弱い文明

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『スリングショット・ヒップホップ』考―②

2009年12月24日 | パレスチナ/イスラエル
 もう一つ、この映画が描いているパレスチナのヒップホップ・シーンで注目すべきは、女性ラッパー達の存在である。DAMやPRに呼応するように、若い女性のラッパー達が登場してきた。これは非常に重要なことだ。
 アラブ・パレスチナ=女性が抑圧されている社会、という図式しか知らない大半の日本人にとって、この映画に登場するような若いパレスチナの女の子たちの愛らしさ+堂々たる態度は、ちょっとびっくりだろう。だけど同時に、「世界のどこでも女の子はキャピキャピしてるんだねえ」という話だけでキレイにまとめていいはずもない。それは彼女達がラップする曲の中身を聴けば分かるし、彼女達がステージに上がって歌うことを妨害する勢力が確実に存在することを考えれば、なおさらである。
 現代日本で、ラッパーの女の子が自由な恋愛感や、一人の自立した人間としての幸福の追求を表明したからといって、ブログが炎上することはあっても、暗殺されはしないだろう。だが、パレスチナではそうとも言い切れない(絶対にひどい目に会う、わけでもないけれど)。これは厳然たる事実として、受け止めねばならない。
 つまり、彼女たち若い女性のラッパーはここパレスチナで、男性のラッパー達よりもっと勇気が要るのである。そして、それを知っている男性のラッパー達は、女性たちに加勢し、バックアップする。映画の後、監督を交えてのトーク・セッションでも指摘されたことだが、本家アメリカのラップ/ヒップホップ・カルチャーには、依然として男性優位・女性蔑視の視点が抜けないところがある(ロックにもある・・・女性=売春婦のような紋切り型)。だが、まさに社会そのものが男性優位から抜け出せないアラブ・パレスチナで、最も若い世代が堂々とその逆のベクトルを生み出そうとしている、音楽の力でそれを浸透させようとしている。個人的に、かなりハッとさせられる部分だった。
 これは今まで、僕がロックのカルチャーから学んできたことと重なる。「抵抗の音楽」と称して、敵方の抑圧や体制を批判するだけでは終わらない。返す刀で自分達の病変部をも切りさばく。それはやがて、社会における「暴力」の位置付けそのものを変えていくだろう。

 無論、武力闘争では解決できません、平和的な手段で闘いましょう、その意味で音楽は正解です、なんていう部外者の見え透いた「正論」で締めくくって満足するために、そんな話を持ち出すのではない。
 たとえばイギリスのバンド、エイジアン・ダブ・ファウンデイションはインド~バングラディシュ系のマイノリティを中心にしたバンドで、ラップ・スタイルのヴォーカルで欧米の排他的社会、新自由主義グローバリゼーションなどを糾弾する。西欧文明の限界・飽和点というものを強く意識した歌詞には、マイノリティならではのラディカルな視点が強く感じられる。
 だが一方で、「1000の鏡」という曲では、アジア系のコミュニティで夫の家庭内暴力によって殺された妻の事件を、女性のゲスト・ヴォーカルに歌わせる。“身内の恥部・タブー”についても容赦なくまな板に乗せるこの姿勢は、『スリングショット』に登場するパレスチナの彼ら彼女らと全く共通しているのではないか。
 それは、あっちの悪口を言った、こっちの悪口も言った、それでおあいことか、バランスを取ったなんてことではない。身内の悪いところも認めているから、相手への指弾に説得力が出る、なんていう駆け引きレベルの話でもない。彼らの願いは、あちらでもこちらでもない、アザー・サイドへ突き抜けなくては始まらない、ということを前提にしているのだ。

 映画を一緒に観た友人の一人が、こうしたドキュメンタリーにありがちな「お涙頂戴」の部分が一切ないことに驚いていた。続けて言うなら、そうした現実があるけれどもあえてカットした、のではないところがすごい、と僕は思ってしまう。
 若い女性のラッパーが肌を露出させた衣装を着て、アラブ社会の女性に対する抑圧を歌う。広範な世代のオーディエンスが、ベールをかぶった老婆までもが優しいまなざしで彼女達の歌いっぷりを眺める。そこには、日本の年配者が若い世代の流行・文化に苦笑しつつ、「まあでも、若いっていいことよね」と大らかに受け止める、などというのどかな状況とは違う、もっとはるかに切羽詰ったものがある。年長世代にとって彼ら・彼女らは希望であり、彼ら彼女らも自らが体現しているそれを自覚せざるを得ない。それは熾烈な、ビリビリするような希望である。
 そんな新しい地平への希望に満ち満ちているがゆえに、「涙」のことを扱う尺など永遠に足りないのではないか。にもかかわらず、これほど「パレスチナ問題」の不条理を、痛快なまでにわかりやすく観客に実感させる作品はかつてあっただろうか、という感慨も一方では浮かぶ。最新のパレスチナ情勢を反映しているわけではないけれど、ある意味「今のパレスチナ」の入門書として観てもらっても、何ら不都合はないように思う。

 監督のジャッキー・リーム・サッローム自身の経験が重要なことを示している。若い時には(今でも結構若いが)「アラブ系」アメリカ人ということが嫌で仕方なかった。アラブ系ならではの英語の発音、両親が誇らしく押し付けてくる「アラブ文化」「アラブの偉大な伝統」など、すべてがうっとおしいものだった。
 そんな彼女が親の文化・伝統の生まれた地で、ほぼ同世代のラッパー達に出会い、彼らの映画を撮ろうと思ったのは、彼らが伝統の良さを教えてくれたから、ではないだろう。彼らが彼ら自身の問題と格闘することで、新しい地平を体現していたからだ。パレスチナの新しい地平ではなく、監督自身が生きていく「世界」の、である。
 伝統に立脚しながら伝統を乗り越える。これはパレスチナ人だけに与えられたテーマではない。そこにしか活路を見出せないのは、我々日本人も一緒だ。我々にとって、一つとして「もう済んだ話」などこの映画の中にはない。
 ロードショー公開の予定はないが、英語字幕付きのDVDは、アップリンクの上映会では先行発売されていた。それ以外にも機会があれば、誰にでも観てほしいと思う作品だ。
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2 コメント

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Unknown (オピノキ)
2010-01-12 14:24:17
あけましておめでとうございます。
もう映画を観てからだいぶ経ちましたが、やっぱりこの映画にはコメントしたいのでちょっと。

まず映像としても見ごたえがあるというか、時々アニメーションが混じるのが自分はすごく好きでした。音楽もよかったですし。
テーマ的には「自分は世界の参加者となれるか」という視点から観ていました。最近色々な面で無力感を感じることが多く、世界は私とは無関係に動き、私はそれをどうすることもできないというような感じ。
で、そういった空気はたぶん今の日本にも蔓延しているような気がして、だからもし「自分は参加することができるのだ」という可能性を信じられたなら、もう少し生きやすくなるんじゃないかなと。
いうようなことを考えつつ見ていました。
圧倒的な力の前でも戦い続けるのか、それとも圧倒的な力だからこそ戦い続けるのかは分かりませんが…
彼らも時々自分を無力に感じる、と言っていましたが、それでもやめずにいられるのは何故なのか。「やめる」という選択肢がとれないぐらい切羽詰っているから、でしょうか。
だとしたら我々も切羽詰るまで黙り続けていいのか、といえばそうではない気がして、もっと別の考え方があるような気はするのですが。


そういえば先日手塚治虫先生の『アドルフに告ぐ』を全編読みまして、終わり方に衝撃でした。
「アドルフ」は3人のアドルフだけでなく、あらゆる人の中にあるもの、という気がしました。
読まれていなかったら是非一度、お忙しいとは思いますが。
>オピノキさん (レイランダー)
2010-01-13 14:10:16
映画、京都での上映会に行かれたんですね。よかった。主催側の人には知り合いもいるんで、嬉しいです。
本当にお書きになったように、観た人が楽しみながら、自分には何ができるのか、無力感とどう向き合うのか、考えるきっかけになるという意味でも面白い映画だと思います。上映会とかDVDとかの経路は限られているんですが、こういう映画があるよと、お友達にも広めてくれるとなお嬉しいです。

『アドルフに告ぐ』のラストは、確かに衝撃的ですね。もちろんすべてのユダヤ人がイスラエルに行ったわけでも、イスラエルの建国に同意したわけでもないし、逆にパレスチナ人も「ユダヤ人」自体を憎んでいた(いる)わけではない。武力衝突の描き方としても、パレスチナ/イスラエルの力の差をもっともっと考慮してほしかったところもあります。ただそれでも、一方的な「かわいそうなユダヤ人」の話で終わらせず、欧米の反ユダヤ主義が行き着く先の一つとしてのパレスチナ/イスラエル問題というところまでを物語を描き切った手塚治虫には、やはり敬意を抱きます。

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