酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「海炭市叙景」を携え函館を散策

2017-07-12 20:52:47 | カルチャー
 先週末、函館を訪れた。避暑を兼ねるつもりが、日中は30度前後まで上がり、坂の上り下りに汗だくになる。京都生まれの俺が函館に魅せられたのは、44年前の修学旅行だった。市電は走っているし、高い建物はなく、街並みは整然としている。京都に似ていると感じた。

 京都と風味は異なるが、函館も歴史の糸で紡がれている。元町の教会群や海沿いの赤レンガ倉庫に、開放的な文化の薫りを覚える。ゆかりのある石川啄木、井上光晴に不遇と反逆が匂うのは、街の風土と無関係ではないだろう。前回訪れたのは2005年だが、この間、俺の心に2人の生き様が刻まれた。不遇の佐藤泰志、そして反逆の唐牛健太郎だ。

 佐藤泰志の「海炭市叙景」を携えて函館を散策する。1991年、41歳で自殺した佐藤は芥川賞に5度ノミネートされながら受賞を逃した。「海炭市叙景」は死後、文芸誌に発表された18の短編をまとめた事実上の遺作である。「海炭市叙景」、「そこのみにて光輝く」と映画は2本見たが、小説を読むのは初めてだった。

 街に着いた日、手にした函館新聞の1面に「函館の人口、3159人減」の見出しが躍っていた。人口は26万台だから、減少率はかなり大きい。「海炭市叙景」は1980年代後半の函館が描かれているが、〝寂れ〟は今も変わらないのだろう。本作の軸は「第1章 物語がはじまった崖」の「まだ若い廃墟」で、炭鉱や造船所の閉鎖で仕事を失ったどん底の兄妹が描かれていた。

 函館山の展望台に向かうロープウエーのチケット売り場で、担当の女性に「往復ですね」と聞かれ、「片道だったら危ない。冬じゃないけれど」と返すと、彼女は頷いた。原作か映画に接していたのだろう。日没1時間前から陣取り、街が煌めいていく光景を満喫したが、頭の隅に兄妹の姿は消えなかった。翌朝、立待岬を訪ねたが、兄の遺体が収容されたのはあの辺りだろうかと、崖の方を眺めてしまった。

 作品を通じての印象は、起承転結の〝結〟が読者に委ねられていることだ。物語は完結しないし、登場人物が他の作品にひっそり現れることもある。死の影を感じる作品が多く、登場人物は憤懣と諦念を滲ませている。首都(東京)への疎隔感、観光客への忌避感は作者の心象風景の反映だろう。

 外国人墓地には「ここにある半島」が重なり、路面電車に乗るたび「週末」のベテラン運転手を思い出す。ギャル風の運転手に遭遇し少し驚いた。函館競馬場では「夢見る力」の主人公に思いを馳せた。破滅寸前の彼が買った馬券は果たして的中したのだろうか。ちなみに函館行きに合せるかのようにデビューしたPOG指名馬カレンシリエージョは、単勝1・5倍の圧倒的1番人気で2着に惜敗した。

 昨年秋、佐野眞一の「唐牛伝~敗者の戦後漂流」を読んで、60年安保闘争を主導した唐牛健太郎(全学連委員長)が函館出身であることを知った。映画スター並みのルックスと激烈なアジテーションで人々を魅了した唐牛は、西部邁によると文学青年だった。唐牛の反逆と繊細のルーツに触れようと、生まれ育った湯の川温泉郷を訪ねたが、ホテルが林立する街に興趣を覚えなかった。

 次に函館に行く日は来るだろうか。人生の電池がいつ切れても不思議はないから、今回が最後になる可能性は高い。計5回、訪れるたびに異なった貌を見せてくれた函館に感謝したい。

 帰京すると、ニュースは茶番を報じていた。私利私欲で動く悪い殿様とその取り巻きが、抗議を封殺しようとしている。「水戸黄門」さながらの単純な構図で、人々の怒りは東京から全国に伝播するだろう。もし、俺が渦中の官僚のひとりだったら、洗いざらいぶちまけたかもしれない……。いや、標準レベルの矜持と良心を持ち合わせているからこそ、俺もまたエリートとは無縁の不遇の人なのだ。
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