題名「1984」(1956年度製作版) 2016年2月 自宅DVDにて。
ある日の午前。
仕事上、やむを得ず経理作業の為に購入していたウインドウズPCが、
いつの間にかウインドウズ10に変わっていた。
恐らく何かの弾みで何かの操作をしたのかも知らないが、長い間自己再起動を繰り返しながら、
最終的に立ち上がった画面には「こんにちは」という文字が浮かんでいる。
私もとりあえず「こ、こんにちは...」と心の中で小さくつぶやいていた。
一度は腹立たしい程厄介な仕組みをへて退会したのに、
とあるお誘いで性懲りも無く再開したFacebook。
ある程度の慣れもあって”まぁ、自分の店の宣伝でも使えるし”ぐらいなお気軽で、
無責任な独り言をふざける様に使ってはいるが、
毎回毎回携帯の番号を入れろだの、プロフィールを完成しましょうだの、いいね!をもっと増やしましょうだの、
友達と繋がりましょうだの、そう言うものだとわかってはいたがあんまりそんな事ばっかり繰り返されれば、
誰だってその過剰なサゼスチョンに辟易することだってある。
「むしろ、あなた、つながった私の何が知りたいの?それ知ってどうすんのよ?っていうかFacebookって、「誰」?」
なんて無意味に悪態をつきたくもなる、ことだってある。
AIxビッグデータで世の中が変わる!なんて事は最近耳にしていたどことなく他国のお話しのつもりでいた。
が、いつの間にか身近なところで、囲碁の世界では人間がそのAIチームに勝つ事が出来なくなってしまった。
私は囲碁をやらないけど宇宙にも例えられる程の広大かつ微細な、ある意味とても人間的といえる次元空間のゲームを、
想像以上の早い年月でその勝敗をAIがひっくり返した事は、正直ゾッとした。
Googleって...グーグルって...頭良くて、それでそれで、「良い人たち」の集団なんだよね。。。
そうだよね。。。きっと。
ハツラツ元気印で動物だい好きな人気者のカワイコさんがさんざんありがちな恋に落ちただけで、
大勢のおとな達から身ぐるみ剥がされた上に地面に伏した顔を上げる事が出来ない程石を投げつけられる。
事を起こした人、起こされた人は本当は数人のはずなのにみーーーんなが知っている。
どんな会話をしていたのかもみーーーんなが知っている。
プライベートだと思っていたガジェットがクローン化されて?.....なにそれ。。
何がホントかどうかは当事者しか知らないけど、
何がゲスなのかは本当は皆が一番知っているんじゃないだろうか。
この一連のあたり。皮肉にも一番人間らしい出来事なのかもしれない。
ヘタしたらその内、AIさまに「んなことするんじゃないっつーの!」とかいって怒られたりして。
ジョージ オーウェルの当小説。
大学の授業でやってたのになぁー。もっとまじめにやれば良かった。。
今観るとホント怖い映画でした。。