経堂めぐみ教会

礼拝メッセージの要約です。

10月16日 聖日礼拝

2016-10-18 10:03:01 | 礼拝
聖書:創世記14:12~24
メッセージ:“いと高き神に誉れあれ”


1.愛によりとりなす者

(14~16)「アブラムは自分の親類の者がとりこになったことを聞き、彼の家で生まれたしもべども三百十八人を召集して、ダンまで追跡した。夜になって、彼と奴隷たちは、彼らに向かって展開し、彼らを打ち破り、ダマスコの北にあるホバまで彼らを追跡した。そして、彼はすべての財産を取り戻し、また親類の者ロトとその財産、それにまた、女たちや人々をも取り戻した。」
 アブラムは甥のロトを助け出すために戦いに出て行きます。アブラムは敵の手に奪われたロトを取り戻すまで彼らを追撃しました。「すべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くし、また祈りなさい。」(エペソ6:18)アブラムは主の祭壇を築いたように、祈りは最大の力です。神はをこの世に御子を遣わし、一人として滅びることなく悔い改めに進むことを望んでおられます。忍耐の限りを尽くしとりなす者としてください。

2.祝福をとりつぐ者

(18~20)「さて、シャレムの王メルキゼデクはパンとぶどう酒を持って来た。彼はいと高き神の祭司であった。彼はアブラムを祝福して言った。『祝福を受けよ。アブラム。天と地を造られた方、いと高き神より。あなたの手に、あなたの敵を渡されたいと高き神に、誉れあれ。』アブラムはすべての物の十分の一を彼に与えた。」
 メルキゼデク王は神の祭司でもありました。祭司とは、神の祝福をとりつぐ者です。イエス・キリストのひな形として記されています。
(Ⅰペテロ2:9)「しかし、あなたがたは、選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神の所有とされた民です。それは、あなたがたを、やみの中から、ご自分の驚くべき光の中に招いてくださった方のすばらしいみわざを、あなたがたが宣べ伝えるためなのです。」
 私たちも「王である祭司」とされています。私たちをして神の祝福をとりつぐ者とされますように。

3.神に栄光を帰す者

(21~23)「ソドムの王はアブラムに言った。『人々は私に返し、財産はあなたが取ってください。』しかし、アブラムはソドムの王に言った。『私は天と地を造られた方、いと高き神、主に誓う。糸一本でも、くつひも一本でも、あなたの所有物から私は何一つ取らない。それは、あなたが、『アブラムを富ませたのは私だ』と言わないためだ。」
 アブラムは神に栄光を帰しました。戦いに勝利した栄光を神様にお返ししました。証しとは神の栄光を現すことです。バプテスマのヨハネの役割はイエス・キリストを証しすることでした。
 讃美歌第二編195番「キリストには変えられません」は、ジョージ・ベヴァリー・シェーの作曲、ミラー夫人の作詞です。ある日曜日の朝、ショーが弾くピアノの上に一編の切り抜きの詩が置いてありました。彼の母は感激した記事や文章を集めていて、その朝も息子に見せるために置いたものでした。シェーはすぐその歌詞に曲をつけて教会で賛美しました。それが「キリストには変えられません」です。しかし作詞者ミラー夫人については何もわかっていません。この歌が有名になっても、ミラー夫人は「私が作詞者です」と名乗りを上げることはありませんでした。この歌の歌詞にそのヒントが隠されているかもしれません。「有名な人になることも、人のほめる言葉も、この心を引きません ~ この御方で心の満たされてある今は」 おそらく彼女は才能豊かな夫人であったと思われます。そして彼女の生涯はイエス様の愛と祝福で満たされていたのでしょう。彼女はそれで十分でした。私たちをもあなたの愛と祝福で満たしてください。私たちをして神様の栄光が現されていきますように。
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