5年の助手勤務が3月末で終了します。
契約形態が途中で変ったりして何だかんだで5年。
いやはや、あっという間とはこのことです。
サササササーっと走り去る忍者の如く足早に去っていった5年でございました。
その間も、紆余曲折、右往左往とあらゆることがありましたが、
とにかく、明るい未来を作って行こうと、前向きな私です。
何観ても良いニュースは少ない昨今。私の父や母が生き抜いてきた
時代の日本(今から40年くらい前とか)は前向き前向きの高度経済成長期でした。
鉄腕アトムや未来を描く漫画や映画が沢山生まれ、
人々は21世紀、そのまた先の未来に思いを馳せておりました。
私の世代はと言えば、小学生の時に
「君らの20代は日本は就職難に陥り、不景気大突入や。」と教えられ、
高校になったら阪神大震災やオウムやなんやかんやが
耐え間なく起こって何となく記憶はグレー色だな。。。
みんなどこかで何かを諦めていて、
「どうせ。」「がんばったところで。」しまいにはアイドルが「別に。」と言う始末です。
未来を作り出すのは私たちなのですから、前向きに明るく生きてゆきたいもんですな。
「時は今。」誰かが言っていたっけな。
20代では私の私生活でなんやかんや、どったんばたんと過ぎて行き気づけば30代に突入し、
「30歳になったら、がたっとくるで〜〜。」と女性先輩から言われていた、「がたっ。」が
30歳の誕生日を迎えた月に早速がたっと訪れ、てんやわんやで33歳になってしまった。。。
気づけば今月もう退職〜〜〜???
どっひゃーーー。
ため息をつく暇なく、何故か最近器のご依頼がひっきりなしです。
「立体ばっかり作っていた15年間はなんだったのか。」と思う暇なしでございます。
いやはや、ありがたいことです。
しかし、立体作っていたから器作りにもネチネチチマチマこまごまを手を加える
ことができているのではなかろうか!!!と妙に前向きすぎる自分が怖い。。。
コーヒーをすすり飲みながら助手人生を振り返っておりましたら、
よくよく考えたら私の助手人生は5歳位から始まっていた!!
お兄ちゃんっ子だった私は、兄が公園に遊びに行く前に
「○○ちゃんが公園におらんか見て来い。」と言われ、
素直にスタコラサッサと公園に○○ちゃんがいないか見に行き、
いないことを確認したら「お兄ちゃんおらんかったで。」と報告。
そして兄は友達と公園に遊びに行くと言うなんともまあ、けなげな、
完璧パシリを5歳からやっていたのだ。
高校になったら美術の先生のお茶くみ係をし、
「茶。」と言われると2階下まで水をくみに行きお茶を入れる。
そしてその甲斐あって(?)その先生のギャグを書き留める役を与えられ、
先生がギャグを連発するたびにメモ帳をさっと取り出す。
そう言えばそのギャグ帳、先生なくしたって言ってたっけなあ(泣)。
そして大学で副手になり、大学院で助手になり、今は高校の助手をしておりました。
私の通っていた中学高校では、
「人それぞれ天職に生きる そこに職業指導学は存する。」
という言葉が教室の前に飾られていて、
(私の天職ってなんじゃろな。)と思い続けていたが、
もももも、もしや、もしやの助手が天職か???
と言いつつ、一旦助手人生はお休みです。
4月から教壇に立ちます。臨時の非常勤講師です。
しかも、建築とファッションについて。
ででで、できんのかああ?
でもちょっとおもしろいことになりそうです。
主任にも「ん、いいね。」と言ってもらったし。
生徒に反抗なんてされたら、泣くかぶち切れるかどっちかやな。
気をつけねば。
とうわけで、助手終了まであと1週間。










