酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「円朝芝居噺 夫婦幽霊」~魔物が神様を俎上に載せた

2017-07-20 19:25:25 | 読書
 チャンネルサーフィンしていたら、JSPORTSで懐かしいレスラーと再会する。ジェフ・ハーディーがWWEに復帰していた。抜群のスピードとセンス、危険を厭わぬスタイルで頂点を極めたジェフだが、実生活もデンジャラスで、WWEから2度リリースされている。アティテュード時代を牽引した〝永遠の不良少年〟も39歳。成熟と真逆なエクスリームを表現出来るだろうか。

 先週末、開催60周年の節目になった「盛夏吉例 圓朝祭」初日(銀座ブロッサム)に足を運んだ。三遊亭圓朝は落語の神様で、幾つもの創作落語を発表した。圓朝が創作に向かったのは嫉妬が理由である。技術の高さを畏れた先輩がグルになって妨害し、圓朝が寄席で古典を演じられないよう策を弄した。その結果、圓朝の才能が開花したのだ。

 ホール落語を席巻する春風亭一之輔「鮑のし」→柳家三三「五目講釈」→桃月庵白酒「首ったけ」と好テンポで続いた後は、柳亭市馬「百川」→仲入り→林家木久扇「彦六伝」→五街道雲助「豊志賀」とベテラン勢が味のある芸を披露した。他の5人はお馴染みだが、木久扇の高座で見るのは2度目だった。長い枕と思っていたら、師匠の林家彦六の思い出が演目通り本題で、人情味とユーモアに溢れた創作落語に聞き惚れた。

 圓朝は落語家の枠を超え、二葉亭四迷らと言文一致運動を担った〝現代日本語の祖〟と評されている。四迷が「浮雲」を著す際、圓朝の落語の口演筆記を参考にした。雲助が演じた「豊志賀」は「真景累ケ淵」の一部である。圓朝は海外文学にも造詣が深く、モーパッサンの「親殺し」をベースに「死神」を作った。

 明治期のカルチャー全般に多大な影響を与えた圓朝に、辻原登が着目した。圓朝祭の予習として「円朝芝居噺 夫婦幽霊」(07年、講談社)を読んだ。「圓朝」の表記は小説に準じ、以下は「円朝」に統一する。新たに発見された円朝の口演筆記を書き起こした幻の噺を、訳者が発表するという設定になっている。ミステリーの要素が濃い物語は、円朝の高座(全5回)とともに進行する。

 安政の大地震と、その直前に起きた御金蔵破り(架空)がシンクロしている。江戸城内で4000両が賊に奪われた事件の真相に、若き日の円朝、幼馴染みの佐久間長敬、3代目中村仲蔵(当時は鶴蔵)が迫っていく。佐久間は俊英の誉れ高き与力で、復興に尽力するだけでなく、地震の詳細を記録していた。仲蔵も実在の人物で、高島易断の創始者もストーリーに組み込まれている。

 当ブログでは、虚実のあわいに空中楼閣を構築する辻原を〝魔物〟と評してきた。霊界(熊野)で生をうけた辻原は、南米のマジックリアリズムへの日本からの回答といっていい。世界を含め当代一のメタフィクションの使い手でもあるが、過小評価の嫌いがある。絶版になっている小説が多く、本作もアマゾンで入手した。

 「円朝芝居噺 夫婦幽霊」は魔物が神様を俎上に載せた小説だ。落語家を主人公に据えた「遊動木円木」(未読)という作品があるように、辻原が落語に造詣が深いことは間違いない。本作は〝読む落語〟で、当時の江戸の風情、風俗、庶民の暮らしが生き生きと描かれている。談志の名言「落語は人間の業の肯定」を富蔵とおりょう、藤十郎と百合、菊治とおせきの3組の夫婦が体現していた。

 上記の四迷だけでなく、国木田独歩、芥川龍之介までストーリーと文体に織り込まれていた。冒頭に登場した〝実〟の辻原が、訳者として〝虚〟を膨らませ、最後は息子との関係を軸に円朝の〝実〟に迫る。細工は隆々の本作を、作者は読者以上に楽しんでいるに相違ない。
 
 圓朝祭とは別に圓朝まつりが8月、谷中の全生庵で開催されているという。機会があれば足を運んでみたい。

 
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