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『スリングショット・ヒップホップ』考―①

2009年12月23日 | パレスチナ/イスラエル
 18日に渋谷アップリンクで『スリングショット・ヒップホップ』を観た。イスラエルのパレスチナ人ラップ・グループ「DAM」、占領地ガザのグループ「PR」などの活動をつぶさに追ったドキュメンタリー。映画そのものがヒップホップのリズムで、90分があっという間、だれるところがない。もっともっと盛り上がっていたい、と思っているところにタイトルロールで、続くエンドロールが出る前から客席は大拍手。実際の人数の2倍くらいの大きさの拍手、口笛が鳴り響いた。
 面白かった。面白いとは聞いていたが、こんなに素晴らしいとは──というわけで、何がそんなに素晴らしいのか、後に考えたことを交えて報告しておく。

 スリングショットとは投石器、パチンコのことだ。もちろんパレスチナにおいては、このパチンコというものは単なる子供のオモチャではなくて、インティファーダ(1987年以降に本格化した占領地住民の蜂起)を象徴する武器だった。それは物理的にイスラエル軍にダメージを与える「武器」というには程遠く、逆に比べ物にならない力の差をまざまざと浮き彫りにした。だからこそそれは、古代パレスチナの巨人兵ゴリアテを石つぶて一発で倒した少年ダビデの伝説と重なり、外の世界にパレスチナ人の抵抗を鮮烈にアピールすることにつながったのである。
 スリングショットは、だから物理的に形を持った武器である必要はない、とも言える。あらゆる「武器」を取り上げられ、がんじがらめにされたパレスチナの若者達は、ヒップホップという音楽スタイル、そこに乗せる言葉の弾丸を自分達の「武器」として発見した。それがこの映画のタイトルに込められた意味だろう。

 しかし「言葉の弾丸をくり出す」とか「弾丸のような言葉」なんてフレーズは、ロックやラップを批評する文脈では飽き飽きするほど使われてきたクリシェだ。現代パレスチナに関する映画ということで、インティファーダの「石」とラップの「言葉」がオーバーラップするからといって、それを指摘しただけでは実は何も言っていないに等しい。むしろそこで一つ注目したいのは、元々この地域(アラブ~パレスチナ)では詩-詞が伝統的に大きな役割を果たしてきた、人々の生活に深く根を下ろしてきた、という話だ。
 それはたとえば我々日本人でも、和歌や俳句の伝統というのは単なる趣味や芸術の次元を超えて大衆化している側面はあるけれども、そういうこととはちょっと違う。また呪術的な、儀式的なものとも違う。もっと現実へのコミット、あるいは現実打破の一つの鍵としての詩-詞の力、というものが強く意識されているのがこの地域ではないか、という気がしていたのだ。

 昔、ミシェル・クレイフィ(ベルギー在住パレスチナ人の映画監督)の『3つの宝石の物語』という映画を、何かのフィルム・フェスティバルで観たことがある。その時、上映後のトーク・セッションにて、客席から「パレスチナの人というのはいつもあんな詩的な言葉を話しているんですか?」という質問が出たのを思い出す。もちろんその映画では、多少なりとも文学的なシナリオに合わせて役者のセリフもあったわけだけれど、それだけでは説明できない言葉の力、というものは僕にもひしひしと感じられていた。
 その後数々のパレスチナ関連の映画を観ても時々それを思い出したし、この『スリングショット』でも、主人公の若者達の父親世代が、古くから伝わるラヴソングをそらんじるシーンなどで「ああ、やっぱり」と。
 なにしろクルアーン(コーラン)という聖典自体がその代表とも言える、らしい。ムハンマドが布教初期の頃、アラビア半島で多数の部族と接触し、改宗させていくことができたのは、彼の語る言葉があまりにも詩的に完成度が高く、「これはまさに神から預かった言葉に違いない」と説得されないではいられなかったからだ、という話を読んだことがある。

 そうした背景があるがゆえにか、貧しいパレスチナのラッパー達が「言葉」、それもアラビア語のラップというものにこだわり、これを磨き上げていくことに本能的といっていいほどに打ち込む姿が、実に自然なものに見える。日本人のラップに感じるような文化的な断絶感・未消化感、もっと言えばクサさ・しらじらしさが全くない。ファッションや身体の動かし方はアメリカの黒人の受け売りだけれど(今や万国共通だけど)、曲の中身はそうではない。
 それを聴く側の相もかなり幅広い、文字通り老若男女がこれを受け入れ・楽しむ有様は、単に歌われる内容がパレスチナの過酷な現実、老若男女を問わず降りかかっている現実だから共有できる、ということだけでは絶対に説明できないと僕は思う。映画の冒頭、自分達の作品活動は3つのベースによってできているとDAMのメンバーが言う──「30パーセントは(パブリック・エナミーなど)アメリカのヒップホップ、30パーセントは(M・ダルウィーシュなど)パレスチナの詩・文学、残りが窓の外のアレ(現実)さ」。その二番目の要素というやつが、僕には意外とさらっと聞き流せない、重要なものに思えたわけである。

 ただし、なぜヒップホップなのか、同じく詞を重視する(できる)音楽スタイルということで、もっと以前からあるポップス、ロックやレゲエなどではだめなのか、ということについては、僕はそれほど確信をもって言えることがない。メンバー達本人に聞いてみたいところだが──ヒップホップほどアラビア語としてしっくりこない、という理由はあるかも知れない。彼らの暮らす廃墟の街の絵が、ロック~ポップス的な「西洋画」のムードと今ひとつ折合わない、ということもあるのかも。
 が、もしかしたら、いわゆるバンド・スタイルだと楽器を買わなければいけないし、大きな音を出せる練習場も必要なので、経済的に維持しづらい、というのがもっと大きな理由かも知れない、という気がする。ヒップホップなら、誰か一人くらいサンプリングなどでオケをこしらえるノウハウや機材を持っている必要はあろうが、フロントマンはマイク一つでどこにでも行ける。練習など、自宅でも路上でもどこでもできる。と、これはそもそもヒップホップというものがニューヨークの貧しい黒人達の間から勃興してきた経緯からすれば、当たり前過ぎる話かも知れないが。

 そうしたわけで彼の地においては、経済環境的な条件からも、伝統との兼ね合いという意味からも、ヒップホップという音楽スタイルが意外にもしっくり来るのでは、ということを半ば皮膚感覚的に感じ取ることができたのがこの映画だったわけである。
 だが、それだけでもない。彼らの音楽は実は伝統に立脚してますよ、というだけでは決して終わらない、そこが本当のミソなのだということを、続きにて書く。
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