越澤明(越沢明)と都市計画、復興計画、歴史まちづくり、住宅政策

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6月4日 NHKその時歴史が動いた第327回人を衛(まも)る都市をめざして〜後藤新平・帝都復興の時〜

2008年05月31日 | 危機管理、復興計画、大震災、防災
平成20年6月4日(水)、NHKのその時歴史が動いた第327回「人を衛(まも)る都市をめざして〜後藤新平・帝都復興の時〜」が放映される。松平キャスターの対談者は西尾・東京市政調査会長。越澤教授は番組製作に協力、VTR出演。

NHK その時歴史が動いた ホームページ

http://www.nhk.or.jp/sonotoki/sonotoki_yotei.html

NHK その時歴史が動いた ホームページより引用

「その時歴史が動いた 第327回 
人を衛(まも)る都市をめざして〜後藤新平・帝都復興の時〜

平成20年6月4日(水)22:00〜22:43 総合

後藤新平写真 東京市政調査会蔵関東大震災後の復興プランを手がけ、現在の東京の原形をデザインした政治家・後藤新平。もともと医者だった後藤は、人の「衛生」を重視する考えから独特の思想を抱くようになる。それは、社会の仕組みや制度は、人と人のつながりから出来ていて、そのつながりがうまく機能し合うことで、世の中がよりよい方向へ発展していく、というものだった。
台湾や南満州での体験を通じ、都市計画に成果をあげた後藤は、やがて東京の都市改造に乗り出す。しかしその矢先に関東大震災が発生。後藤は帝都復興院総裁として復興計画を主導することになった。
後藤は都市の安全性だけでなく、将来を見据えてインフラの大整備を実現しようと国家予算に匹敵する規模の計画を立てるが、議会などの反対により予算の大幅な削減を強いられた。そこで住民に土地の一部を提供させる「区画整理」という手法を取り入れ復興を進めようとする。
区画整理実現の鍵は、後藤の主張する「人と人のつながり」にあった。この手法は、その後日本の都市計画の基本となり、この時の復興計画が、今に至る首都東京の原型を形作ることになる。「人を衛(まも)る」ことに全てを捧げ、社会の医者と呼ばれた後藤新平の情熱と信念を描く。  」
ジャンル:
文化
キーワード
その時歴史が動いた 関東大震災 帝都復興院
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