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『沈黙を破る』

2009年05月05日 | パレスチナ/イスラエル
(ハトに餌をやるパレスチナの少年を、イスラエル兵の狙撃銃から捉えた写真)


 一般公開されたばかりの映画『沈黙を破る』を観てきた。長らくパレスチナ/イスラエル問題を伝えてきたジャーナリスト、土井敏邦氏の監督作品である。17年に及ぶ取材記録をもとに構想された全4部から成るドキュメンタリー、『届かぬ声─占領と生きる人びと─』の第4部にあたる。

 期待に違わぬ作品だった。
 僕は今までパレスチナに関する様々な映画を観てきて、その良し悪しに関する一つの基準として、「パレスチナ問題をよく知らない人にもわかる/勧められる」という視点を持ち続けてきたのだけど、この映画こそ、その基準に一番合致するものだと思った。そんな風に言う人はあまりいないかも知れない。でも僕は、「これこそ!」と感じてしまった。
 この映画は広河隆一氏の『NAKBA─パレスチナ1948』のように、パレスチナ問題の根源に遡ったりはしていない。出来事は比較的最近、ジェニンの虐殺・バラータ難民キャンプへの侵攻など、2000年代以降の事件が中心だし、舞台もパレスチナ側ではそのジェニン、ナブルス近郊のバラータ、ヘブロンなど。そうした場所に駐留していた元イスラエル軍兵士の若者達の一部が、2004年に「breaking the silence」と題した写真展の開催を皮切りに、イスラエル内外に向けて占領の実態を告発していく──いかに自分達が、たやすく“怪物”になってしまったか。いかにイスラエル社会は自分達を騙し続け、自らを騙し続けているのか。その彼らの証言を挟みながら映画は進行して行くのだが、彼らの経験だってせいぜい90年代後半以降のはずだから、いずれにしろ長い歴史の話ではない。
 つまり簡単に言って、この映画は今に至る最近の「占領」が、パレスチナ人・イスラエル人双方に何をもたらしたかを描いている。しかし、だからといって「限定的なテーマ」であるなどとは感じられない。いわゆる「初心者」の人に、これはこれとして、パレスチナ問題とはそもそも・・・・などと補足したくなる欲求がまるで湧いてこない。補足しようと思えば、もちろんいくらでもできるけれど、それよりも重要なことをしっかりこの映画は描いている、と感じるからだ。

 大事な場面はいくつもあって、とても紹介し切れない。「breaking the silence」のメンバー一人一人の話だけでも、一本の映画が優にできるくらいの内容の濃さがあると思うのだけど、中でも特に僕が感動したのは、ドタンという青年の話。彼の体験談が特に、ということではなく、彼の両親への取材とセットになっている点において、である。
 ドタンの両親は彼の「breaking the silence」の活動に反対しているが、その反対の仕方は一見対照的に見える。父親は、兵士は「敵」「テロリスト」から国民を守っている、多少手荒なことがあっても、「セキュリティ」上は仕方ないだろうという、古典的な立場に立っている。対して母親は、非道なことは事実としてあるのだろう、だけど自分の息子は直接それ(残虐行為)に加わらなかった、最悪の一線を越えなかったということを最大限に評価して、それこそ我が家の道徳教育のたまものだ──学校教師で、いかにも物分りのいい“リベラル”的風采のこの母親は、さぞ「辛い経験をした」のであろう愛息の傷ついた心に寄り添うように、その活動に対しては距離を取りつつも、一定の理解をしている(形をとってる)。
 その母親の取材映像を見て、ドタンが静かに語リ出すのはこんな風なことだった──ウチの両親は対照的なことを言ってるように見えるでしょうけど、同じなんですよ。彼らは占領の現実に対して“鉄のカーテン”を引いている点では同じ。鏡で自分の姿を見たくないんです。僕が実際に何かしたかどうかという問題ではなく、大きな不正の一部であることには変わりはないのに。彼らに言いたいのは、あなたたちが僕を兵士にしたということ。僕はあなたたちの兵士ですよということ。イスラエルの政府が・社会がこれをやらせているということがこの場合重要なんです。・・・
 実際僕にしても、イスラエルという国が「パレスチナ問題」に真剣に取り組むことを一番妨げているのは、右翼や宗教過激派ではなく、普通にモダンでリベラルな市民たちが、このドタンの母親のような自己欺瞞を続けていることではないか、と思えて久しい。その立場からは、ドタンの言葉はまさに魂の叫びのように感じられた。

 一方で、パレスチナ/イスラエルの今後にポジティヴな働きかけを望む者にとっての、様々なヒントが隠されている映画であるようにも感じた。
 ジェニンで、イスラエル軍の攻撃によって全財産を一夜にして失ってしまった一家の主。瓦礫の山の上で途方に暮れていたこの男性が、数年のちに訪れた土井氏と再会する。失ったものはかえってはこないが、それでも家族とともにささやかな幸せを築き直している。それだってまた、イスラエルによって破壊される時が来るかも知れない。だけど私たちはまたやり直すだろう。
 この人の経験や、パレスチナ人の置かれた状況を考えれば、とても「そうですね、未来を信じて頑張ってください」などとは言えない。だけど、人は過去には住めない、過去ばかり考えていたら、生きてはいけないんです、そうでしょう?と訴えかけるこの人の目を見れば、ただただうなづくほかない。これがパレスチナ人というもの──そして人間というもの。
 バラータ難民キャンプで、日がな一日トランプと議論に明け暮れていた、失業中の元・活動家の青年。敬虔なムスリムで、でっぷりした髭面の見かけ──事情を知らない人からは、いわゆる武装集団の一味と間違われそうな男くさい見かけ、である。この青年が、バラータの侵攻の後、土井氏が再訪した時には、障害児学校のスタッフになっていた。学校の中に児童劇の専用劇場を作ろうと、資金繰りをしている最中だという。
 子供たちに囲まれた彼の姿を見て、映画の前半に登場した同じバラータの、6歳の少年の言葉がよみがえってきた。僕は自爆テロをしたい、と少年は言ったのだ。シャロン(当時のイスラエル首相)の家の前で自爆を──だが学校のスタッフになった青年は、少年達が、自爆などしなくてもいい未来を作ることに賭けている、と僕は感じた。イスラエルと「闘う」ことだけが未来じゃない。誰も死ななくていい未来を作ることで「闘う」んだ、と言うような。

 そのパレスチナ側の彼らと直接交わるわけではなくても、「breaking the silence」の若者たちの活動は、見えないところで確実に呼応している。そのどちらからもひしひしと伝わってくるのは、希望を生み出す力はまだある、ということだ。こんなにも、希望を破壊するツールがさんざん投入された後でも、この地にはまだ希望を生み出す「人間」というものがある、ということ。そういう、人間への信頼を回復する力が両者にある。そこで生まれる「希望」は、外野の人間が気休めにすがりつく「希望」とは一線を画する。痛みを乗り越えて生きていかなければならない人間が、体を張って作り出すしかない「希望」だ、と感じる。
 土井監督以下スタッフは、この映画を通じて、パレスチナ/イスラエル問題という枠を超えて普遍的な人間の問題に迫ろうとした、という。それはまず成功していると思う。だが僕は同時にこの映画は、「普遍性」に逃げていくのではなく、普遍的な問題意識からパレスチナ/イスラエル問題を発見するという、逆の流れをも可能にしている、そこが素晴らしいと思うのだ。
 たとえば「戦争・紛争はなぜ起きる/なぜ終わらない」とか「軍隊ってなんだ」という問題意識、それは当然ながら日本人の我々の過去・現在の問題とも直接重なる。実際、イスラエル兵士の証言は、多くの場合旧日本軍のアジアにおける「占領者」としての姿としばしば重なる。だが、もっと広く「人間ってなんだ」「平和な社会ってなんだ」という、漠然とした問題意識を出発点にしてさえ、この映画から多くのことを持ち帰れるだろう。そしてなおかつそれは、抽象的な一般論として終わるのでなく、パレスチナ/イスラエルへのまなざしを深める形で残る。それが最初に書いたとおり、「パレスチナ問題をよく知らない人にもわかる/勧められる」、と僕に感じられた理由なのだろう。

 ここで僕が書いたよりも、観る人によってもっといろいろな切り口で語れる映画だし、パレスチナ/イスラエル問題なんか何も知らなくても、心を打たれるシーンがいっぱいあるはず。出来る限り多くの人に観てもらいたい。


 上記シグロのサイトの他、土井氏のwebコラムの紹介ページにも情報がありますのでご参考に。
 breaking the silenceの公式サイトはこちら。Galleryには兵士たちが勤務中に撮った占領地の写真がある。エリック・アザン『占領ノート』でも触れられている、「アラブ人をガス室へ!」など、入植者が書いた壁の落書きにも注目。
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4 コメント

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頷きながら・・・読ませて頂きました。 (大木晴子)
2009-05-11 12:10:53
「明日も晴れ」の大木晴子です。
私も『沈黙を破る』をみてきました。
「パレスチナ問題をよく知らない人にもわかる/勧められる」
私もそう思いました。
監督のお話を伺いその気持ちが更に強くなりました。

『映画「沈黙を破る」土井敏邦監督作品』というページにお書きになられた映画評をリンクさせていただきました。

http://www.seiko-jiro.net/modules/newbb/viewtopic.php?viewmode=flat&topic_id=1113&forum=1

リンク集からも訪ねてくださる方が増えています。
素敵なページに出会えたことを感謝しています。
大木さま (レイランダー)
2009-05-13 21:25:00
レスが遅れまして、大変失礼しました。それとブログでの紹介、本当にありがとうございます。
ちょっと古い話ですが、1月11日のスピークアウトで大木さんをお見かけして、挨拶したかったのですが雑事に追われてできませんでした。その時の発言でもアピールしてらっしゃった、イスラエル大使館前での抗議スタンディングの継続に敬意を表します。こちらもあのスピークアウトの時の参加者と、ボイコットその他について研究をしている最中です。いつか直接ご挨拶できる日があると思います。
TENTATIVE (オピノキ)
2009-06-07 01:53:16
どうも、お久しぶりのオピノキです。
本日(6/6)、『沈黙を破る』を観てきました。

「考えるのをやめたとき 僕は怪物になった」
というコピーが非常に本質的ですね。
「僕」というのは普通凶暴でない人が使う一人称で、
普通の若者が日常として「占領」というありうべきでない状態に巻き込まれている。
そして、生きるための「忘却」を行っている。行わざるをえない。
というところに解決不可能な悲しみがある、と思いました。
これは、両方に言えることなのだけれど。

「イスラエルの人々は、「セキュリティ」「国を守るため」だと言う。
しかし、彼らはその「国」自体が無くなるかそもしれないということを知らないのです」
という元兵士の発言が印象的でした。

SOADの歌で言うと"Tentative"の訳詞のような。
「生きながら腐っている」とか。
あの歌詞の"we"は、パレスチナ的であると同時にイスラエルの兵士的でもあるのではないか。
と思ったら訳詞の解説に既に書いてましたけど。
曲と問題を身近に感じられた気がします。

ところで、"TENTATIVE"とは「仮の」「あやふやな」という意味ですが、
未だにタイトルに込められた意味が分かっていません。
私は「あやふやな」という意味をとって、
「攻撃する人と攻撃される人の境界線は非常にあやふやだ」
ということかなと考えているんですが。
参考までに、何を思うか聞かせてもらえるとありがたいです。
「TENTATIVE」 (レイランダー)
2009-06-07 19:22:01
オピノキさん

SOADの場合、歌詞の難解さもさることながら、一番難解なのは曲名じゃないかって気もするんですよね。なんか、彼ら(なかでもサージ)にしかわからない暗号みたいな曲名が多い気がして。
「TENTATIVE」も、最初はその難解な曲名の代表みたいな印象だったんですけど、詞を訳しながら思ったのは、「(この異様な現実に)あんたは超然としている──そんなら聞かせてくれ」という時、じゃあ「試しに」答えてみてくれよ、みたいなニュアンスの「試しに」が隠されている、それが「TENTATIVE」ではないか、というのが一つ。逆にこちらの側も、今わだかまっている思いを、うまく言えないけど「おずおずと」「ためらいがちに」言わしてもらおうか、という、それも「TENTATIVE」かな、と。つまりその両方を漠然と示唆している、ような気がしてました。
でも依然として、そんなにガチっと理解したという実感なんてなくて、もしかしてそうかも、くらいの感触です。オピノキさんの「あやふやな境界線」という考え方も、面白い。それは「TENTATIVE」という題名からというより、歌詞全体のイメージがそういうところを持っていると、やはり思うからですが。この曲だけじゃなく、サージの詞にはそういう、おまえが悪い!って言いながら自分を指差してるみたいな(笑)、矛盾をわざと突きつける技法がチラチラ見えますよね。
いずれにしろ、この『沈黙を破る』からそういうイメージを連想するというのは、僕もすごく共感するところです。

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