越澤明(越沢明)と都市計画、復興計画、歴史まちづくり、住宅政策

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危機管理に関する報道2件:英国政府が日本人運転手を叙勲、自衛隊の前司令官へのインタビュー。

2011年12月31日 | 危機管理、復興計画、大震災、防災
年末最後のブログです。危機管理で考えさせる報道が本日2件ありましたので、紹介引用します。


1)イギリス政府が在日大使館に勤務する日本人職員(運転手)に対して大英帝国第五級勲位の勲章を授けることを決定しました。これは東日本大震災の発生後、在日英人救出活動のために行った献身的な活動を評価したとの時事通信の報道です。


2)陸上自衛隊中央即応集団の前・指令官:毎日新聞によるインタビューでの発言。「我々は想定外という言葉は使用しない」、「最悪の事態を想定し、避難区域を原発から100〜200キロに広げるシミュレーションを重ねた。状況によっては関東も汚染されるので、日本は終わりかと考えたこともあった」

 イギリス政府は東日本大震災という大災害時の困難・危険任務に対して表彰したわけですが、日本政府による自衛隊、消防、警察関係者に対する表彰は?
 それでは2012年は良い年となりますようお祈り申し上げます。また、東日本大震災の復旧・復興が少しでも早く軌道に乗りますようお祈り申し上げます。



日本人運転手3人に叙勲=震災対応を評価―英

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111231-00000053-jij-int
ヤフーニュース 時事通信 12月31日(土)20時7分配信より引用

「日本人運転手3人に叙勲=震災対応を評価―英
 【ロンドン時事】東日本大震災時の職務遂行で献身的な活躍をしたとして、在日英国大使館(東京)の当時の日本人運転手3人が大英勲章第5位(MBE)を授与されることになった。英政府が31日、発表した。
 叙勲が決まったのは小形恒夫さん、柳谷順さん、鈴木勇さん。同大使館によると、3人は危険な状況にあった被災地に車を走らせ、長時間にわたって仕事を行った。また日本側と協力して、被災地にいる英国人の救援などに尽力したという。
 デービッド・ウォレン大使についても、震災直後も閉館せずに大使館機能を維持したことが評価され、ナイトの爵位が授けられることになった。ウォレン大使は「大使館のチームワークが評価されてうれしい」とのコメントを出した。」


http://www.asahi.com/international/jiji/JJT201112310041.html
朝日新聞:asahi.comニュース国際時事通信ニュースより引用

「日本人運転手3人に叙勲=震災対応を評価―英2011年12月31日21時5分
 【ロンドン時事】東日本大震災時の職務遂行で献身的な活躍をしたとして、在日英国大使館(東京)の当時の日本人運転手3人が大英勲章第5位(MBE)を授与されることになった。英政府が31日、発表した。
 叙勲が決まったのは小形恒夫さん、柳谷順さん、鈴木勇さん。同大使館によると、3人は危険な状況にあった被災地に車を走らせ、長時間にわたって仕事を行った。また日本側と協力して、被災地にいる英国人の救援などに尽力したという。
 デービッド・ウォレン大使についても、震災直後も閉館せずに大使館機能を維持したことが評価され、ナイトの爵位が授けられることになった。ウォレン大使は「大使館のチームワークが評価されてうれしい」とのコメントを出した。[時事通信社]」


2)陸上自衛隊中央即応集団の前・指令官:毎日新聞によるインタビューでの発言です。「我々は想定外という言葉は使用しない」、「最悪の事態を想定し、避難区域を原発から100〜200キロに広げるシミュレーションを重ねた。状況によっては関東も汚染されるので、日本は終わりかと考えたこともあった」


<福島原発事故>「日本は終わりかと考えた」陸自前司令官
http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/domestic/eq_jsdf/
ヤフーニュース毎日新聞 12月31日(土)9時37分配信より引用

「<福島原発事故>「日本は終わりかと考えた」陸自前司令官

 東日本大震災で、東京電力福島第1原発事故の対応を指揮した陸上自衛隊中央即応集団の宮島俊信・前司令官(58)が、毎日新聞の単独インタビューに応じた。深刻さを増す原発、見えない放射線の恐怖の中で、「最悪の事態を想定し、避難区域を原発から100〜200キロに広げるシミュレーションを重ねた。状況によっては関東も汚染されるので、日本は終わりかと考えたこともあった」と緊迫した状況を明かした。

 自衛隊が警察や消防などの関係機関を指揮下に置いて任務に当たったのは自衛隊史上初めて。しかし、自衛隊に暴走する原子炉を止める能力はない。宮島さんは「ヘリコプターによる原発への放水は、本格的な冷却装置ができるまでの時間稼ぎにすぎなかった。高濃度の放射能などへの不安はあったが、我々がここまでしなくてはいけなくなったというのは、かなり危険性があるという裏返しだった」と語る。

 その上で、「危険に立ち向かってでも事故を抑えるんだという日本の本気度を示す一つの手段だったと思う。あれが大きな転換点となり、米国を中心に各国の積極的な支援につながった。自国が命を賭してやろうとしなければ、他国は助けてくれない」と話した。

 一問一答は次の通り。

 −−原発事故対応の指揮を命じられたのは

 ◆自衛隊内では3月14日、同20日には菅直人首相(当時)から警察、消防も含めて一元的に指揮するよう命じられた。(1)物資輸送と水の供給(2)原発を冷却するための放水(3)避難民支援や除染(4)ヘリコプターによる放射線測定などにあたった。

 −−これまで原発事故対応の訓練は

 ◆まったくしていなかった。あくまでテロなどの備えとして持っていた放射線の知識を流用して対処した。

 −−被ばくへの恐怖は

 ◆まったく予想しなかった任務だったので、当初は隊員にも相当な不安があった。現地で指揮を執った副司令官がまず一人で現場に赴き、状況を確認した上で「大丈夫だ」と笑顔を見せた。それで隊員たちも安心し、落ち着いて行動することができた。消防車による放水では線量計の警報が常時鳴っているとの報告を受けたが、それなりの防護をし、放射線量を管理していたので大きな心配はなかった。

 −−ヘリによる放水を命じられた時は

 ◆本当にやるのかと不安はあった。高濃度の放射能に加え、5トンの水を上空から落とせば衝撃で第2の爆発を起こすのではとの懸念もあった。危険は分かっていても、ここまでやらないといけないぐらい後がないという判断だった。放水の様子を画面でにらみながら祈り続け、無線で「命中しました」と聞いた時はホッとした。

 −−最悪の事態を考えたことは

 ◆部下に知られないよう1人で司令官室の地図に模型を配置しながら、避難区域を100〜200キロに広げるシミュレーションを重ね、日本は終わりかと愕然(がくぜん)としたこともあった。我々は「想定外」という言葉を使わない。すべて最悪の事態を考え、想定内に納めておかないと対処できませんから。

 −−かなりの重圧だったのでは

 ◆自衛官になって35年間、常に指揮官とはどうあるべきかを自問自答してきた。孤独に耐え、心中は相当に焦っていても悠然とした態度を部下に見せることが非常に重要だと思っている。

 −−関係機関との連携は

 ◆東電は情報隠しと責められたが、持てる情報はすべて出してもらったと思う。自衛隊の一元的な指揮は戦後初めてだが、おかげで警察、消防、東電を含め関係機関が一体的に行動できた。ただ、自衛隊は主役ではない。本格的な冷却装置が作動するまでの時間を稼ぎ、政府や東電の判断に余裕を与えるのが役割だった。

 −−今後の課題は

 ◆どこまで自衛隊に原発対応を求めるのか明確にしないと教育や訓練ができない。また原子力災害を想定した訓練が各地で実施されているが、これまでは安全神話の下で形式的なものだった。今回の教訓を生かし、実効性のあるものにしなければならない。【聞き手・鈴木美穂】

 中央即応集団(CRF) テロなどの新たな脅威や国際貢献活動に迅速に対応するため、07年3月に編成された防衛相直轄組織。司令部は朝霞(埼玉県)。対テロ対策部隊「特殊作戦群」、核・生物・化学兵器対処専門の「中央特殊武器防護隊」など専門性の高い部隊を持つ。原発事故には同防護隊が中心に活動した。






ジャンル:
政治
キーワード
東日本大震災 中央即応集団 陸上自衛隊 デービッド ヤフーニュース 中央特殊武器防護隊 特殊作戦群 原子力災害 時事通信社
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