美らごはん(new version)沖縄と宮古島

   ブログの無断転載をお断りします。
   

陰がない島

2017-03-31 11:00:29 | 沖縄情報






龍宮島と呼ばれる島は南西諸島に多いですが、こういう島々というのは余り高い山がないです。
宮古島しかり久高島も同じ。
聖地へ向かう聖路に影がない。
木の影もない、巨木がないという事があります。
太陽の道とはよくいったモノで、久高など聖なる浜に出るまでに陰が一切ない
真っ白い道を通ります。
歩いているだけで不思議な感覚に陥る場所でだから闇も深い。
龍宮信仰というのはこういう場所が非常に多い様に感じています。

宮古島の大聖地、大神が人工島と私が見ているのはこれです。
登頂まで行くのに影がない島。
意図的に山の向こうに陰を作ってある。
現在は港側に住居がありますが
古代大神は人が住んでいませんから、ここもそうであった可能性があります。

大神の空撮写真を見るとわかりやすいですが、ピラミッドが左右から
腕を伸ばして聖地と人の住んでいる場所を
わけ隔てている様に見えて、貴重な原型は空撮から見る事が可能。
人が住んでいる場所を抱き抱える様に作られている島。

港の入り口など角ばってはいますが
手を丸めて囲っているかの形をしていますが。これは国土交通省によって
デザインされていますから、意味のあるものなのかもしれません。


これは私見では、人の立ち入れない山の向こう側に死者が住まう聖域。
ピラミッド山の港側から見れば人の住まう地域を登頂で分けていると思われます。
要は死者の世界とこの世界に生きる世界の境目の高地の岩石タワーで仕切っている。
私はこう見ています。
これは大都会もこういった作りになっていると思われます。

沖縄本島では「ようどれ」とつく場所はほとんどが
死者と生者の世界をわけ隔てる事で建てられていますが、これが昨今、がけ崩れの様に崩壊し
ここの整備が急がれていますが
ここの分け目から異様な場所になっている事が確認できます。


ようどれと名付けられた
場所は常に積極的に綺麗にする何らかの手段が必要だと思います。
ここには洞窟が当然ありますが、ここに入ると死者の世界に立ち入る事になりますから
おかしくなる人もいるようです。
立ち入り禁止区域。
古代信仰というのは国を問わずを問わず、人身御供で成り立った文化でもありますから
洞窟への立ち入りは注意が必要とされています。
浦添ようどれの場合は、ユタから聞いた話では戦争で崩されていますから
この時から結界が崩れた可能性があります。

王が奉られている場所の洞窟は異界で洗骨するというイメージ的な物が行われていますから
どちらにしろ洞窟に入るには、注意が必要だと思われます。
洞窟は異界として扱われた沖縄の信仰世界。






追記16時06分
先日の記事に霊的鑑定を受ける場合、師匠的立場の人から厳しく指導された人がよろしいのではと
書かせていただきましたが
これは調べようがないと言うメールが何通か届いています。
確かにそうですね。
少し考えてみたのですが、これはあくまでも私個人の考えとして書きます。

人に何かを言われる事を凄く嫌う人がいますが
こういった人はまず指導者がいないと言ってもいいと思われます。
営業で優しいムードを出したとしても本性がわかりません。

慢心から周囲に霊的な迷惑をかけまくり忌み嫌われた
場天ノロと同じ様な人でしょうか。
場天ノロは後に厳しい師匠に出会い心を入れ替えていますが、人の話を聞けるキャパがあったのでしょう。

過去に出あった人を思い起こすと、こういう人がいたのは確か。
そして、こういう人に限って、人に呪詛を飛ばすのがほとんど。
イエスマンしか置かないと言う事の証明ですから
人に何かを言われるのを嫌うのかもしれません。

一般でもそうですが、イエスマンだけを傍に置く人というのは
キャパがない。
何か言われただけで激情する人がほとんどで狂気に近い人もいますよね。
という事で、これを感じたら止めた方が得策だと思います
気に入らないクライアントと思われ、後から何かを送られたらたまったものじゃないです。
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狭間

2017-03-31 08:21:47 | 沖縄情報




琉球王国への質問が続いたのは
沖縄で放映された琉球王尚巴志王についての歴史ドラマの影響があるようです。
既に何通かのメールが届いています。
場天ノロが岩ビジルに向かい祈るシーンがあったと言いますから
これかも知れません。
このところ慢心からの自惚れを記事にすることが多かったのですが
不思議な事に、この場天ノロは自惚れたノロして首里でも名を馳せていた人物です。
様々な体験をして人々に尊敬される人物に変化したと文献に残されています。
場天ノロ御獄は南城市佐敷に残されています。


場所的にも時代的にもあとから来た人たちの物語ですね。
作り方がどう見ても縄文の気配が強く、この場所に後からノロ仕組みが作られたのでしょう。
南城市はハラとも呼ばれていた地域で沖縄中部と同じです。
沖縄中部は元々の名称がハラ説が伝承で残されています。





さて時代の変容は劇的で、表の天照大神の終焉にむかっていますが
今は始まりと終わりの狭間ですね。
何がドンと出て来るか分からない、バッシングの中、堂々と公の場で意見を言う正直さが
時代の変化と言えばそうなのかもしれません。
ただブログの管理人同士の思想の違いで意見が分かれる内容もあると思われるので
マッチポンプへの視点も必要ですね。
やはり社会の見方に勉強は外せません。
自分で確かめる明晰さが勉強からも求められます。



他に言い方がないのですが、沖縄に限らず裏と表が融合しつつあると感じています。
世の中の出来事でも分かりやすいですが特に分かりやすいのが、辺野古の海に沈む海底遺跡に対して
鉄版を投げ込んでいる暴挙も最終目的へのスタートなのだと捉えました。
辺野古の海は縄文の大聖地です。
以前、記事にしましたが縄文を埋めている。


環境破壊を繰り返し今の世界の神様である鉄を使って
石に刻印された縄文遺跡がある辺野古の海を痛めつけていますが
環境へも三次元的視点でしか物事が運べないようです。
幼稚な文化から大人へ至る道導であったとしても地球はちゃんと感じていますね。

倭人は日本に限らず先島諸島への航路を秘匿していた節があり
列島へ至る海路を独占していたようです。
航路って何カ所もあると想像が出来ますが。

宮古島は位置的に隠れやすい場所であったという説もありますが
あの時代に敵対する事が頻繁にあったかどうかは想定できません。
このころから宝貝に目をつけていた人達がいたのか?
沖縄や先島の貝を貿易にしていた人達の形跡は大陸で見られます。



秘密主義であったのは確かで
倭人の時代に列島へ大量に人が移動してきた形跡が見当たらないようです。
人の移動はいまだに秘密にされる事が多いですから、歴史的な操作もあるようです。

ただY遺伝子を持つ男性の移動は現在は場所から見当が付くようですが。
沖縄の場合、6割以上が縄文人が持つ遺伝子を持っているそうです。
離島の割合で言うと先島はかなり高いレベルであると棒グラフで見たことがありますが
これも歴史を知るには必要かもしれませんが
拘ると選民意識に繋がるので、ここへ重きを置かない様にしています。

土器でも熱を時間をかけないと食べられない食物がありますから
火に強い土器を持っていた人達は固いものを食べる習性があり
場所から日本へ渡ってきたようです。
沖縄では土器の発掘が他より少ないようですが
長時間、火を使う料理を必要としない島でありこれらの影響があるのかもしれません。

4千年程前から温暖化で海面が急上昇し大陸が水没し始めたと言われていますが
諸説ある歴史は当然だとして
北谷の海底に沈む海底ピラミッドは2500~2800年ほど前に
陸上で作られたと琉球大学の調査があります。
概要は中城グスクと同じでここも人工的な様相が非常に強いグスクです。

縄文海進説は6000年前説が根強い。




ウィキではないですが場天御獄の事を書いてあるブログから拝借しました。

場天御嶽は琉球統一をはたした尚巴志のお爺さんにあたる佐銘川大主の住居跡に祀った拝所。
佐銘川大主は伊是名島の出身ですが、島民に迫害されて本島北部に逃れ
その後本島南部の佐敷間切新里村の場天に移り居を構えたたといわれています。
 この御嶽も、王朝時代には琉球国王や聞得大君の東御廻り拝所の一つですが
元の場所は1959年に降った大雨のために地盤が滑落して埋まってしまい
現在はイビ御嶽があるイビの森といわれるこんもりとした森のなかに
上場天御井戸・下場天音井戸、伊平屋神、御天坐神などとともに場天御嶽も移築されています。



聞得大君が必死に探した「場天ノロの勾玉」はこの御嶽のノロが持つ神器のことです。 


追記16時29分
聞得大君が多くの人を使っ「場天ノロの勾玉」ですが、これは特に珍しい話ではなくて
北谷の海底ピラミッドが海底に沈み、そのあとの伝承では
北谷の神女たちが持つ勾玉が男性の交易船の主たちと確執が生まれ始めた頃から
男性達が神力の強い女性が持つ勾玉の取り合いがあったと言う話が残さされています。。
発掘されるものは小さな勾玉が多いですが
リーダー的女性が持っていたのは国璽に近いもので、これを隠す為に色々な手法があり
離島へ流れた話があります。
与那国まで流れています。

与那国から本土へ流れた勾玉は巨大であったと言う伝承を
色々な人から聞いていますから、王府のモノではないと思われます。
ここにも縄文の神女と王府の戦いがあったのですね。




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卑弥呼と聞得大君

2017-03-30 20:18:19 | 沖縄情報



ビジルへの質問のメールが来たと思ったら
今度は聞得大君への質問が多く来ました。
最近は多忙で質問にも答えられないのですが、人数が多いので少しですが記事にします。




琉球王朝の祝女の頂点に立った聞得大君の事を書くとスーパスター卑弥呼が外せません。
これまでの北谷の海底ピラミッドの研究からの私見では
卑弥呼伝承は沖縄北谷にいた祝女集団の事ではないかと私は感じています。
卑弥呼のモデルはシャーマン集団のリーダー。
どう考えても一人の女性ではないです。
物語として一人の女性にしたのでは?


魏志倭人伝には「その国は元は男を王としていた、男が王になっていたのは80年ほどであったが国乱れ攻防が何年も続いた。
一人の女性を選ぶ頃になり女王として卑弥呼と名付けた。神霊に通じた巫女で神託により国の人々に信望が厚く
年を重ねても夫を持たず、弟がいて奉り事を補佐」
ザッと書いてみましたが、とにかくこういう事があったと書かれているようです。


道教の影響を受けていたと書かれているようですが、沖縄にはこれを見る事が出来ません。
私の勉強不足なのかもしれませんが、銅鐸伝承が余りないです。
琉球国になると鉄の気配もしてきますが
私見では沖縄の縄文女性交易集団と倭国と
それ以外のアジアの国々の女性シャーマンの物語ではないでしょうか。

空海だって集団で空海の名前を何名かで使ったと言います。
卑弥呼集団もそうであると感じています。
あくまでも私見ですが、北谷の海底ピラミッドの伝承を追うとこういう事に繋がります。

卑弥呼の置かれた環境を見てみると
そのまま北谷の海底ピラミッドが沈んでいる辺りが
祭儀場であったと思われ、伝承がこの辺りがターゲットになっている気がします。
シャーマン集団が暮らしていたのが、海兵隊基地近辺にあったと伝承が残されています。
なだらかな丘になっているのですがあの時代は違ったでしょう。
聞得大君は卑弥呼や女性版天照大神のイメージが自然に湧いてきます。
結局、沖縄のグスクのが栄華を極めた時代の沖縄で最も権力を持っていたのが
琉球国のシャーマンである聞得大君。


卑弥呼と弟の補佐が少し気になりますが
これは元は王だと言うのですから、物語の反転がある気もしますがどちらにしろ
琉球王国の渡来系王朝は卑弥呼集団の祭儀システムをそのまま取り入れている様に感じます。


沖縄の国王と聞得大君のシステムは女性が王を霊的に守護すると言う物で、初代聞得大君は琉球王朝第3代尚真王の妹。
祝女は神々を依り代とし王が神女組織化し民間にノロを置きます。
政治的采配。
という事でノロは古代伝承を持っている事が多く貴族階級、村の長の親族であることが求められています。
ユタが一般の人の神事を司り、そのうえのノロが君臨していました。
今でもノロは門中の人がほとんどで王国の貴族階級の末裔がほとんどです。
これはほとんどの島がこの仕組みです。


宮古島では漲水御獄がそうであり、この御獄に奉られている神の末裔である一族の
長男嫁が代々にわたり神事を司っています。
一般人は霊的に力がある人であれ、この仕組みには入り込むことは出来ません。
奉られている神の末裔が継ぐのがいまだに行われている。
全てが琉球王国時代に統一化されています。


王制度を守る仕組みで、これがいまだに祭儀に残されているのが沖縄の神仕組み。
門中は特にノロ達に伝えられている先祖伝承を大事にしている気がします。
門中は渡来系だと思われるので、沖縄古代の先祖の御先のシステムをそのまま進化させた形で
洞窟での先祖を拝む神仕組みからそのまま渡来系独自のお墓へ引き継いだ気がしています。
門中は間違いなくアジア系渡来人。
琉球王国との繋がりのある国でしょう。






ウィキから
門中(もんちゅう、琉球語:ムンチュー)は、沖縄県における、始祖を同じくする父系の血縁集団のことである。
門中は、17世紀後半以降、士族の家譜編纂を機に沖縄本島中南部を中心に発達し、のちには本島北部や離島にも拡がった。
その活動形態や組織結合の度合いは、地域によって大きく異なる。
門中に似た血縁集団の概念は、日本の同族、中国の宗族、朝鮮半島の本貫、ベトナムのゾンボ等、東アジアの漢字文化圏にも見られる。
門中は、17世紀後半、琉球王府による士族の家譜編纂の開始以降、士族階層を中心に沖縄本島中南部で発達してきた。
本島南部では「ハラ」ともいう。

琉球王国時代、士族は、門中ごとに共通の姓(唐名の姓)、また大和名の名乗頭(名の最初の一字)を持もっていた。
例えば、向象賢、羽地按司朝秀の場合、「向」は第二尚氏の按司以下の親族の姓「朝」は名乗頭である。
門中で共同の墓(門中墓、いわゆる亀甲墓あるいは破風墓)をもち、かつては同一の墓に入った。
門中の結束は固く奨学金を出し合ったり、託児所を作ったりもする。
女性の側から見れば、女性が門中を継げないなど、現在の一部の視点から見れば、差別的な制度とも考えられる。
現在は、門中意識は次第に薄まってきている。
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ビジル信仰

2017-03-30 17:30:58 | 沖縄情報



どうしたんでしょうね。
ビジル信仰の質問が幾つか来ています。

5年ほど前に集中的に書いていた記憶がありますが、簡単にまた書いておきます。

沖縄では旧暦がいまだに力を持っており
まるで裏表の様に使い分けている人が多いですが。
沖縄の先祖への行事が旧暦なのでこれを使わざる得ないです。


沖縄は自然崇拝ですが先祖崇拝の方が強い
自然と先祖崇拝が一体化していると思います。
ビジル信仰は私から見ると御先であり縄文の時代を伝えていると見ています。

ビジル信仰の場合、中部に色濃く残されていました。
旧暦3月4日「清明祭=シーミー」からスタートし冬至までの行事がこれに沿って行われていた
形跡があります。
今でもそうだと思います。
御先の場合、旧暦9月15日のビジル信仰と
ビジル祈願が重要な行事となっています。

ビジルは御先ですから
旧正月、旧盆などがありません。
古い形態を伝える神事です。
ビジルは石を奉ったものでものが生まれるという視点に立ち
安産や子供を授かりたい人達が出かけて行きます。
縄文の流れですから石が神様であるのは頷けます。

ビジルというのは沖縄全体共通の呼び名で
名前を変えられるという事がありませんでした。
御先と同じですね、名前を変える事が出来ない神様であるのでしょう。
沖縄のノロ達は御先を凄く恐れますが、これは縄文の神ですから怖さを知っているのだと思います。

一カ所だけが違った名前で呼ばれています。
北谷のクイミンドー御獄。

私は北谷の重要性に目をつけて
色々と研究調査を続けていますがこの他とは違う名称にもこれが現れています。
沖縄では最初の王が隠されていると言います。
これは世界共通で最初の人が隠される物語が作られている。

この視点から見ても
北谷の扱いが違いますが、ここは沖縄南城市に伝わる沖縄最古の稲作が行われたという伝承より
はるか以前に稲の話があります。
これは弥生系がもってきたのではなくて
縄文も稲は作っていたと言いますからこれを北谷の稲が天願の洞窟に最初に納められたので
名前を変えられているのだと思います。

ただこれは説が幾つかあるのでまだ調べなくてはいけないものがあります。
天願までどうして北谷の稲を持って行ったのか?という説。

これまで書いたように
北谷沖の龍宮大神殿の事があるのだと思う。
海底ピラミッドです。
ここが龍宮の大神殿であることが密かに語られ続けていました。

こことの関連があるので
北谷は水が多い所ですが水稲であれば弥生と言いますが
陸米であればまた違う事も考えられます。
雑穀は食としていた形跡がある縄文。


何が言いたいのかというと
ビジルが或るところは古代に新しいものが生まれた最初の場所であるという可能性が高い。





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未来の視点

2017-03-30 14:11:47 | 沖縄情報



トランプ米大統領の長女イバンカさん(35)が正式にホワイトハウス入りするのですね。
肩書は「大統領補佐官」になる様。
無報酬だそうです。
私から見ると役割はシャーマン(祝女)の立場の様に見えますが、無報酬は当然なのかもしれません。
琉球王朝の王と聞得大君と同じシステムに近いですが。






さてご神事が終ったあと沖縄など供物に甘いお菓子が多いですから
参加者全員で食したりする事が多いです。
不思議に甘いものが食べたくなるとほとんどの人が言います。
私の実家はユタの溜まり場の様な所でしたから
神事が終ると実家に集まって
お茶大会になりましたが、甘いものをワイワイ言いながら楽しそうに食べていました。

これはある意味では面白いですよね。

弥生系の神々の神仕組みの神事ですから
農業を取り仕切る弥生系企業がこれまで人類を引っ張ってきた
砂糖と小麦文化とピッタリリンクします。
弥生系神事と現代食は同じ周波数と見る事も出来るのかもしれない。
同じ脳の周波数だという事が出来る。

ただ時代変容だとは言え
果して古代の食に戻るかどうかは何とも言えない所です。
食を生業としていた私から見ると糖質制限だけでは物足りない情報量。
報道を使われると操作は簡単ですし。
一般的に食の変化を促す決定打がない。
糖質制限だっていつまでの流行りか分からないですが
何かに吸収されてレベルアップする可能性が強いと見ています。

食は時代によって変わるという事を自分の仕事から身をもって体験したので
これも報道を通じて
操作されると意図的に流される、人気タレントを使って料理番組の餌食になり
同じ方向へベクトルを向けられてしまいます。
これも人それぞれなので何とも言えない所。



人を引っ張れる、時代を変えられる人というのは
ジョブスの様なエキセントリックな人の登場が或る意味では必要で
偏った人を必要としている文化という事もあり決定打がないのかもしれません。


ただ、未来においてウイルス云々の登場になると流れが大きく変わる気もします。
このままいくとこれに行きつく可能性もないとは言えない。
情報操作ですが。

これは大神島で発行された「うぷし」の大神島の昔の素食を見ていて色々と考える事が多かった。
素晴らしいシンプル食です。
病気になり様がない。
そして昔の大神の家の建て方が本当に質素でこれも素晴らしい。
これは大神に限らず宮古島の家の建て方であったのでしょう。
大神に人が住み始めたのはそれほど時間が経過しているわけではないです。
これらの情報は定説も伝承も裏表一緒。
裏表同じというのは信頼度が高い。

今は一般人の夢がマイホームという幻想を植え付けられているので昔の家の建て方では
台風の時、洞窟に非難するしかないですね。



「聞得大君」ウィキから
聞得大君の美称辞で、「君」は「カミ」の意で、従って「大君」は君の最高者という意味であるという説がある。
琉球方言で、チフィウフジンガナシ(聞得大君加那志)と称した。
宗教上の固有名詞となる神名は「しませんこ あけしの」「てだしろ」である。
聞得大君は琉球王国最高位の権力者である国王のおなり神に位置づけられ、国王と王国全土を霊的に守護するものとされた。
そのため、主に王族の女性が任命されている。琉球全土の祝女の頂点に立つ存在であり、命令権限を持った。
ただし祝女の任命権は国王に一任されていた。
また、琉球最高の御嶽である斎場御嶽を掌管し、首里城内にあった十御嶽の儀式を司った。
就任儀礼
沖縄本島最大の聖地である斎場御嶽において就任の儀式である「御新下り(うあらうり)」が行われた。
「御新下り」の本質は琉球の創造神との契りである聖婚(神婚)儀礼と考えられている。
宗教観念上は、この聖婚により君手摩神の加護を得て聞得大君としての霊力を身に宿すのである。
就任後は原則として生涯職であった。
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雪崩は蛇穴をねらって起きる?

2017-03-30 09:12:53 | 沖縄情報




悲劇的な那須のスキー事故ですが
雪崩現場が山の窪みなのですね、ここで雪崩にあったようです。
山の窪みと聞いただけで胸が騒ぎますが
山の窪みは蛇穴と呼ばれ古代の人はこういう場所を嫌っていた気配があると
古代史の本で読んだ記憶があります。

個人的考察では嫌ったというより
何かが生まれる場所なので立ち入ってはいけないということではないかと
思っていた時期があります。
雪崩は穴をねらっていくという話も聞いた事がありますが、これはよくわからない。
蛇穴の事でしょうか?
陰陽論で言えば窪みには窪みを埋めようとするエネルギーが生まれます。

裏の創造エネルギーが貯蓄されるのか?
都会では住む場所のすぐ裏手が段々畑の様になってその上に家が建てられている場所も多い様です。
霊的にみると危険極まりない場所だと
風水師から聞きましたが、やはりエネルギーの滞りをいっているのでしょうか。
沖縄の縄文の聖地には、窪みが或るところへ人が行かない様に碑が建てられている場所がありますから
窪みというのは何か私達の知らないものを秘めているのかもしれませんね。
窪みはアスファルトの道路であれ水が溜まりやすいですよね。
家の庭先でも水がたまる事がありますが、水が引かない場所は霊的視点では色々と言われます。
逆に水が溜まってもすぐに渇く場所はある意味では吉と捉えるようです。
確かに庭での野菜栽培などこういう場所が豊作。

私は水が生成されて創造エネルギーが誕生する場所を蛇穴というのではと考えています。
自説なので外れているかもしれませんが。


雪崩事故は報道で見ると
責任者は「雪の上を歩かせたかった」と述べていますが
関係者は経験からくる慢心が惨事を招いた可能性を指摘しています。

慢心に魔がさし混んできたのでしょうか。
慢心に付け込む邪ほど怖いものはないと記事にすることが多いですが
このブログはスピリチュアルアルに興味が
ある人が多いのでこれと兼ね合わせて書く事が多いです。
慢心したスピビジネスの人ほど怖いものはないと思いますが
結局は一般社会でも教師の慢心から来る自惚れで人の命が奪われてしまっています。

慢心している人は自分で気が付かない人が多い様な気がします。
人から指摘されると激怒する人も入らっしゃるようですし。
指摘する人に慢心が在ればお互いぶつかりますね。    






さて、現代は完全に悪に染まった人は存在しないと言います。
半分以下説が根強いですが根拠はわかりませんが、感の良い人に降りた情報なのかも
しれません。
半分の人が悪に染まっていると喝破した哲学者がいましたが
私思うに本当の悪って自分の保身に走る人達ではないかと思っています。
自分が悪だと知っているので他者に責任転換。

パーセンテージ的に高いレベルの悪は簡単に見破られてしまうので
巧妙に立ち回り悪を隠そうとするのかもしれません。
自分は善であると行動する人こそ悪を少し入れて周囲を騙すと言いますから
本当の悪党という可能性もあるわけですね。
善人ぶった悪という人は多いかもしれません。
宗教が悪とは思いませんが逆に分かりやすい、疑問を持ってみ見ればわかりやすい。
悪の概念は人それぞれで異なりますね。


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魔法

2017-03-29 16:40:08 | 沖縄情報




さて先島諸島の自衛隊問題ですが
与那国に先手で自衛隊が入っています。

これについて幾つか質問がメールへ送られてきました。

もう何度も書いていますが
あくまでも個人的な私見ですが、天照大神とされる中東系海洋民族集団が移動してきた海路を
そのまま古代の螺旋を意図的に反対に回して
与那国から再スタートしている様に感じています。
軍神の帰還。

何年も前から書いているので
宮古島の居酒屋で酒を飲みながらこの説を面白おかしく話している地元男性達が
いたと友人から聞いて、居酒屋であれ何処であれ宮古島古代史の自説が誰かの口から語られる事に
書いて来て良かったと一人で喜んでしまいました。
失笑される事がが多かった説ですが、少しづつ広がってきて宮古島の人達の中には
島の古代を見つめ直す人達が出た来た事を心強く感じています。
島は空前の古代史ブームで宮古島関係の事が書かれている古代の本が
売れると本屋さんに聞いて個人的には喜んでいるところです。






これから石垣、宮古島と海路で同じ道を辿りながら続いていくのかもしれません。
問題は軍が宮古島に入ってきたとしてもすぐに出ていくと思いますが
如何様にして島から出ていくか?

これが気になっています。
「ハイさよなら!」で出て行ってくれるのか。
石庭の管理人さんとの談話で思い出すのは
中東系海洋民族は同胞を宮古島本島に残したという説を唱えていました。
これは大神島の伝承を池間の管理人さんと同年代神人から聞いた様です。
基地と言えばそうなのかもしれません。
太陽としたのでしょう。

宮古島の自衛隊問題の流れで天照集団が伊平屋に上陸し九州を目指したと言いますが
私はこれから伊平屋島が浮上しここに飛行場が作られる可能性があると見ています。
上陸地というのは後々、飛行場が作られる事が多い。
伊平屋が古代、今で言う国際船の交易があったとすればですが王府が大事にした島ですから
可能性はあるでしょう。


古代の神々の流れで様々な物がリニューアルされ進化しながら次世代を見る地球文化。


伝承は古代からのものと
第二次世界大戦前夜とリンクする内容が残されています。
現在第二次世界大戦前夜の沖縄本島の猛攻撃からこれを考察しています。
石庭の管理人さんと話をしながら考察した内容。


この中東系海洋民族集団の移動経路は5,6年前の記事に
何度も書いた記憶があるので検索してみてください。
この天照大神集団というのは一人だけでなくいくつかのグループに分かれて
沖縄経由、九州経由として分かれて降臨伝説がある様な気がしています。
先発隊と後発隊。








さて国家って魔法を使っている節がありますが
何もアブラカブラカデブラを呪術として使う魔術師を使わなくても
国民を平和で理想的な状況に置かなければ魔法は自然に生まれます。
要は魔法は平和な環境からは生まれない。
報道が魔術師の役割を果たしているのかもしれません。


国家の望みを達成するには
不幸な状況を意図的に生み出せば良いという事で、ここから新たな物が生まれますが
良いものだけを生み出す事はないようです。
不幸な状況というのは個人でもどん底であれば、無欲でここから抜け出そうと力が
生まれ一生懸命夢に向かう事が多い。
国もそうであり、これは国家が良く使う魔法のようなものかもしれません。
先島トリックに色々と魔法の手法が使われている気がしています。



追記20時30分

伊平屋の空港予定地は野甫(のほ)島。


住所が沖縄県‎島尻郡‎伊平屋村‎野甫(のほ)‎島
宮古島の大神島行の港は島尻港。
これも私見ですが間違いなく縄文石工テクノクラート集団が作った人工島。
伊平屋の天の岩戸伝承のクマヤ(熊野)洞窟もそうだと見ています。
場所は島の最南端。
大神もそうだと私は思っているので、刻印が同族という可能性もあります。
ただあの時代は支配する側が後から来て先住民の聖地を頂くという事が多々あるので
この辺りはまだ調べてなくはいけないです。
伊平屋と大神は同じ人達の可能性があります。

沖縄では島尻は三山のうち南山領地。
南城市ですね。
那覇は含まれず。
島の南という意味で島尻という名称がつけられたとウィキにあります。
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熟す時代

2017-03-29 08:21:29 | 沖縄情報



高野山の修行僧に「現実を生きながらその行いから死後と来世を考える様に」と
アドバイスを頂いた事があり
いまだに心からこの言葉が消える事がありません。
不正からくる行いの注意をいったのでしょうか。

インストラクターを始めたばかりの頃で
世界を股に掛ける事を夢見ていました。
これに対して「商魂」を抜く様にとも言われたのですがこれはもう理解が出来ます。
商魂たくましいという言葉も絶妙な言葉で
魂に商魂を記憶させるとエゴ優先が表層に表れ、本人がエゴをエゴと認識が出来ないようです。
これはスピリチュアル世界でもそうで、名だたる神様をお金儲けにしていますが
これに気が付かないのと同じなのでは。

裏で不正を行い営利優先する人の
魂のレベルが高く感じられないのはこれなのでしょうね。
何時か不正はバレるのに。


魂は現実の私達の行いと思考で進化していくわけですから、不正がいかに魂のレベルを
落とすかに気が付けばこれらを行えないはずなのですが。
日常とビジネスは別という人の事も記事にすることが多いですが、これが見事に魂のレベルの低さを
語っています。
まず口にしている時点で魂に記憶を刻印し続けているのですから
自動的に無意識にこれが行動に出るはず。

シュタイナーが言うルシフェルを悪としてこの世界に降ろす必要が
あったという説は結局バランスの事を言っているのだと思われます。
宇宙には善悪バランよくプラスマイナスで配置されているのですから
偏ると悪がうまれるのですね。

魂を肉体の呪縛から解き放ちこれを超えて生きていく世界に生きているというのは
個人的にも薄々感じてはいます。


魂というのは何の教育もいらないという説もありますが
そうだとしても身体に囲われているのですから、解放を目指すのであればイメージだけでは難しい。

魂の力を強化するのはどう考えても日常の行動と日々の思考にあると思います。
やはり現実で意図的なルール違反と不正があれば
魂がどんどんこれらを記憶していくいのですから、修行僧が言ったように
この世界を終えた時に鈍く光を放つ力のない魂として宇宙にいる事になるのかもしれません。

魂の世界の事は想像も出来ませんが、今の文化の延長上であれ魂の光が鈍く輝く宇宙にいるというスタンスは
やはりパスしたい。
修行僧が言っていた事にもう一つ続きがあり
鈍く輝く魂をこの世界に再度、送り込むとき現実レベルでの進化で霊的魂を目指して霊世界を忘れて
一般人はこの世界に人は誕生します。

鈍く輝く魂は一般とは反転して生まれて来るんだそう。
まず霊的な力を持って生まれてくると言います。
幼少の頃からの他の人とは違う霊的体験をする。

そして現実レベルでこれを落とし込みながら人生を紡いでいくのですが、この力を持っているがゆえに
慢心しがちで魂の修業に滞りが出来るんだそうです。
見方によっては幼い魂という事も出来ます。
こういう鈍く輝く魂というのは現実世界で反転していますから、現実の嘘の光で輝く様に見えるのですね。


どうして一般人と反転させて誕生するかというと
あまねく宇宙の大変化で人間は現在進化がもっとも必要なのですが
宇宙意識が行うこの人たちの応急処置的な物で
反転させてこの世界に生まれると言う見方もあると聞きます。
あの世での魂を光り輝かせるための宇宙からの最終救済。

これは大体において霊世界を学ぶ人に取って聞き捨てならない内容です。
それでも何となく一理ある気もします。
能力者と自負する人を見ていてよく分からない幼稚さを感じていましたから。
人が人を崇める危険性も教えている気がします。


魂は現実での行いで魂自身が自分を信じる事が出来るシステムだそうですから
現実の行いで不正があれば
魂は霊的な風を自らに吹き込むことが出来ずに
最も霊界に近いドアが全く微動せずに閉じられたままだと言います。


果実(魂)は日常の思考と行動の一致で熟させる必要があるという事を教えている気がします。
どんな人にもチャンスは与えられている。
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雪崩

2017-03-28 14:47:53 | 沖縄情報



悲劇的な雪崩に多くの若者が巻き込まれてしまったのですね。
昨日、行方不明という報道から今日まで内容を知らず朝になって知り、若者が巻き込まれた事に
言葉をなくしてしまいました。
不慮の事故としか言いようがないですが、準備不足があると報道が伝えています。
ビーコンを生徒が持っていなかったと。
もしこれが事実だとすれば、ここにも引率者の慢心からくる自惚れが見られます。
リーダーに自惚れがあると命に係わる事を教えています。



この雪崩が起きた辺りは山岳信仰が根強く残り
温泉街もそうであり那須連山の山岳信仰の為、聖地へ上る登山ステーションの様な機能を
持つ山であったと伝承があるそうです。
山腹には九尾の狐と殺生石の伝承などがあり、山岳信仰に因む伝承が多々残されていると言います。
複数のお社があり、温泉群にも信仰信仰に因む名前が付けられている言います。
神様の名称を見るとほとんど縄文と繋がる名前が残されています。
何か、大きな力が動いたのでしょうか。
火山ですよね。

茶臼岳東麓に在る信仰に因む地名は以下のとおり。
高雄温泉=高雄神に因む。
弁天温泉=弁天に因む
八幡温泉=八幡神に因む。

殺生石付近の神社群
温泉神社 見立神社 愛宕神社

ウィキによると、那須の山々は茶臼岳の山裾に乗っていると言ってもよいそうです。


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人の作った結界を超えよう

2017-03-28 08:22:57 | 沖縄情報



大神島が発行した島の冊子「うぶし」ですが
神様の事が何も書いてないと言う人もいらっしゃいますが
これは私は読み手が何を求めているかで決まると思います。
これは如何に未来を生きていくかの大神の人達からの贈り物の様な本です。
無駄がない生活形式。


私から見ると次世代いかに生きるかのアイディアの宝庫。
如何にシンプルにお金に影響されないでこれから生きていくかの情報の宝庫です。
冊子を見ればまず社会に影響される事がない島人達。
これからの時代、これに尽きます。
共同体など既に出来上がっていますし、これをモデルにしてもおかしくもない生き方。
スーパースターを作らない共同体。

自分達で想像しうるがままの島を形成しています。

祭儀に関して宮古島外の人を入れてしまいこれが
高齢者を最終的に傷つけてしまった反省もありまた厳しくなってしまいましたが
多くの大神島出身者がこの島に帰る事を望み始めていると言いますから
これでよかったのではないでしょうか。
上から目線で島に入り込むと
島どころか宮古島からも追い出されてしまいます。
バランスでしょうか。
これは宮古島に限ら移住者を求める過疎化した土地であれば何処でも同じでしょう。


コメント欄にユタノロシンドロームという言葉が出ましたが
逆もありでクライアントシンドロームも存在すると私は見ています。

それでも祭儀を重ねてきたノロから学ぶものは多いです。
南西諸島の古代史には欠かせない人達で、本人たちは意味を知らず行う祭儀に
渡来してきた祖神の出自を表す物を表す事が多い。










さて結界やら何やらと気にすることが多い世界ですが、意識が高ければ結界などいりません。
これ断言しても良いです。
結界を張る人の日常での行いがどうなのか?
平気でルール違反を行い
不正を行う人達が作る結界ほど怖いものはないですパス!

私達はここから離れて生きるべきで、自らの外で起きる事に対して
何に対して心が反応するかで自分の心が認識出来ます。
外側で起きる事を内側で高い意識で中和する必要があり
囲いを作って戦ってもしょうがないわけです。
ムラ意識に繋がる。


結界って感覚的な物だと私はスピリチュアルの勉強から学んだ気がします。
感覚的な物を行っている時、人は霊世界の外に立っていると言ったのはシュタイナー。
人間の本質はどう考えても感覚に属する場所でなく霊世界に根ざしています。
感覚的な世界に入り込む超感覚的な意識がここで獲得される学びを魂がどう感じるかで
感覚的な体験が自分の本質にどう干渉しているかが明らかになるんだと思います。

あくまでも個人的意見ですが、スピリチュアルを学んだ人達が
魂の強化は現実で不正がない状態の行いで強化されると言う事をまだ知らないと言う人が
いると言う事に驚かされます。
不正を平然と行う人に魂が高い人はいない。
お花畑スピリチュアルとはよく言ったモノで、人を思い通りに動かそうとする人に好んで
寄っていく。
サイキッカーというのは何処でもいますが
この人たちの魂が一般より強いと言う事はまずないです。
現実でいかに生きるかで全て決まると思います。
不正があっては霊的な道への参入が遅れると言う事は世界中に古代から伝えられている。
サイキック能力と魂の強さは別物。

この時代に来て他の人から結界云々と言われること自体
こういう人を引き寄せる自分に
魂が何かを教えているのかもしれません。
自分でやれば良いだけで土地の浄化であれば神社に頼めばいい。

話が逸れましたが
魂は感覚的な世界にいる事を好まないと思います。
だから一瞬の閃きで答えを与えてくれるのでしょう。

魂は感覚的な世界の取り込まれる事を好まないので長居を好まず
人がここを好めば
現実で様々なサインが魂から送られてくるのだと感じています。
ただ感覚の世界にいて学ばなくては内容が多々あるのも事実だと思います。

魂は常に独立を求めているはずですから
自らの学びの歩みの中で感覚を通して学ぶ事を通過する時間がある事を認識はしているはずですから
卒業の時が来て
まだサイキック領域を徘徊していれば日常生活での破綻は色々なカタチで現実化。
家庭内崩壊が多いと聞いた事があります。
感覚的な世界は必ず通過はする様ですが、卒業の時期を間違えると常にチヤホヤしてくれる人たちと
周囲に蔓延らせる世界で沈殿してしまうのかもしれません。

ビジネスでなくても他の人に降りるサイキック情報をありがたがる人はまだまだ多いですから
お互いが、サイキックシンドロームに陥っているのは
間違いないでしょう。


自分の魂は自分自身の責任において日常生活で鍛える時代にすでに突入しています。
私は自分の足を強く引っ張り自分の世界へ火込もうとする無神経極まりない人からの干渉を避け
魂を強化する為には
周囲の人すべてを切る事もします。
いつまでも感覚の世界で生きる事は出来ない時代です。
魂が強化されると集団で動く人がいかに心根が浅いかも見えてきます。





















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