水色の亀

4月の目標:とりあえず、モンゴル完結編!

帰国しました

2006-08-31 | 日常
無事帰国しました!
残りの日程の記録は只今鋭意作成中となっております!
みなさん首を長くして待て!

モンゴル体験記~6日目~

2006-08-25 | ODA民間モニター
さっきまで大使館で会食でした。
ワインがべらぼうにおいしかったです。まあ安いらしいですが。

んで今から打ち上げです。
明日は5時半出発なんですが…
更新は…できるかなあ。

モンゴル体験記 ~4日目-3~

2006-08-23 | ODA民間モニター
8月23日―

今日は案件はひとつだけ。比較的気が楽な日程でした。


●一村一品運動~シャンマル養蜂場~

養蜂場ってのは蜂を飼ってるところで、「ようほうじょう」って読みます。
「YO・HO・JHO!」って感じでラップにして読むといい感じだと思います。

今回視察をしたシャンマル地域の蜂蜜、実はソ連下の社会主義体制時にはモンゴルの蜂蜜の7割を供給していたというエリート養蜂地域。
しかし90年代に入り、社会主義から体制転換が行われた際に、多くの養蜂農家が「ハチなんかやってられっか!」と養蜂を放棄。(YO・HO・HO・KEY!)
以来供給率は10%程度にまで落ち込んでしまっていたという辛い過去!
そこで、昨年から始まったこの一村一品運動に応募、見事グランプリを制覇。今年から援助を受けることになりました。

とまあそんな背景で、実際に養蜂場を視察。
そこのグループでは150の箱(蜜を作る箱)を30家族で育ててるみたいです。
今回おもてなししてくれた家庭はかなりの蜂富豪だったのでたくさんの箱を持っていて、我々視察団の目の前で蜂蜜を採取!(遠心分離機)


ほうら、こうやって取るんだよ~。

しかもそれだけでなくパンや紅茶と一緒に蜂蜜をふるまってくださいました!


ピグレット~ほんとにハチミツだよ~

しかもこんの蜂蜜、日本の蜂蜜と違い、40種もの花の中から蜂が飛び回って集めた珠玉の蜜!
口に入れた瞬間フワーっと花の香りが広がります!
これはモンゴルで人気を博してたわけです。
これから国内で販売し、収益をあげてゆける見込みは十分にあるとのことなので、援助にも気合が入るところですね!

勿論、今のグループメンバーだけでなく、同地域に住む職のない人々もプロジェクトの仲間に入れていきたいとのこと。
一村一品運動の本旨にもかなっています。
私もうんこ踏んでまでやってきた甲斐がありました。(前記事参照)

将来は海外にも輸出したいとのことでしたが、まだまだ資金が足りないのか、包装の問題など先進国うけするのは難しいと思われます。
リサイクルして使っているビンから蜜が漏れちゃったり、ラベルがはがれたりしているらしいので。
しかし今後、UNDPやODAからの援助金が出されたり、売り上げや株(やってるみたいです)で資本が拡大されたらそうしたプロジェクトがだされるのも夢ではないのかなあと思いました。

まだまだ近い将来とは思えませんが、UNDPやODAでしっかりマーケティングのコンサルティングやサポートを続けてほしいと思いました。

さてここでCMです。
今回ご紹介したこのシャンマル地域の特製ハチミツ!
これをこのモンゴル旅行記にコメントしてくださった方の中から抽選で一名の方に!
さしあげてしまおうと思いまーす!


じゃじゃーん☆

これね、なかなかの値段なんで。しかもモンゴル原産なんで、滅多に手に入りませんよ~。

さあ、そこの甘党のあなた!
最近朝食のパンが寂しいあなた!
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●今日のモンゴル語
 さようなら:バイルタイ
 (バイルタッ!って感じで語尾は濁しますね)

モンゴル体験記 ~4日目-2~

2006-08-23 | ODA民間モニター
UNDPの親善大使、紺野美沙子さんと写真を撮らせていただきました!


▲わーいツーショット☆


▲そしてこれ、全体写真。

人間誰しもミーハーですね。

と、いうのも今回の行程、ODAとUNDPがかなり同時に行動してたのです。
だからまぁそういう機会もあったということ。

本当に快く一緒に写ってくださった紺野さん。
会う度話しかけてくださったご主人。
そして今回のブログにUPすることを快諾してくださったマネージャーさん。
みなさん本当にありがとうございました。

紺野さんは視察案件である養蜂場で蜂のことを本当に気にかけてらっしゃいました。
優しい方です。

モンゴル体験記 ~4日目-1~

2006-08-23 | ODA民間モニター
ウンコ踏みました。

牛糞ですね。

モンゴル体験記 ~3日目-2~

2006-08-22 | ODA民間モニター
視察のあとホテルに着いてから、ロシアとの国境を見に行きました。
もうね、田舎です。やばいほど田舎です。

道路を車が走ってないもの。
むしろ牛が走って、いや、優雅に歩いているもの。
車は牛が通り過ぎるのを待つばかりです。


てくてく。

んでもって国境なんですけどね。
情勢のこともあって写真を撮ったらだめなんですって。
正直めっちゃ撮ろうかとも思ったけどね、面倒だからやめました。

でも実際みて思ったのはあれですね。
月並みなんですけど、国境線なんて、ないんだなあ… と。
日本は島国だからそういう感覚、わかんないですよね。

実際大陸だと国と国のあいだに線なんてない。
どこからモンゴルでどこからロシアかなんてわからない。
いやむしろ本当に知らない土地だったら「こっから違う国だよ」って言われたら信じるしかない。
国境なんて実際はその程度のものなんです。

でも世界ではその程度のもののためにいがみあったり、昔は戦争をしたりした。
いままで線がなかったのに線を引こうとして悲劇が起こっている地域もたくさんある。
人々がいつか国益とかそういったことをおいて、世界市民的(世界益的)な目で世界を見れる日がくればいいなあとか。
珍しくちょっと真面目なことを思いました。はい。

んでもってソフバートルのホテルに戻りました。
ホテル外装はダルハンのものよりもかなりきれい。


まぁYOYAGEですけど。

でもね、あたいびっくりしちゃった。
だってね、お風呂がね。


どーん!!!

これね。狭いね。

てかね。

トイレとの仕切り、ゼロ。

おもらしでもないのにトイレはびしょびしょ。
そんな部屋でした。

あ、でも夕焼けみましたよ。窓割れてるけど。


あー今日も一日お疲れ様!

モンゴル体験記 ~3日目~

2006-08-22 | ODA民間モニター
どうも、VOYAGEホテルにとまったはずなのにシャンプーのロゴがYOYAGEホテルになってました、騙されたんでしょうか、いけちょです。
そろそろホテルでドッキリがあっても動じなくなってきました。旅行も恋愛と同じなのでしょうか。
さて、そんな切ないノリで始まりました、いけちょのモンゴル滞在記、みなさんいかがお過ごしですか。
今日も今日とて私はしっかりばっちり視察をしてきましたよ。てかもうそれしかしてない。あと寝ただけ。
寝すぎて日焼け。これどうなの。ねえ、どうなのこれ。

ん、まぁいいけど。

さて今日は案件が多くもりだくさんな内容になってました。
まずは女性が主導する一村一品運動の案件。
そしてもうひとつは古くなった幼稚園の改修計画の案件です。


●一村一品運動候補案件

一村一品運動 とは、その土地で販売しているひとつの商品をODAやUNDPが技術的・金融的・商業的にサポートすることで村おこし&雇用創出しようぜ!というプロジェクトです。

もう少しくだいて言うと、がんばってある商品を売っていこうとしている人たちに、今よりもさらにイケてる制作テクニックを伝授したり、仕方ないからお金をあげたり(貸してあげたり)、もっとこういう風に売っていけよ!と商人の知恵を教え込んだりするわけです。
それによって商品を全米が泣いた大ヒット!にしてゆき、その土地を活気付かせ、ついでにその土地のニートも減らしてやるぞ!っていう作戦ですね。

今日見せてもらったのは、次回の一村一品運動の対象選考の有力候補である女性の刺繍工房でした。
ここでは50人近い女性が受注が入るごとに働いており、その月収は平均5~8万トゥグルグ(日本円で約5000~8000円)ということで、モンゴルでの最低賃金である6万トゥグルグをおよそ越えているということでした。
多くの方は副業としてここで働いているので十分な収入と言えるでしょうか。

また、すでにオリジナルのデザインも30点以上あり、そのうちの16個が特許をとっているという活躍ぶりを見せています。

とはいえ彼女たちは現在では受注が入らなければ仕事がないという不安定な状態にあり、もっと積極的に仕事をしたいという強い願いや展望を持っていました。
もし日本からの支援を受けられることになったら今後は輸出などもしたいとのことでした。


▲これはアメリカからの受注生産

前述したように。今後この一村一品運動に選出された暁には、
 1)技術支援(テクニック)
 2)金融支援(資金)
 3)商業支援(マーケティング)
などの支援が受けられることになります。

また、この刺繍の工房、すでにモンゴル最大の都市であるウランバートル市のお土産屋にも多くの商品を送り出しているそうで、このプログラムがうまくいけば村おこしも夢ではないのではないかという印象でした。

こちらへ来てから非常に感じることですが、正直な話、何をするにもまずは資金を得ることからだと思います。

明日は候補ではなく、実際に選考に受かり、援助を受けている一村一品運動の案件を視察します。お楽しみに。


●幼稚園改修計画

現在日本のODAが行っている教育分野の投資は以下の二面からとらえられるといえるでしょう。
 1)ハード面 建造物・機材など
 2)ソフト面 教員の再教育など

これは決して固い麺とやわらかい麺のことではありません。
このどちらが欠けても教育分野の改革はうまくいかないので、日本はその両方をバランスをとりながら実行しています。
まぁ実際のところはなかなか理想どおりにはいかないようですが。

さて、視察の本編に入って参りましょう。


一件目は改修前の幼稚園。

40年前に作られたというこの幼稚園での問題は、水漏れをしている天井、水の流れないトイレや、暖房器具の故障、下水の配管の腐食・破裂などです。


▲これはひどい。

これでは直接的な危険性のほかにも、衛生面や精神的な影響という面でも非常によくないので改修が進められることとなりました。

幼稚園の教育方針自体は非常に子どものことをよく考えており、日本の教育のよい点を取り入れたりと非常に周囲でも評価の高いものでした。

JICAの方針としては、子どものことを第一に考え、しっかりと将来的な管理もやっていけるだろうと思われるところを優先的に援助するとのこと。
歓迎してくれた子どもたちも非常に活発、快活で、すてきな歌や折り紙で我々を歓迎してくれるなど、援助対象と選ばれたのも頷けるような様子でした。


▲運動会での演目を披露


さて、お次は改修後の幼稚園。

こちらはJICAの援助を受けて2年前に改修工事が行われました。
前の案件と同じく、水漏れや、トイレの故障、配管の腐食・破裂などはやはりあったようです。
これをJICAによる7000万トゥグルグ(約700万円)の支援により改修したとのこと。

しかしその資金のほとんどは配管などの目に見えない部分に使用されてしまい、目に見える部分は安い業者に発注したのか既にトイレなどは壊れているところもありました。


▲全然きれいなんですけどね。

しかしまあ幼稚園のような子どもが多く資材が壊れ易いところには多少無理をしてでも丈夫なものを援助できるだけの予算があればいいんではないかと思いました。
悲しいけれど、世の中カネです。
もういい加減こっちきてから痛感しまくり。切ない。

逆によい面として感じられたのは、やはり暖房器具やカーペットなどが十分に機能するようになったことで、冬の間でも子どもが活気付いたという話でした。


▲カーペットも壁もきれい。

夏場である今でこそモンゴルは割合過ごし易い気候にありますが、冬場となると零下30度を下回る日もあります。
そんな中しっかりと学習などを進めてゆくにはやはりそういった最低限の施設の整備は必要だと思われました。


さてまぁこんな感じに2000年頃からモンゴルでは古い校舎などの改修が増えはじめ、JICAもかなりの機材を援助したらしいんですよ。
数字でいうとなんか6割程度負担したらしいっすよ。教育機材全体の。

これってすごいですよね。
よく言えば、JICAは現地の学校に対し十分すぎるほど貢献しているといえますよ。

でも、でもですよ。

別の視点から見てみると、これってダルハンの学校がJICAの援助なしに改修を行うことがほぼ不可能だったってことじゃないでしょうか。

このことについて聞いてみたんですが、義務教育が徹底されているモンゴルでは学校が収益をあげることは私立でない限り難しいのだと。
つまり、改修なんかをやろうとすると、県から出される予算を切り崩すか、保護者から援助してもらうかしか方法がないらしいです。
これはつらい。

しかも昨日の教育関係者との会食では、モンゴル政府の教育関係に対する重点の置き具合もまだまだという印象だったので、実際に学校が自ら改修をしていくのはなかなか難しいんじゃないかなあと思いました。正直に。

義務教育ってのがあるからこそモンゴルのめちゃめちゃ高い識字率があるわけで問題は安易にどうこう言えない難しい部分があります。
とはいえ、モンゴルの教育体制は今後も改善の余地があるということはいえそうです、ね。


あ、教育はしいたげられてると思います。個人的に。



●今日のモンゴル語
 大丈夫=ズゲールズゲール
 (とにかく多用したくなります)



▼以下資料とおまけ


*ダルハンの学校事情
 ・小中高一貫の学校→25校
 ・大学→15校(国立8:私立7)
   ※私立は語学が多い
 ・ダルハンの人口10万人のうち児童→23000人
 ・大学も含めた教員→1200人
 ・未就学児童→2000年/3000人→2006年/30人(激減!)

*トリビアの泉
モンゴルの幼稚園では、作文・計算の授業がある。

*補足トリビア
その際生徒は1時間半集中して座っていられる

モンゴル体験記 ~2日目-2~

2006-08-21 | ODA民間モニター
今日のお昼ご飯はすばらしかった!
何がすばらしかたってもちろん味が…とかそんな普通の観光めいたことはいえません。
いや、実際味はなかなかでした。ちなみにお店の名前は「ソウルクラブ」。
こっちへきてモンゴル料理を一度も食べてません。(実話)

さて、何がすばらしかったってねー、これです。


じゃーん。

なに?ただいけちょがおいしそうなごはんをやさしそうな人たちと囲んどるだけやんけだって?

この無礼者ぉっっ!!!

この紋所が目に入らぬかっ!!!
この方は恐れ多くも水戸光圀公にあらせられるぞ!頭が高いわあっっ!!!
ははぁー!!!←悪役

まぁそれはいいとして、この方たちはモンゴルの教員の再教育を実施したり、いろいろな問題を解決するべくがんばってらっしゃる教育委員会?の方なんですね。
いかんせんモンゴル語がわからないので名刺が読めません!どーん!

でもこの会食の場では私の友人の妹にそっくりな右のお嬢様がスペシャルな通訳の方だったので問題なくモンゴルの教育問題について討議が出来たのでした。
本当にたくさん聞きたいことがあったので聞きまくりました。
ああ、でも食事の場なのでメモがとれず記憶のみです…よ。OTL
でもかなり満足に話せたような気がします。
話した内容はかなり専門的なようなそうでないような匂いなので思い出したらor要望があったら書きますー。

いやーほんと充実してた!
学生だって言ったのにちゃんと名刺までいただけたのが感激。
てか私まじで名刺作ろう。帰ったら速攻作りに行きますよー。
あれ、いつの間にか名刺の話に…うんん、気にしない。

さてそんな素敵なお昼ご飯の時間を終えて今度は一路ダルハンへ。
モンゴルいちの大都市ウランバートルから第二の都市にゆくわけなんですが、人口は約10分の1。
行く道すがらも様相がかなり違います。


大自然!!


写真むかって左が池田ですね。

まるで絵本で見るような、そうみなさんが今でもモンゴルって言ったらコレ!みたいな感じで思い浮かべるような風景がそこにはありました。
でもね。

これだけは覚えて。



最近のゲルは四輪駆動です。

普通に家とか見ててもある程度の階級の家には(ゲル・遊牧・アパート問わず)車はありますね。
郊外に行けば行くほど必要なのかもしれません。
最近は荷物とかも増えたりしてね。きっとね。
ちなみに携帯もみなさん持ってます。
ゲル地区の方がどれくらい持っているのかは謎ですが、少なくとも大都市ウランバートルでは。

その後無事にホテルにつきました。


お風呂場

私が下ネタばかり言ってるからでしょうか。
なんだか卑猥な写真を貼って塗りつぶしたような跡がありました。
気になったけどペンキを剥がすのは我慢しました。

明日はふたつの案件です。がんばりまーす。


●今日のモンゴル語
 ごめんなさい=オチララァー
 (私には「落ちたらー」にしか聞こえない)

モンゴル体験記 ~2日目-1~

2006-08-21 | ODA民間モニター
さてさてウランバートルから移動すること4時間、ダルハンのホテルに移動した今日はついに日本のテレビ番組を発見。
甲子園の結果知りたさにつけっぱなしで部屋を整理しているとなんとその番組、セックスシーンや乳吸いシーンをばんばん流しているではありませんか!

は、破廉恥!

これが日本の唯一のチャンネルのやることですか!いいんですか!これ!
なんとか言ってやってくださいよ大統領!ねえ大統領!!
…はあはあ。(動悸息切れ)

まぁ、セックスも乳吸いもモモンガの、ですけどね!(NHK)

ではこんなノリの私が今日の視察を振り返っていきましょう。
痛いとか言わない。
日本政府の人選は間違ってるとか言わない。
最後は抽選なのでね、そのへん心得てね。落ちた皆さんほんとにすみません。


さて。今日は朝も早くから廃棄物処理場視察の案件に行ってきました。
廃棄物処理場ってのはあれです。ゴミを燃やしたりとかじゃなくて、ゴミを集めるところですね。埋立地みたいな感じでした。


●廃棄物処理場計画

廃棄物処理場計画は名前の通りまだ計画段階なんですが、パイロットプロジェクトといって、実際のプロジェクトに入る前の試行的なプロジェクトの段階にあるとのことでした。
つまりまぁお試し期間に色々やってみて、プロジェクトを実行するときに机上の空論から始めずに済むようにしましょ、ってことですね。

プロジェクトの目的としてはとにかくリサイクルなどをしてゴミの量を減らしたい!ってのがあると思います。
ウランバートル市の人口が増えたおかげでほんとにゴミがごろごろしてる状態なんでそれがかなり切実なんですな。

それで色々細かいプロジェクトが出されました。

・ゴミの回収をしっかりやるようにした
 (回収場所・曜日の指定をし、それを一件一件世帯を回って宣伝した)
・資源ごみの分別を行うようにした (曜日の指定、ちり紙交換など)
・資源ごみ以外の紙とプラスチックを使ってRDFという熱資源を開発した


これRDFね。まだ作るのにかなりお金がかかるみたい。

・回収したごみを集める廃棄物処理場を一部にまとめ、きれいにした
・飛散防止ネット、メンテナンスガレージ、医療ごみ用ピット、分解促進用酸素パイプなど、必要な設備を整えた
・ウェイストピッカー(ごみを拾う人)とのコミュニケーションをとる時間を毎週もうけることにした

などです

中でもこのウェイストピッカーさんってのが結構大事な存在らしく、視察の際にもお話を聞かせてくれました。
いや、お話って物語とかじゃないよ。うん。


お話をきかせてくれるウェイストピッカーさん。

現状では回収時点での分別はやってくれーって呼びかけてはいるもののなかなか市民の中に根付いていないみたいなんですね。
ちょうど一昔前の日本みたいな状態なのかリサイクルって言葉も知らないような状況です。
ごみの収集車も全然足りてないので結局一台がたくさんの種類のごみを持ってきては廃棄物処理場(一箇所)にまとめて捨てていくと。
つまりあれですね。
カレーは好きだけどグリーンピース嫌いな子にとっての小学校の給食です。
おいこら、グリーンピース混ぜてんじゃねぇよコラ!ってわけです。うん、どうなんだこの例えは。

まぁそんなわけでね、廃棄物処理場には実は資源ごみがごろごろ転がっているわけです。
しかしこれではリサイクルできるものもリサイクルできない。
そこで出てくるのがこのウェイストピッカーさんなんですねー。
彼らはちょうど数年前にモンゴルを襲った異常気象、ゾドによって収入源である家畜などを失ってしまった貧困層。
職の少ないモンゴルにおいて一日1000トゥグルグ(100円)でも仕事があればやってやるぜ!というお気持ちです。

そう。勘のいい方はもうお分かりでしょう。
彼らはごちゃまぜ状態のカレーからグリーンピースを取り出す役目をになっているのです。
つまり資源としてリサイクルできる鉄・プラスチック・ビンなどを廃棄物処理場の中から探し出し、それを集める。
するとそれがあーら不思議、収入になるではありませんか、という算段です。

もちろんこれは安定した収入ではありませんし、およそ一日の収入を1000トゥグルグとして、一ヶ月の収入を計算したとしても、モンゴルの最低賃金である6000トゥグルグには遠く及びません。
しかも回収したものを換金する場所でその重さなどをピンはねされたりしてるわけです。

つらいです。つらすぎますウェイストピッカーさん。

とまあそんなわけで、ODAでは彼らの言葉を聴いて、公正な換金取引所を作っていたりするみたいです。


只今建造中

しかしこれ、まだまだ問題はごみと同じく山積ですね。
今後もウェイストピッカーさんとの毎週の話し合いを続け、今のようなよい関係を大切にしていって欲しいです。
ウェイストピッカーさんはとにかく安定収入がほしいとのことでした。
すでにJICAもきちんと彼らとコミュニケーションをとり、15人一組のグループを10作って班長なんかも決めてたんで少しくらい給金をあげてもいいような気もします。
若干社会主義的な考えになってしまう気もしますが。
だってゴミ捨て場でちゃんと働いてるか一日ずっとチェックしてられるお役人はいないと思うんで。
んー。難しい。
まぁ何が一番大事って私はその廃棄物処理場についたごみをどうするかじゃなくて、廃棄物処理場につく時点ですでに分別が不要な状態にしておくべきだと思います。
つまり回収の時点できちんと分別するのを徹底しなさいよと。
鉄・プラスチック・ビン・紙・グリーンピース、みたいな感じでね。うん。

んでその収集車に乗ったりして働けばいいじゃない、ウェイストピッカー。
あれ、だめなの?これ。雇用創出できてないかしら。
まぁゲル地区の問題とか、収集車不足の問題とか一筋縄ではいきそうにもないってのはよく分かりましたけどね。
結局根本をどうにかしなきゃだめじゃないのかなーと思うのよ、あたい。

みなさんどう思いますかねー。


文字通りの山積っぷり

モンゴル体験記 ~視察初日-4~

2006-08-20 | ODA民間モニター
この日の夕食は有名なホテルモンゴリアでとりました。


視察のメンバーです。

ちなみにこれが大体20時くらい。
モンゴルの日がどれだけ長いか想像してみてください。

このホテル、宿泊場所はゲル風味の部屋ながら、内装が超ゴージャスとのこと。
しかし私たちはここには泊まらなかったのでそのゴージャスぶりは妄想にまかされることになりました。
んー。羊の毛皮とかしきつめられてるんでしょうか。(偏見)


せめて外装だけでもみなさんにお伝えしましょう。