アジア映画巡礼

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異彩を放つ『ランガスタラム』!! ①三つの謎

2023-06-04 | インド映画

6月になっても上映の続くインド映画『RRR』ですが、インド映画はこれだけじゃない! 『RRR』のラーマ役ラーム・チャラン主演のパワフルな作品『ランガスタラム』(2018)が7月14日(金)から公開されるのは、こちらでお知らせした通りです。そしてこちらでご紹介したように、チラシに登場しているのは脳天気そうな主人公を演じるラーム・チャランの写真ばかり。しかし、これに騙されてはいけません。実は私はすっかり騙されていて、インドでの公開当時から「難聴だけど気のいい村の若者ラーム・チャランが、おきゃんで美人の村娘サマンタに一目惚れ。その恋物語に、村を支配する地主との闘いの物語がからむ」だとばっかり思っていたのです。そして連想するキーワードは、「ヴィレッジ・ベル(village belle/村一番の美人)」「ルンギー(腰布)」「畑仕事」といった呑気なものばかり。ところが4月11日にあった英語字幕での上映を見てびっくり仰天。前半は確かにそうでしたが、後半は...、というわけでこの異彩を放つ作品は、皆さんにもあまり予備知識なく見てもらった方がいいかも知れません。とりあえず本作のプレスを参照しながら、2、3回、基本的な事項をご紹介しておこうと思います。まずは、物語のストーリー+その中で感じた三つの謎からどうぞ。

『ランガスタラム』 公式サイト
 2018年/インド/テルグ語/174分/原題:Rangasthalam  రంగస్థలం
 監督・脚本:スクマール 
 出演:ラーム・チャラン、サマンタ、プラカーシュ・ラージほか
 配給:SPACEBOX
7月14日(金)より新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ渋谷、シネ・リーブル池袋ほか全国順次公開

  ©Mythri Movie Makers

ストーリーをご紹介すると、舞台となるのは1985年。画面の字幕には「1980年代に起きた物語」と出てくるのですが、英語版Wikiでは「1980年代に」、プレスでは「1980年代半ば」、そして公式サイトでは「1985年のアーンドラ・プラデーシュ州中部、ゴーダーヴァリ川沿岸の田園地帯、ランガスタラム村」と説明されています。この、「1980年代」か「1985年」かはよくわかりませんが、映画が作られた2018年の物語とはせずに、その30年以上前の出来事だと設定しているのが、謎の第1です。大きなゴーダーヴァリ川に沿って広がるランガスタラム村に、チッティ・バーブ(ラーム・チャラン)という若者が住んでいました。彼の職業は灌漑屋とでも言いましょうか、ガソリンで動く簡易ポンプとパイプを使って川から水をくみ上げ、その水を田畑に流して潤わせるのが仕事でした。彼自身は自分の職業を「サウンド・エンジニア」だと言っています。手間賃は基本料金20ルピーで、あとは1時間につき50ルピー、ただしポンプを動かすガソリンは頼んだ方持ち、というものでした。気のいいチッティでしたが、欠点が1つありました。かなりの難聴で、人の言っていることもよく聞こえないのです。大声で言ってもらうとわかるのですが、見栄っ張りのチッティはそう頼むのがいやで、その場ではわかったふりをし、助手のマヘーシュ(マヘーシュ・アチャンタ)にあとで聞き直していました。この「難聴」というのが第2の謎です。

©Mythri Movie Makers

そんなチッティが惚れたのは、しっかり者の村娘ラーマラクシュミ(サマンタ)。父親がふがいないので、自ら畑を耕し、水牛の世話をするなど、働き者の女の子です。それまで女性と言えば、家族である母と妹、それからポンプの持ち主である近所の女丈夫ランガンマ(アナースヤ・バールドワージ)としか接したことのなかったチッティは、ラーマラクシュミにどういう態度をとっていいかわからず、難聴の件もあって、恋愛もスムーズに行きません。その頃、チッティの兄で湾岸諸国のドバイで働いているクマール・バーブ(アーディ・ピニシェッティ)が帰国、村が相変わらず上位カーストに支配されていて、「プレジデント」と呼ばれる権力者ブーパティ(ジャガパティ・バーブ)が借金で村人たちを縛り、何もかも牛耳っていることに疑義を抱き始めます。そして、今度の村長選挙では自分も立候補することを決意し、州議会議員ダクシナ・ムールティ(プラカーシュ・ラージ)の支持もとりつけるのですが、これまでずっとプレジデントに従うことしかしてこなかった村人たちは、クマールの言葉を聞こうともしません。プレジデント側からの脅しもあり、チッティは兄の警護に当たるのですが、様々な事件が起き始めます....。

©Mythri Movie Makers

第1の謎に挙げた、「時代は1980年代」ですが、1980年代のインドをちょっと振り返ってみましょう。1980年代の中央政府は、インディラー・ガーンディーの二期にわたる強権政治(1966-71&1971-77)が終わりを告げ、ジャナタ党政権が二期(1977-79&1979-80)にわたって政権を握った後、インディラー・ガーンディーが首相に返り咲いた時期でした。しかし、1980年1月に再びというか3回目の政権の座に就いたインディラー・ガーンディーは、1984年10月31日、二人のシク教徒SPによって暗殺されてしまいます。1984年6月シク教の総本山、アムリトサルのゴールデンテンプルにたて籠もったシク教徒を排除するインド軍の「ブルースター作戦」により、多くのシク教徒が亡くなったことに対する報復でした。直後には反シク教徒感情が高まり、各地で衝突が起きるなど、世情はしばらく騒然としたのでした。また、本作の舞台となった旧アーンドラ・プラデーシュ州でも、それまで続いていた国民会議派政権が1983年1月にN.T.ラーマ・ラーオ(NTR Jr.の祖父)率いるテルグ・デーサム党に敗れ、州政権をわがものにする変化が起きています。そういう変革の時期として、本作の舞台に設定したのかも知れません。

©Mythri Movie Makers

第2の謎、主人公の「難聴」ですが、これまで「盲目」の主人公は何人かありましたが、「難聴」の主人公は聞いたことがありません。それは映画という性質から考えると、「盲目」の表現は比較的容易なものの、「難聴」を表現するのは難しいことによるものだと思います。あえてそれに挑んでいるのは注目すべき点ですが、ただそれが上手に表現できているかというと...。耳が聞こえなかったことによって、ストーリーに重大な変化が起きるのはたやすく納得できるのですが、主人公の耳に聞こえる音を表現しようと音声をいじってあるのは、あまり成功したとは言えないのでは、と思います。実は私も軽い難聴(メニエル病による聴力低下)で、特に喉から声を出さない若い人の言葉は聞き取りにくいのですが、全部が遠い音に聞こえるのはちょい違うかな、と思いながらこの映画を見ていました。

第3の謎はカースト描写で、プレジデントは聖紐を肩からかけているのですが、この姿は彼1人です。あとは中間カーストということなのか、と思いますが、プレジデントの家で来た客に飲み物を出す時は金属製のコップで出し、「飲んだらコップを洗っていけ」という描写が2、3回登場します。穢れが移ると思うなら出さなければいいと思ってしまうのですが、これには何か意味があるのでしょうか。最後の方でチッティがコップに対しあることをするのですが、それを見せるためでしょうか。そういえば、ラストでもう1人、聖紐を付けた人間が登場するのでした。このあたりも、よーくご覧になってみて下さいね。

©Mythri Movie Makers

そんなこんなで、とても緻密な脚本の『ランガスタラム』と、それを存分にスクリーンに展開するために繰り広げられる、ラーム・チャランの大熱演にぜひご注目を。おっちょこちょいで直情径行型、でも人の情には敏感に反応するチッティ・バーブという青年を、過剰なぐらいの演技で見事に表現しています。いろんな映画賞で主演男優賞を獲得したのも大納得、「役者人生の転換点」だと彼自身が語るのもわかりますね。彼の百面相とも言える顔演技も、十分にお楽しみ下さい。最後にインド版予告編を付けておきます。日本版予告編ももうすぐできるのでは、と思いますので、お楽しみに。

Rangasthalam Theatrical Trailer | Ram Charan | Samantha | Aadhi | DSP | #RangasthalamTrailer

 


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