別の人物とはいえ、そんな乾いた対応に、男性は、自分に遺体への人工呼吸と心臓マッサージを指示してきたこととのギャップを感じて歯ぎしりしたのだった。

「これまでの人生で、一番の試練でしたよ・・・しかし、人って死んでしまうと、あんな風になるんですね・・・」
男性は、大きな試練に立ち向かった自分と、また、人生の最終解答の一つを直視した自分に満足したようにそう言った。
確かに、腐乱死体との遭遇は、平穏裕福に生きてきた男性に限らず、誰にとっても稀な出来事。
「災難」と言い切るのは故人に失礼なような気もするけど、人生において かなりの災難だと思う。
しかし、“人生の最終解答の一つ”ではありながらも、住人はまだ生前の原形を留めていた。
遺体の腐敗過程には、それから まだ先がある。
肉体は何倍にも膨張し、体表には水疱が現れ、皮膚から腐敗ガスと腐敗体液が漏れ出し、肉が崩れていく・・・
そして、骨・爪・髪などを残し、最後は液状化し、そのまま、虫や微生物の餌食になり、その屑糟だけが残るのである。

見るに耐えない、嗅ぐに耐えない・・・そのプロセスは凄まじい・・・
私は、そのことを説明したかった。
そして、そういう凄惨な状況からも逃げずに頑張っていることを自慢したかった。
しかし、それは、ただの邪心、下衆の自己満足。
それが事実であるとはいえ、日常生活に必要な知識でもなければ、男性の幸せに貢献できる情報でもない。
場合によっては、自分の人の格を下げてしまう(もともと大した格ではないけど)。
男性の屈託のない表情によって それに気づかされた私は、余計なことは言わず、腹底で自己顕示にならない自己顕示欲を消化した。


人生には大きな試練が何度かある。
日常には小さな試練が何度もある。
私もそう、多くの人がそうだろう。
試練は耐えるしかない。
しかし、私の場合、「試練」と言えば試練かもしれないけど、試練じゃないような気もする。
ブログにおいて、この仕事を“試練に立ち向かっている”っぽく描写することが多いけど、この感性は、ある種の“甘え”からくるものかもしれない。
だから、「試練に立ち向かう」というより、「自分が撒いた種を刈り取らされているだけ」と言ったほうが正確かもしれない。

ま、そういうこともひっくるめて「試練に立ち向かう」というのかもしれないけど、悲しいかな、私は、耐えることができず、逃げてしまうことが多い。
そして、何事においても、逃げ道を考えるのが癖になってしまっている。
この仕事だってそう、“辞めたい”という逃げ根性は常にある。
だから、逃げ道があれば、とっくに逃げているだろう。
ただ、残念ながら、生きていくための逃げ道はない。
逃げ道はほしいけど、逃げ道はない。

しかし、私のような弱い人間にとって“逃げ道がない”というのは ありがたいことなのかもしれない。
どうしたって、あれば逃げてしまうから。
逃げてばかりの人生に幸福をイメージすることはできないから。

後悔と不満と不安を抱えながらも、この不運に、時折、ほんのちょっとだけ感謝している私である。


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