閉塞した社会では、テロ、薬物、自殺、怪しい宗教が蔓延する。厚生事務次官経験者とその家族が襲われた。事件の早期解決を望むと同時に、政治家には停滞感を払拭する策を講じてもらいたい。解散総選挙も一つの案だと思うのだが……。
さて、本題。16日(さいたまスーパーアリーナ)、17日(日本武道館)と、ザ・フー来日公演に足を運んだ。
フルハウスの武道館では開演前に多くの観衆が立ち上がり、「ジーン・ジニー」(デヴィッド・ボウイ)に合わせて手拍子が起きる。ピート・タウンゼントとロジャー・ダルトリーが登場するや、観衆の興奮は最高潮に達した。日本での不遇の40年に終止符が打たれた瞬間だった。
キース・ムーンは没後30年、ジョン・エントウィッスルは6年前に召されている。ピーク時のパフォーマンスは映像で接するしかないが、ピートとロジャーは4人のサポートメンバーとともに鋭く厚い音を弾き出していた。ドラムを叩いていたのは、キースの理解者だったリンゴ・スターの息子ザック・スターキーである。
フーは昨年、グラストンベリー(世界最大のロックフェス)最終日にヘッドライナー(トリ)を務めた。史上最高のライブバンドは、多少くたびれても若者と伍していける。武道館でのロジャーは絶好調で、「愛の支配」では入りの部分で混乱したものの、カタルシスに溢れた“L〜O〜V〜E”で締めていた。恐るべき64歳である。
オープニングはデビュー曲「アイ・キャント・エクスプレイン」(65年)で、3曲目まで初期のナンバーが続く。ロジャーがマイクを回し、ピートが左手をグルグル振るたび大歓声が起きる。「フー・アー・ユー」、「ビハインド・ブルー・アイズ」、「シスター・ディスコ」、「5・15」、「無法の世界」、「マイ・ジェネレーション」と代表曲が次々に演奏される。
楽曲の骨格がしっかりしていることをあらためて実感した。過剰な加工で芯がない最近のメジャーバンドの音と比べ、フーやストーンズの曲は素裸でも鑑賞に堪える。頑丈な骨をしなやかな筋肉が包んでいるのだ。
「ババ・オライリー」でピートが歌う“Don't cry, Don't raise your eye,it's only teenage wasteland”を他の観衆とともに合唱した。ロックとは実年齢と関係なく、“teenage wasteland”(10代の荒野)を彷徨う者の音楽である。青春時代の夢や煩悶が、詰め掛けた中高年ファンの胸に去来したに違いない。
アンコールは「トミー」中心のセットだった。映画「ウッドストック」(70年)で感銘を受けた「シー・ミー・フィール・ミー」を38年後に生で聴けた幸せに浸っていた。<ピート=絶対的な父>、<ロジャー=反抗する息子>を演じてきた2人がラストで肩を組み歓呼に応える。葛藤と恩讐を超えた友情と信頼に胸が熱くなった。
「CSI科学捜査班」の主題歌は、スピンオフを含めフーの楽曲で統一されている。<21世紀の最先端の科学>と<70年代のロック>は一見ミスマッチだが、制作サイドの洞察力に基づく決断だと思う。
トラウマ、DV、自閉症、登校拒否、バーチャルリアリティーへの逃避、薬物依存、暴力への志向、マインドコントロール……。69年発表の「トミー」はその後の世界を予言するアルバムだった。フーが追求したのは<疎外からの解放>で、エリオットの影響が濃いピートの歌詞は若者の道標でもある。
「フーを聴いて自殺を思いとどまりました」という内容の手紙が、思春期の少年たちからピートの元へ数多く届けられたという。82年の北米ツアーでは学校をサボって会場に駆けつけるキッズが続出し、社会問題になっている。かくいう俺も、フーには大きな借りがある。落ち込んだ時に「四重人格」をヘッドホンで聴くのが、20代の俺にとってのサイコセラピーだった。
パンクという形式のルーツはアメリカだが、爆発したのは英国だ。フーはポール・ウェラー(ジャム)やジョン・ライドン(セックス・ピストルズ)らパンクスに慕われ、<パンクのゴッドファーザー>の称号を獲得する。来日公演に参加した若者の多くは、フーに影響を受けたパンク、パール・ジャム、オアシスを入り口に“御本家”に辿り着いたに違いない。
フーについて書いていると止まらないから、この辺りで切り上げる。<ロックの革命家シリーズ>は3回でジ・エンドのはずだったが、延長することにした。次稿ではフーと因縁浅からぬクラッシュを取り上げる。
フーと並び、日本で不遇なバンドといえばキュアーだ。フーは今回の来日で環境が一変した。キュアーの単独公演を心待ちにしている。









さて、本題。16日(さいたまスーパーアリーナ)、17日(日本武道館)と、ザ・フー来日公演に足を運んだ。
フルハウスの武道館では開演前に多くの観衆が立ち上がり、「ジーン・ジニー」(デヴィッド・ボウイ)に合わせて手拍子が起きる。ピート・タウンゼントとロジャー・ダルトリーが登場するや、観衆の興奮は最高潮に達した。日本での不遇の40年に終止符が打たれた瞬間だった。
キース・ムーンは没後30年、ジョン・エントウィッスルは6年前に召されている。ピーク時のパフォーマンスは映像で接するしかないが、ピートとロジャーは4人のサポートメンバーとともに鋭く厚い音を弾き出していた。ドラムを叩いていたのは、キースの理解者だったリンゴ・スターの息子ザック・スターキーである。
フーは昨年、グラストンベリー(世界最大のロックフェス)最終日にヘッドライナー(トリ)を務めた。史上最高のライブバンドは、多少くたびれても若者と伍していける。武道館でのロジャーは絶好調で、「愛の支配」では入りの部分で混乱したものの、カタルシスに溢れた“L〜O〜V〜E”で締めていた。恐るべき64歳である。
オープニングはデビュー曲「アイ・キャント・エクスプレイン」(65年)で、3曲目まで初期のナンバーが続く。ロジャーがマイクを回し、ピートが左手をグルグル振るたび大歓声が起きる。「フー・アー・ユー」、「ビハインド・ブルー・アイズ」、「シスター・ディスコ」、「5・15」、「無法の世界」、「マイ・ジェネレーション」と代表曲が次々に演奏される。
楽曲の骨格がしっかりしていることをあらためて実感した。過剰な加工で芯がない最近のメジャーバンドの音と比べ、フーやストーンズの曲は素裸でも鑑賞に堪える。頑丈な骨をしなやかな筋肉が包んでいるのだ。
「ババ・オライリー」でピートが歌う“Don't cry, Don't raise your eye,it's only teenage wasteland”を他の観衆とともに合唱した。ロックとは実年齢と関係なく、“teenage wasteland”(10代の荒野)を彷徨う者の音楽である。青春時代の夢や煩悶が、詰め掛けた中高年ファンの胸に去来したに違いない。
アンコールは「トミー」中心のセットだった。映画「ウッドストック」(70年)で感銘を受けた「シー・ミー・フィール・ミー」を38年後に生で聴けた幸せに浸っていた。<ピート=絶対的な父>、<ロジャー=反抗する息子>を演じてきた2人がラストで肩を組み歓呼に応える。葛藤と恩讐を超えた友情と信頼に胸が熱くなった。
「CSI科学捜査班」の主題歌は、スピンオフを含めフーの楽曲で統一されている。<21世紀の最先端の科学>と<70年代のロック>は一見ミスマッチだが、制作サイドの洞察力に基づく決断だと思う。
トラウマ、DV、自閉症、登校拒否、バーチャルリアリティーへの逃避、薬物依存、暴力への志向、マインドコントロール……。69年発表の「トミー」はその後の世界を予言するアルバムだった。フーが追求したのは<疎外からの解放>で、エリオットの影響が濃いピートの歌詞は若者の道標でもある。
「フーを聴いて自殺を思いとどまりました」という内容の手紙が、思春期の少年たちからピートの元へ数多く届けられたという。82年の北米ツアーでは学校をサボって会場に駆けつけるキッズが続出し、社会問題になっている。かくいう俺も、フーには大きな借りがある。落ち込んだ時に「四重人格」をヘッドホンで聴くのが、20代の俺にとってのサイコセラピーだった。
パンクという形式のルーツはアメリカだが、爆発したのは英国だ。フーはポール・ウェラー(ジャム)やジョン・ライドン(セックス・ピストルズ)らパンクスに慕われ、<パンクのゴッドファーザー>の称号を獲得する。来日公演に参加した若者の多くは、フーに影響を受けたパンク、パール・ジャム、オアシスを入り口に“御本家”に辿り着いたに違いない。
フーについて書いていると止まらないから、この辺りで切り上げる。<ロックの革命家シリーズ>は3回でジ・エンドのはずだったが、延長することにした。次稿ではフーと因縁浅からぬクラッシュを取り上げる。
フーと並び、日本で不遇なバンドといえばキュアーだ。フーは今回の来日で環境が一変した。キュアーの単独公演を心待ちにしている。



















The Whoって、名前だけはよく知っているけれど実際にはあまり聴いた事がない、という人が多いのではないでしょうか。
私もその1人です(汗;)
今回のツアー、かなり迷いましたが、さしてファンでもなく、My Generationのような有名曲しか知らない私が行くのは何だか申し訳ない気がして結局スルーしてしまいました。
ランブラーさんや他のマイミク様の日記を読むにつけ、やはり行っておくべきだったかとちょっと後悔中です…
日本ではメタルとかプログレとか、飾りが多い音が好まれてきたけど、90年以降、ようやくロックメディアが世界標準を追いかけるようになった。それに合わせてフーもようやく浸透し始めた感じです。
ストーンズやフーの曲が素裸でも鑑賞に堪える。
そうですね。仰る通りだと思います。
割と最近の曲でもストーンズは正直下手な若手より
良い曲を書けていると個人的は思います。
なんとしても行っておけばよかったと後悔しきりです。
やはり素晴らしいライブだったようですね。
朝日新聞(19日付)には格差社会(階級闘争)と関連付けてフーが論じられていたけど、違和感を覚えました。ピートの詩は内向的で、テーマは一貫して<疎外からの解放>だと思います。
最近はロック事情に疎いのですが、フーのように骨太ながらメロディアスなバンドというと、グリーンデイぐらいなのかな?