アジア映画巡礼

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『タレンタイム~優しい歌』覚え書き<2>マヘシュ

2017-04-18 | 東南アジア映画

『タレンタイム~優しい歌』の「覚え書き」第2弾は、インド系のマヘシュについてです。「マヘシュ」はより正確に音引きを付けると「マヘーシュ」で、綴りは「Mahesh」となります。「Mahesh」は「maha(マハー/偉大な)」と「esh(war)(エーシュ(ワル))神」とが結合した名前で、「偉大なる神」という意味です。ヒンドゥー教徒によくある名前であり、この名前が付く有名なインド人としては、テニスのブーパティ選手(日本では「ブパチ」と表記されたりする。ボリウッド女優ラーラー・ダッターの夫でもあります)が「マヘーシュ・プーパティ」、ボリウッドではアーリアー・バットのお父さんでベテラン映画監督が「マヘーシュ・バット」、トリウッドことテルグ語映画界のカッコいい長身のスターが「マヘーシュ・バーブ」と、すぐ何人かか思い出されます

© Primeworks Studios Sdn Bhd 

マレーシアの事情をあまりよくご存じない方は、「なぜ、マレーシアにインド人が?」と思われるかも知れません。現在のマレーシアの民族構成は、マレーシア政府の公式サイトによると人口3170万人の中で、ブミプトラ(「大地の子」という意味で、マレー系やその他の元からマレー半島にいた人々のこと)が68.6%、華人が23.4%、インド系が7%、その他が1%となっています。マレー半島には明時代(1368年 - 1644年)以降中国人の渡航が増え、1835-45年にはすでに人口の8%を占めていた(「もっと知りたいマレーシア」弘文堂)そうで、その後19世紀後半には錫鉱山の労働者として中国人が大量に流入します。一方インド系の人々は、マレー半島がイギリス植民地になった19世紀末以降、先輩植民地としてのインドから、まずは官吏や警察官、鉄道関係者らがマレー半島に送り込まれます。続いて、紅茶やコーヒー、ゴムのプランテーションの労働者として大勢が海を渡って来、数が増大していきます。

 

© Primeworks Studios Sdn Bhd 

マレー半島にやって来たインド系の人々の出身地は、東南アジアから見てベンガル湾を挟んだ地域に当たるインド南部の東側の、現在はタミル・ナードゥ州となっている地方です。「もっと知りたいマレーシア」に載った表によると、1980年のインド系住民の出身地別人口統計は、タミルが85.1%で、ついでマラヤーリー(ケーララ州出身者)が3.2%、テルグ(アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州出身者)が2.4%、シク教徒(パンジャーブ州出身者がほとんど)が3.0%、その他となっており、タミルの人が圧倒的多数を占めます。マヘシュ一家もタミル語を母語としており、マヘシュの母と叔父(母の弟)は家族内での日常会話はタミル語です。カレッジに行っていると思われるマヘシュの姉は英語の混じり具合が大きいものの、タミル語での会話も達者です。また、マヘシュ一家と同居している叔母(マヘシュの父の妹か?)は看護師という職業がらゆえか、ほとんど英語ばかり話しています。どの時代にマヘシュのルーツの人がマレーシアにやって来たのかわかりませんが、彼らは今でもタミル語を話し、サリーやルンギー、クルターといったインドの伝統衣裳を身にまとい、ヒンドゥー教寺院に参ったり、そこで儀式を執り行なったりしています。

© Primeworks Studios Sdn Bhd 

叔父さんが婚約者らしき女性とその家族とともにサリー屋で買い物をするシーンも出て来ましたが、マレーシアの町ではどこかにインド人街と言える区画があって、そこにはサリー屋さんが軒を連ねています。『タレンタイム~優しい歌』はイポーが舞台なので、私が昨年夏熱中症になりそうになったイポーのインド人街にあるお店かも知れません(※最後にイポーのインド人街の写真を付けておきます)。極端なことを言えば、インド系の人はインド人街で生まれ、育ち、働き、結婚し、という風に、マレーシアの中にいても「インド人」としての生涯を送ることも可能です。でもヤスミン・アフマド監督は、マヘシュが恋する相手として、ムルーというイギリス人の血が入ったマレー系の女の子を選ばせます。信仰する宗教も違うので、現実にはまずない組み合わせと言っていいカップルです。

© Primeworks Studios Sdn Bhd 

さらにヤスミン・アフマド監督は、マヘシュの使う言葉をタミル語でもなくマレー語でもない、「手話」に設定します。耳が不自由なマヘシュは、人の唇の動きで話している内容を読み取り、理解するのですが、こちらは「口話(こうわ)」と言います。マヘーシュは英語とタミル語の「口話」ができるようですが、もしかしたらマレー語でもできるのかも知れません。手話はサイン言語なので、いわばこれらの言葉全てに共通する部分があり、マヘシュは『タレンタイム~優しい歌』に登場するすべての民族を統合できる、象徴的存在と言うこともできます。そして、マヘシュに恋をしたムルーも、手話を習い始めます。バベルの塔の話ではありませんが、音声を発してしまうとたくさんの言葉に分かれてしまって人々を分断するところを、無音の言語が心と心をつないでくれるのです。

© Primeworks Studios Sdn Bhd 

マヘシュを演じたマヘシュ・ジュガル・キショールは映画出演は本作だけのようですが、ヤスミン・アフマド監督が制作したテレビ・コマーシャルに出ているのを見かけたことがあります。下がそのCFで、ペトロナスという大手石油会社が各民族の節目毎に作らせているCFです。これは、2008年のインド系の秋祭り「ディーパーワリー」に際してのものです。「ディワーリー」とも呼ばれる「ディーパーワリー」は、ヒンドゥー教徒にとっては新年に匹敵するお祭りで、毎年10月か11月にやって来ます。ペトロナスのCFは「ディワーリー」のほか、イスラーム教の断食明けのお祭りである「ハリ・ラヤ」(正式名称は「イード・ゥル・フィトル」ですが、マレーシアでは「ハリ・ラヤ」と呼ばれます)、華人が祝う旧正月、マレーシアの独立記念日等の節目節目に作られ、ヤスミン・アフマド監督も多くのCFを手がけました。下のCFから辿ると、ヤスミン制作のCFがいろいろ出てくると思います。

Petonas Deepavali 2008 commercial

このCFの中では、マヘシュ・ジュガル・キショールくん、ちゃんとしゃべっていますね。でも、『タレンタイム~優しい歌』の中では、手話を実に上手に操り、主人公マヘシュになり切っています。そんな彼の名演技、ぜひお見逃しなく! 特にインド映画ファンの方は、『タレンタイム~優しい歌』を見てから「南インド映画祭」のラジニカーント主演作『帝王カバーリ』を見に行きましょう。『帝王カバーリ』の舞台がなぜマレーシアなのか、よくわかると思いますよ。

[オマケ]イポーのインド人街


タミル語の看板や、「チェンナイ」とネーミングされたお店など、インドのタミル・ナードゥ州に連なるイメージが使われています。

「チェンナイ」に対抗して(?)、こちらは「ボンベイ」がお店のネーミングに。サリーやパンジャービー・ドレスと呼ばれる長いドレスとパンツの組み合わせのドレスがいろいろ飾ってあります。

こちらは腕輪屋さん。いろんな種類のバングルが飾ってあって、とてもきれいです。


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