酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「ビビビ・ビ・バップ」~デジタルもまた愛に狂う

2017-09-21 23:45:12 | 読書
 先日(17日)放映された将棋NHK杯で耳目を集めたのは解説の三浦弘行九段だった。冒頭のインタビューで豊島将之八段(対局者)の印象を問われた木村一基九段は、「豊島さんは隙がない。それに比べて三浦さんと藤田さん(綾、聞き手=女流二段)は多いですね」とユーモアたっぷりに話す。三浦も木村の気遣いに「反省しています」と苦笑いで返していた。

 小池都知事が関東大震災時に虐殺された朝鮮人の追悼式典にメッセージを送らなかったことに、文化人が抗議の声を上げた。史実を隠蔽し、多様性を否定する小池氏は〝共生都市〟東京の知事に相応しくない。賛同人には当ブログで頻繁に紹介している島田雅彦、平野啓一郎、星野智幸も名を連ねている。文化と政治の距離がようやく縮まってきた。

 映画「ドローン・オブ・ウォー」(14年)で、教官が志願者に「おまえたちは格闘ゲームにはまってここに来た」と語りかけるシーンが印象的だった。ゲームは門外漢だが、ドキュメンタリー「格闘ゲームに生きる」(WOWOW、日台共同制作)に幾つもの発見をした。ヴァーチャル世界の魔力、〝伝説の男〟梅原大吾らトッププロ5人の情熱と苦悩をひしひし感じた。
 
 奥泉光の「ビビビ・ビ・バップ」(16年、講談社)を読了した。地霊の輪廻転生を描いた「東京自叙伝」(14年)を「無限カノン三部作」(島田雅彦)、「シンセミア」(阿部和重)に並ぶ21世紀の傑作と評した。色調が異なる小説を2年のインタバルで発表する奥泉の力量には感嘆するしかない。

 「ビビビ・ビ・バップ」の舞台は、リアルとヴァーチャルが分かち難く混在する今世紀末だ。主人公は通称〝フォギー〟こと34歳の木藤桐で、音響設計士とジャズピアニストを兼業している。語り手のドルフィー(猫アンドロイド)が飼い主フォギーの心を自虐的に表現している辺り、「クワコー三部作」を彷彿させる。デジタルに馴染めぬフォギーは20世紀のモダンジャズに憧れている。

 フォギーのお守り役は花琳だ。最先端のテクノロジーを理解している中国生まれの天才工学美少女は、「師匠」と呼ぶフォギーを窮地からたびたび救う。フォギーと恋人未満の芯城銀太郎はプロ棋棋士で、20世紀文化オタクだ。この3人にフォギー母、フォギー祖母(ジャズピアニスト)、芯城姉、猫のドルフィー、敵役の副社長が主なキャストだ。

 脚本兼演出兼助演男優は、超知能社会に導くのに貢献大だった山萩貴矢博士だ。電脳の粋を集めた医療技術によって生き永らえていたが、死期を悟り、架空墓の音響設定をフォギーに依頼した。山萩がフォギーに便宜を図る理由は後半に明かされる。フォギーは時折、「今の私って何」と戸惑っていたが、登場人物はリアル、アンドロイド、複数のヴァーチャル形を持っている。

 山萩が創造した架空墓は1960年代の新宿への入り口だ。フォギーはゴールデン街で大島渚や寺山修司らと出会い、国際反戦デー(69年10月21日)の騒乱と遭遇する。ウルトラマンや怪獣まで闊歩し、花園神社ではジミ・ヘンドリクスや頭脳警察(実際はデビュー前)に若者が熱狂していた。フォギーは「ピットイン」で山下洋輔のライブに触れ、芯城は立川談志の高座を堪能する。

 本作に描かれる東京の光景に重なるのは「メトロポリス」(27年、フリッツ・ラング監督)だ。格差と貧困は絶望的に拡大しているが、蜘蛛巣地区と呼ばれる貧民街の猥雑かつ無秩序な空気は1960年代の新宿に近い。ちなみに同地区は芯城姉がリーダーを務め、山萩とも気脈を通じる国際的反体制組織の拠点になっている。山萩は究極のデジタル、血と汗が匂うデジタルに、アンビバレンツに引き裂かれていた。

 人間対アンドロイド、即ち芯城と大山康晴アンドロイドの対局が起点になっていた。初日夜、奇妙な事件が起き、物語は猛スピードで展開する。フォギーとセッションする面々はエリック・ドルフィー、チャーリー・パーカー、マイルス・デイビスらモダンジャズの巨人たちのアンドロイド。古今亭志ん生と立川談志のアンドロイド同士のやりとりも軽妙洒脱で、奥泉の将棋、ジャズ、落語への造詣の深さが窺える。本作には作者の遊び心がちりばめられているのだ。

 ラスト近くで山萩とフォギーが交わす会話が本作の肝になっている。山萩が説く<二項体>と<N項体>の有史以前から続く対立を、デジタルとアナログの闘いと読むことも可能だ。全てを見通し、仕組み終えた上で、山萩はある提案をする。彼が囚われていたのは狂おしい感情だった。

 極大(人類の危機)と極小(個の遺伝子)の連なりを描く壮大なSFエンターテインメントのテーマは、アイデンティティー、アナログとデジタルの境界、そして愛だった。超アナログ人間たる俺が電脳万華鏡を覗き込んで発見したのは、普遍で不変の人間の魂である。

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 文化的な週末~「さよなら原... | トップ | ジャームッシュが捉えたイギ... »

コメントを投稿

読書」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。