酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

銀幕に潜む悪魔たち~ワルシャワの光と闇

2005-05-24 03:04:52 | 映画、ドラマ

 この3カ月余り、BSやスカパーでポーランド映画が10本ほど放映された。録画した作品を見て、ポーランド映画独特の手触りをあらためて感じることが出来た。

 最初に見たポーランド映画はワイダの「灰とダイヤモンド」(59年)だった。25年以上も前のことである。マチェックとクリスチナが荒廃した教会を訪ねる場面が、強く印象に残っている。「すべて燃え尽きた灰の底、燦然と輝くダイヤモンドが潜むことを」。墓碑に刻まれた詩をクリスチナが読み、「君がそのダイヤモンド」だと、マチェックは囁いた。背景を知るために原作を読んでみて、「灰とダイヤモンド」がポーランドの苦難の歴史と切り離せない作品であることを知った。
 
 ポーランド生まれの監督が撮る映画には、悪魔が頻繁に現れる。絶え間なく襲う災禍に、敬虔なポーランド人は、神から打ち捨てられたと感じたはずだ。その不安と絶望に、悪魔がそっと寄り添ったのではなかろうか。
 
 カワレロウィッチの「尼僧ヨアンナ」(60年)は、悪魔憑きを扱った作品だ。スリン神父はヨアンナに宿った悪魔を引き受け、その手を血で汚す。深読みすればきりがなく、神=マルクス主義、教会=圧制国家、悪魔=自由を求める者と置き換えることも可能だ。悪魔と神父を惑わすのだから当然だが、ヨアンナを演じたルチーナ・ヴィエニシカの妖艶さも、作品の説得力を増している。見る側は官能的でモノクロームの世界を、外側ではなく、内側にあると感じてしまうのだ。

 ポランスキーは「ローズマリーの赤ちゃん」(68年)で悪魔の子を描いた。公開後1年、妊娠8カ月だった妻のシャロン・テートが、マンソンらの集団に惨殺される。映画との不気味な符合に、ポランスキーは悪魔に魅入られた監督というイメージが定着する。「ナインスゲート」(99年)のテーマも悪魔だった。主要な賞を総なめにした「戦場のピアニスト」(02年)で、ようやく悪魔の呪縛から逃れたのかもしれない。

 ズラウスキの「ポゼッション」(82年)にも息を呑んだ。イザベル・アジャーニが演じるアンナに、グロテスクな魔物が憑依する。凍えるような緊張感と謎に満ちた作品だった。ズラウスキにはその名もずばり、「悪魔」(72年)という作品がある。機会があれば見てみたい。

 影、闇、夜であり続けたポーランドだが、ヨハネ・パウロ2世の法王選出と連帯の活動が、国民に希望を与えた。差し始めた光に、映画の中の悪魔は姿を消したのだろうか。何となく敬遠していたキェシロフスキの作品でも見て、確認することにする。
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