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ハマースの「暴力」を批判するために

2009年01月05日 | パレスチナ/イスラエル
 ガザ地上侵攻を受けて、東京では11日に何らかの抗議行動があるようだ。そちらの情報は追って掲載する。
 今回ここでは、前エントリーにコメントいただいた九羽の鳩さんへの返信という形で書く。九羽の鳩さんが提起した疑問は実に大切なことで、パレスチナに関わろうとする人間が避けては通れない、重要なテーマを含んでいると思う。といって、それは明確な答えを出しようがなくて、ジレンマに陥る(誠実な人ほど)テーマでもある。いずれにしろ、書くにあたってはそれなりの分量を必要とするので、エントリーを一つ立てることにした。
 これで充分に論じ切っているとはとても言えないことは、付け加えておかなければならない。「武力」をめぐる問題は、特に他民族の現地状況におけるそれは、自分の日常の身体感覚ではとうてい把握し切れないものであるから。それでも、問い続けざるを得ない──今度のような侵攻が、あろうとなかろうと。

>なぜハマースは?

 九羽の鳩さん、はじめまして。ご丁寧なコメントをいただき、恐縮の至りです。
 僕は決して学のある方なんかじゃなく(あっても中途半端です)、パレスチナについて専門的に研究している研究者というわけでもないことをお断りした上で、ハマースに関する疑問について、自分の考えを述べようと思います。

 まず今回、ハマースがイスラエルの大規模侵攻を読めなかったのかどうか、僕にはよくわかりません。似たような散発的な攻撃はそれ以前にもやり合っていて(もちろんパレスチナ側の被害の方がはるかに大きい)、それが即イスラエルの全面攻撃にはつながらなかったのであり、今回の停戦明けの一発がそれを引き込むとは、やはり考えていなかったかも知れない(「引き込む」も何も、イスラエルははるか以前からこの作戦の準備を整えていたという事実は忘れてはなりませんが、それは別として、ハマース側の読みとしては、です)。
 でも今回は世間が注目する「停戦明け」の先制攻撃(*注)で、ある程度の過剰反応は織り込み済みだった、という風に思えなくもありません。ただ、そうであってもなくても、イスラエルにボコボコにされることを承知で日頃からハマースが攻撃を続けてきたのは紛れもない事実で、それがなぜなのかということは、僕も年がら年中考えさせられています。ですが、「反撃」という当たり前の理由以外に、単刀直入にこれだと言える答えは出ない。実際には複雑な事情が絡んでいると思われます。
 まず、ハマースが自らの軍事力でもってイスラエルと対抗できているとは、ハマース自身考えていない、という前提を押さえる必要があります。普通に軍事的な意味では、ハマースには近代的な「戦争」をやる能力なんてない。ファタハにもありません。パレスチナ人は「軍」を持っていませんから。やれるのは散発的なゲリラ攻撃、通常イスラエルが「テロ」と呼ぶようなことだけ。武器の質・量はもちろん、「戦争」を遂行・維持する経済力がまったく貧弱ですし。
 となると、ハマースがやっている攻撃というのは、相手の具体的な戦略目標を叩くとかいうことではなく、対内的な「俺たちはそれでも闘っている」という団結強化のため、というニュアンスが強いのではないかと思えます。身を捨てて闘っている者の姿を一方に置くことで、苦難にあえぐ住民に忍従を強いるため(宗教的な美徳をからめて)、とも言えます。それにまた、ハマース内部やハマースと連携する武装勢力のフラストレーションを、散発的にでも解放しないと内部対立が深刻になる、というような事情もありそうです。いずれにしろ、それらは対内的な要請から出てくるものではないか。それら全部ひっくるめて、広い意味での「自衛」ということではあるでしょう。

 これは、傍から見れば非常に愚劣な「自衛」に見えるかもしれない。僕がハマースの幹部を前にしたら、やはりそう言いたくなるでしょう、「馬鹿馬鹿しいからやめれば?」って。ですが「じゃあ、やめてどうなる?」と聞き返されたら、僕はうまく言い返せません。やめて事態が好転したことはないという、圧倒的な歴史的現実がこの地にはあるからです。
 通例、この部分の報道、つまり「パレスチナ側が大人しくしている時、イスラエルは何をしてきたか」の情報が日本では欠落しています。なので、いざイスラエルが大規模な軍事行動を発動し、それを「自衛のため」と言い募っても、「それはまあそうだな──パレスチナ人にも悪いところがある」という、喧嘩両成敗の話にまとめられてしまう。しかし、それがそもそもとんでもない話なわけです。
 国際法違反、国連決議無視の政策のオンパレードで、60年にも渡って法的に何ら落ち度のない先住民をいたぶっているのはイスラエルであって、和平の基礎となるような基本的な停戦案などを、拒否権のオンパレードで延々潰してきたのはアメリカなんです。出発点は断じて、対等な2国家間の停戦、それが終わるや否やロケットを打ち込んできた一方に対して反撃した一方、なんていう構図ではありません。

 ハマース(というよりファタハを含むパレスチナ武装勢力各派)の行動の背景には、先に挙げたこと以前に、アラブの男性社会における「武力」への素朴な信仰のようなものも、少しはあると僕は思います。「男たるもの銃をとって闘う、当たり前じゃないか」という風潮が、アジアや西欧社会など以上に色濃くある。それを「前近代的」などと、少なくとも国民皆兵のイスラエルやその支持者たちが批判する資格はないにしても、とにかく、ある。
 さらに「恥を受けたらそそがなければならない」という、名誉・面目を重んじる傾向が、それに拍車をかけているかも知れません。この辺のことは『パラダイス・ナウ』という、自爆攻撃の若者を主人公にした映画を観て思ったことなのですが。
 もちろん、自爆攻撃やそれに準ずるゲリラ攻撃の場合、将来に対する絶望というものがまず大きな前提としてある、ことは言うまでもありません。そして宗教との自己同一化は、そうした絶望を「希望」に転化する。今のパレスチナではイスラム教原理主義が、絶望を希望に転化する、最も大きな受け皿として機能してしまうのでしょう(現時点では──70年代くらいまでは「革命」の方が大きな受け皿だった)。
 ただ、それはイスラム教に特異な現象ではなく、同じ八方ふさがりの社会状況であれば、どんな宗教でも起こりえることだと僕は思います。同じく、あたかもパレスチナ人には「テロ」に走りやすい心性や民族的特質があると言わんばかりの言説には、まったく同意できません。僕から見れば、なぜパレスチナ人はあれほどの目に会い続けながら、あの程度しか「テロ」に走る者がいないのか、なぜあんなにも忍耐強く暮らしていけるのか、不思議なくらいです。我々日本人が同じ目に会った時、パレスチナ人より2倍3倍のペースでキレる者が出ないと、どうして断言できるでしょう。

 戻って、僕はハマースの武力攻撃を支持しません。非暴力主義の立場からはもちろん、そうではない「戦略的な」意味からさえも、ロクなもんじゃないと考えます。
 かつて、ファタハを筆頭とするPLOは、「武装闘争はパレスチナ解放の唯一の道」という一点ではまとまっていました。その当時ですらほとんどの場合、正規軍には太刀打ちできない「武装闘争」しかできませんでしたが、今のハマースなんかは全くそれ以下のレベルです。明らかに80年代以降、パレスチナの武装組織全般が弱体化させられてしまった。僕はパレスチナの武装闘争は完全に敗北した、と考えています。「だから」武力発動はやめるべきだと、いうわけではありませんが、軍事的に「現実的に」考えても、相手に攻撃の口実を与えるだけの武力は、対外的には本末転倒です。
 ですが、じゃあもうちょっと我慢してたら何かいいことがあったのか?と問われたら、それは全然そうではないけど・・・としか言えない。ごく直近の状況を振り返ってみるだけでも、ガザはイスラエルによって完全に封鎖され、飢餓線上まで後一歩のところまで追い詰められていた。戦争で死ななくても、飢えや医療の不足によって死ぬ者がバタバタ出そうな勢いだったわけです。それに加えてイスラエル軍の散発的な暗殺攻撃や家屋破壊は、ずっと以前から日常茶飯事でした。
 そうしたことを思えば、リヴニ外相の「ハマースが民間人を人質にとるような戦略を取らなければ民間人に犠牲が出ることはなかった」との弁は、100パーセント説得力のない嘘八百だということはわかるでしょう。ハマースが人質に取ろうが取るまいが、イスラエルは常に大量のパレスチナ民間人を日常的に殺害してきたし、その政策でパレスチナ武闘派を挑発することによって、自国の民間人の命をも犠牲にしてきた。なおかつ、厳密に言えばパレスチナとりわけガザにおいては、「軍人」も「民間人」もなく、ただ生活困窮者の群れがあるばかりなのですが。
 強いて「戦略」というのなら、ハマースの戦略とは、攻撃され惨殺されるパレスチナ人の姿を世界の諸国の人の目に焼き付けること、なのかも知れません。対内的ではなく、対外的にこの戦争を受けて立つ(全然受けきれていませんが)メリットは、それくらいしか考えられない。封鎖によって静かに殺されていくくらいなら、派手にむごたらしく殺されて、イスラエルの極悪さを国際社会に印象付け、何らかの手を打ってもらう、そっちの方がまだ全体として犠牲が少なくて済む──自分らの権力基盤維持も含めて──というギリギリの計算をしたのかも知れない。
 あくまで、仮説です。そうは思いたくないけれど、そうだとしても僕はハマースを責められない。ハマースをそこまで追い詰めたのは、他ならぬ世界の無関心──僕自身の国を含めた──ではないのか。その無関心こそ、パレスチナ人の上に最大の「暴力」として猛威を振るってきたのではないか、と思うからです。

 ですから、パレスチナの状況に詳しくないというすべての人に最低限わかってもらいたいのは、今回の空爆や地上軍侵攻がなければ、彼の地はまあまあ平穏だった、わけでは全然ないということです。異常な抑圧状態が、60年続いているのです。しかもそれは固定的な状態でなく、少しずつ先住者の居場所を奪っていく「併合」のプロセスとして、悪化の一途を辿っていたんです。今回の侵攻は、もちろんガザの住民にとっては破局的な(破局を早める)事態ですが、イスラエルの大きな政策から見ればその一部でしかない。ジェノサイド(大量虐殺)・マシーンはそれ以前から、緩慢にでも作動し続けているわけです。
 イスラエルが「安全」を主張するのであれば、まず自国の違法な政策を放棄しなければならない。そして、パレスチナ人すべてに過去を謝罪し、賠償しなくてはならない。そこから初めて「安全」をめぐる交渉はスタートできるのです。
 しかし我が国を含む国際社会は、そうした原則を無視した、あるいは意図的に隠蔽し続けるイスラエルの行動を、表向きは批判しつつ、結果として容認し続けている。つまりはイスラエルの一連の行動に、お墨付きを与えてしまっている。このイスラエルの違法で非人道的な占領・封じ込め~併合をやめさせられない、何の制裁も加えられない国際社会に、ハマースの攻撃を批判する資格なんてあるでしょうか?
 僕は、もし批判する資格があるとすれば、それはパレスチナ人自身か、パレスチナ人と運命を共にすることを選んだ人だけではないか、という気がします。それはたとえば、ガザにとどまって支援活動をすること選んだ外国人たち、などです。
 原則として、より強大で残虐な暴力を批判しない者に、その暴力への反撃を試みた者を批判することができるか、ということだけは言えるでしょう。これは言い換えるなら、絶対非暴力主義の人なら「どちらの暴力も」批判するだけでなく、よりひどい暴力はより徹底的に批判する、という原則です。少なくとも僕は、それが筋だと考える人間です。

 不十分というか、同じことを回りくどく述べてるだけの文章になってしまいましたが、僕の考えは大体こんなところです。


 最後に、何か「素人向け」の本がないかということで、「素人向け」かどうかはちょっと自信がないのですが(僕もいまだ素人ですけど)、一応僕が読んだ中でわりあい「入門書」に近いイメージを持ったものとしては、

 『パレスチナ』および『中東 共存への道』広河隆一(岩波新書)
  ※この2冊は2002年新版『パレスチナ』として一冊になっています
 『パレスチナ問題とは何か』中東の平和を求める市民会議・編(未来社)

 後者は80年代までの話なので、ちょっと内容が古いんですが、僕がパレスチナについて最初に読んだ本で、「世界がひっくり返った」思いをさせられた本です。
 総合的な入門書としては、奈良本英佑さんの『パレスチナの歴史』というのも好評のようですが(ちょっと分厚い)、僕は未読です。また、ごく最近の、それもヨルダン川西岸地区のレポートとしては、昨年出た『占領ノート』はとにかく秀逸です。

 webサイトの方では、読んでほしい記事は山ほどあるのですが、まずパレスチナ情報センターの諸情報をぜひとも参照してください。今回は特に、それとは別に益岡賢さんの翻訳による以下の記事、これだけは絶対に目を通してほしいと思います。僕が上で答え切れなかったような、いくつかの疑問にも役立つのではないかと。

 イスラエルの嘘プロパガンダ・マシン全開
 http://www.jca.apc.org/~kmasuoka/places/gaza081231.html

 追加:イスラエルのガザ攻撃をめぐる嘘トップ・ファイブ
 http://www.jca.apc.org/~kmasuoka/places/gaza090103.html

 さらに追加:広河隆一氏が報道各社にFAX送付した意見書
 http://daysjapanblog.seesaa.net/article/112508511.html


*注 念のため、しつこいようだけど、いわゆる「停戦」中にもイスラエル軍の襲撃によってガザの「民間人」は殺されているのであって(イスラエルは「テロを予防した」などと言い抜けている)、停戦明け一発目のロケットがハマースだったとしても、それでハマースの暴力性が浮き彫りになる、とかいう話には絶対ならない。むしろ律儀に停戦終了まで待っていたのがハマース、ということだ。いずれにしろイスラエルという国を相手にした時、「停戦明け」とか「先制」とかいうことに深い意味などありはしない(それがパレスチナの歴史だ)。
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7 コメント

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殺されても、殺さない (皐月)
2009-01-05 22:59:50
「殺されても、殺さない」ことだけが唯一の安全保障になるという漫画家・石坂啓さんをはじめとする、この国の九条を守る人たちの言葉に今こそ耳を傾けましょう。でないと日本も同じ目に合うことでしょう。
批判とは (freeway)
2009-01-06 00:56:58
>このイスラエルの違法で非人道的な占領・封じ込め~併合をやめさせられない、何の制裁も加えられない国際社会に、ハマースの攻撃を批判する資格なんてあるでしょうか?

批判する側にも批判されるべき点があってさえ、批判それ自体の有効性がいささかも失せるわけじゃない。これ、基本中の基本って誰か偉い人が言ってたの読んだことある。
>批判とは (レイランダー)
2009-01-06 11:16:33
マヌケなfreewayくん。
おまえがこのエントリーのリード文しか読んでないのがよくわかるよ。
全体に目を通せば(都合のいいところだけを選んで斜め読みしなければの話だけど)、ハマースの暴力を批判するためにはより大きな暴力を振るうイスラエルをまず批判しなければならないという、原則について書いた文章だということがわかるはずだもの。ハマースへの批判それ自体が無効だなんて、誰も言ってない。
おまえ、以前にも同じ浅い思考パターンのコメント送ってきたな。ボツにしたけどね(笑)。名前変えてもわかるから。
まあ、この次はがんばれや。
この場を借りて (レイランダー)
2009-01-09 11:02:12
ガラの悪いブログ主のもとに、非表示希望のコメントでエールや、有用な情報を送ってくださった方が、このところ続いています。
この場を借りてお礼を言わせてください。ありがとうございました。これからもどうぞよろしく。
レイランダー殿 (九羽の鳩)
2009-01-10 23:13:20
小生の幼稚かつ素朴な疑問のために新しいエントリーを立てて頂き欣喜に堪えません。有難う御座いました。貴兄の謂わんとされる所、確かに理解いたしました。物事の表面だけを見て結論を急がない貴兄の理知の確かさに瞠目いたしました。これからも貴兄のブログを楽しんで行く所存です。期待しております。が、決してプレッシャーに思われることのなきように(笑)。貴兄のペースに合わせて深い洞察に裏打ちされた確かな記事を発表なさってください。それにしても、イスラエルの強硬な態度には憤りを禁じえません。アメリカの優柔不断な態度に乗ずるような冷酷さ。それにしてもなぜアメリカはそうまでしてイスラエルを援護するのか。これは自分でも調べてゆくつもりです。ただ、貴兄の態度に習って短絡的にイスラエルを悪と決め付けることの無い様、冷静さを保って見て行くつもりです。イスラエルにも何か事情があるのでしょう。今回の攻撃に当たって、フランスのイニシアチブには感じ入るものがありました。イラク戦争の時にもフランス・ドイツなどは自国の主張をしっかり持って行動しました。翻って我が日本はどうでしょうか。アメリカの忠犬宜しく、アメリカが右を指せばあっち向いてホイ。アメリカが左を指せばこっち向いてホイ。情けない国だと思います。右翼などはベンせい一系二千年の歴史が自慢のようだが、欧州の諸国に比べその無節操さには全く恥ずかしいものがあります。日本がイスラエルに和平を進めようとしても、フランスほどにイスラエルの敬意を受ける事ができるでしょうか。無理でしょう。我々日本人はもっと哲学を持つべきだとつくづく思う次第です。真のグローバル化とはもっと精神的に高めるような事を言うのではないかと感じ入るものです。小生も一介の貧しい自営業者なりに自分に何ができるか、もっと真剣に考えて行こうと思います。これからも貴兄のブログを愛読させて頂きます。
>九羽の鳩さん (レイランダー)
2009-01-11 00:54:51
事情に明るくない、いわゆる門外漢の人の素朴な疑問が、専門家が答えに窮するような事の核心を突いたりすることは往々にしてあります。それは別にしても、九羽の鳩さんの提起した疑問は、素人上がりの僕自身も共有し続けてきたものですから、自分の言葉で何とか答えてみたいという気にもなりました。良いきっかけを与えてもらい、こちらこそ感謝しています。

>イスラエルにも何か事情があるのでしょう。

一筋縄ではいかない事情があります。ぜひ答えを急がずに、いろいろ調べてみてください。
なぜかつての被害者が、圧倒的な加害者に成り果ててしまったのか。パレスチナ問題を生んだのはイスラエル、そのイスラエルを生んだのはヨーロッパ。度外れなほどにその犯罪をかばい続けるのがアメリカ。だけど、西洋世界だけの問題なんかじゃなく、すぐれて「人間」の問題です。ちょっと大げさだと思われるでしょうが、僕はパレスチナ問題が解決できなければ、人類に(中東に、ではありません)未来はない、くらいに思っています。逆に言えば、もし解決できたら、人類にはチャンスが広がる。そういう大事なものを含んでいると、昔から思っています。

少しずつ考え足しながら、これからも書いていくつもりです。なにとぞよろしく。
圧倒的な加害者に寄せて (月の子)
2009-01-12 16:20:27
わたしの力量では何も答えを見つけることは出来ないのですが、友人がブログで、岡真理さんの最近の本(『アラブ、祈りとしての文学』みすず書房)を紹介していて、そこにヒントがあるように思いました。
まさに、すぐれて「人間」の問題なのですね。

http://d.hatena.ne.jp/rosita/

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