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『日本の青空』

2007年05月11日 | 映画
 映画『日本の青空』(監督・大澤豊)を観てきた。
 日本国憲法誕生のいきさつを、戦前・戦後を生き抜いた憲法学者・鈴木安蔵の物語を軸に描いた作品である。主演の高橋和也のインタヴューがマガジン9条に掲載されている。
 観た感想としては、複雑な気分、としか言いようがない。素晴らしい部分と、あからさまな欠点とが同居している映画だからだ。

 まず心苦しいけれど、僕として率直に欠点を言わせてもらうと、映画の中の現代を描いた部分、これが全体に「勘弁してよ」という出来だった。
 物語は、ある雑誌の派遣社員として働いている若い女性が、その雑誌の「憲法」企画に参加させられ、たまたま家族のツテにより鈴木安蔵という存在を知り、その業績を掘り起こしていく作業に夢中になる、という筋である。その筋に沿って、鈴木安蔵という人物の物語、そして日本国憲法誕生の過程が明らかにされていく。
 この構造自体は、僕のような鈴木安蔵について何も知らない観客にとって、映画への入り方としてそこそこ効果的だったと思う。
 ただ、その現代のドラマにおける人物の演出が、あまりにもクサイ。今時TVのホームドラマでもこんなイモな演出はないだろう。自動車免許更新の時に違反者講習で見せられるビデオ(人身事故の加害者を主人公にしたノンフィクションもの)なんかの方がマシではないか、というくらいである。
 公式サイトの情報によれば、「現代の若者」を生き生きと描くため、脚本には一般の人も含めた製作支援者からの意見を取り込んだ、とのことだが、悪い冗談のようにしか聞こえない。その「意見」とは、おそらく若者でも何でもない、旧日教組系・心情左翼系のじいちゃんばあちゃんの思い込みではないのか、と言いたくなる。
 主人公の女性が勤める会社の「編集長」はおかしい。派遣社員である彼女に、「雑誌の存亡がかかってる。君もアイデアを出せ!」なんて迫るのもおかしいし、こんなマンガみたいな感情直露出型の人間はいない。それに「社員になれるチャンス」とばかりに素直に応じる彼女にしても、応援する同じくフリーターの彼氏にしても、こんなに前向きで天真爛漫でいられるほど、「現代の」日本の現実はやさしくない。そういう「現代」を知らない人の書いた脚本だ、ということがミエミエだ。何か、20年くらい前の日本を舞台にしているような錯覚すら起きてしまう。
 それ以外でも、ほとんどの登場人物が一昔前のステレオタイプもいいところで、これでは映画の趣旨を支持する人ですら、反感を抱くだけではないかという危惧すらある。しゃべる表情もセリフも、オチのハッピー・エンドもステレオタイプ。映画ならではの誇張というレベルではなく、最初から人物設定のセンスがおかしい。少なくとも40代以下の世代の人間で、そう感じない人がいるとしたら、そっちの方が意外だと思う。

 もう一つだめだったのは、お涙頂戴的な、安っぽく情緒的な音楽(こちらは映画全体を通して使われている)だ。そしてそれが挿入されるタイミングも、ほとんどコントかと思うくらいにステレオタイプ。かなり救いようがない。
 以上2点について、もしこの映画が「若者」へのアピールを狙ったものだというなら、その限りにおいては明らかに失敗しているという意見にならざるをえない。

 ところが、映画の肝心な後半分、鈴木安蔵を軸にした「歴史」の方は、うって変わって、思わず身を乗り出して観入ってしまうところもあるくらい、よくできていた。こっちの部分は別の監督・スタッフで撮ったと言っても通用してしまうのではないか、と思う。それでも、僕はその時代に生きていたわけではないから、逆にその時代の人からすれば「クサイ」もしくは「甘い」演出もあるのかも知れないが、そういうクサイ演出が入り込む余地がないほど、硬質で緊迫した物語の展開だからという面もある。
 特にスリリングなのは、鈴木安蔵らが戦後結成した「憲法研究会」と、新生日本にふさわしい憲法を模索していたGHQ、そして戦前からの延長でしか思考できない日本政府の、3者がどう衝突し、どう絡み合い、どういう落としどころを見出したのか、という一連の新憲法制定への流れだ。明らかに民間の憲法学者たちの思いとGHQの担当官たちの思いは一致していた。日本政府の「残党」たちだけが、有害無実な国家の威信にこだわって足を引っ張っていた。まさに、新憲法は彼ら政府に対する民間人+GHQの連合による正当な「押しつけ」だったのである(しかしいざ制定されると、政府の一部はそれを自分達の手柄のように思ったという話もある)。
 このあたりの事情は、主に文献などで僕は知っていた。ジャン・ユンカーマンの映画『日本国憲法』でもそうだし、僕は観ていないがNHK教育の最近の特集番組などでも、同様の視点は紹介されていたようだ。ただ、その複雑な経緯を、ドラマの形で綿密に掘り下げたものは、過去にはおそらくなかっただろう。それだけでも、この映画には価値がある。「知っている」と思い込んでいた僕ですら、「ええーっ」と驚いたり、思わずこぶしに力がはいってしまう場面がいろいろあった。
 また当時の、一部の「国体護持者」を除く日本の大多数の庶民が、どれほど「不戦」を誓った憲法を、男女同権・国民主権という、人が人らしく生きられる基本的な要件を満たした憲法を待ち望んでいたか。憲法学者たちの自発的な活動も、当然のようにこの日本人の大多数の思いを背景にしていた。そのムードが、画面からひしひしと伝わってくる。

 どうしても一個の「映画」としては、キツイ言い方をしたくなるところが多々あるのだけど、日本国憲法という一種の「奇跡」が、なぜあの当時日本において成り立ったのか、その過程を日本人として実感するという意味では、絶対に観る価値のある作品だということは言っておきたい。

 上映スケジュール等は公式サイトにて。
 ペガサス・ブログにもレヴューと、映画にも登場する「憲法研究会」の憲法草案など関連するデータへのリンクがあります。
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2 コメント

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過剰演出に辟易 (JUNSKY)
2007-05-12 22:59:35
中でも編集長の演技は、敢えてそういう演出をして笑いを取ろうとしているのか、俳優が下手くそなのかしらないが、とんでもない演技だった。

それと、派遣社員の祖母が鈴木安蔵の娘を教えたことがあるという設定も相当無理がある。
演出だけでなく、構図としても (レイランダー)
2007-05-16 16:57:39
おそくなってすいません。TBありがとうございます。

そうですね、特に芸能週刊誌とかスポーツ新聞じゃあるまいし、あの編集長はないだろうっていうのは、僕も一番違和感をおぼえたところです。

なんか、苦しかった戦前/終戦直後、っていうのと、気楽で平和な現代、っていう構図からしてどうなんだ、っていう感じも、今思うとしてきます。閉塞した現代の苦しさ、っていうものと、憲法を守り通すたたかいの意義をリンクしてこそ、少なくとも「若者たち」には説得力があったと思います。
スタッフや支援者の人たちの苦労を思えば、本当に心苦しいんですけど、こんなこと言うのは。

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