美らごはん(new version)沖縄と宮古島

   ブログの無断転載をお断りします。
   

匂いの記憶

2014-06-30 13:00:53 | 沖縄情報
水無月のことを記事にしたかったのですが他のブログで既に良い感じで書き上げていました。

そのブログで(戦争を進めたい人は幽界につながる)という記載がありなるほどと
思った次第です。


中傷の渦に嵌ると独特なエネルギーが幽界だと気がついていましたが、同じ
ようなものなのですね。
し掛けられた意図的な悪意も幽界でしょうね。
気をつけなければいけないですね。


必要のない情報を断舎離してから、気が楽になったのはこれかもしれません。
余計な気を受けなくなったのでしょう。


さて、先週久しぶりに二輪ライダーのピットを映し出す番組を少し見ていました。
トップを走るライダーの顔は10年前も20年前も変化がないです。
凛々しくて、ヤッパリ300キロの世界で生きている人はなかなか出会えない
オーラがテレビを通しても見えてきます。
懐かしい気持ちで見ていました。
ピットに漂うオイルの匂いがよみがえってきました。
サーキットのピットは独特に匂いに満ちています。
匂いを思い出しただけで一瞬であの場に戻りますね。

強いて言えば、ヨーロッパグランプリも良いですが鈴鹿を見たかったです。
水素エネルギーにシフトの話も聞きますが、ヨーロッパでの二輪レースは
文化の一つになり多くの人が待ち望むイベントになっています。








古代人達は移動の際、何を目安に移動したかですが海流とか風などもそうですが
渡り鳥の移動も視野に入っていたのだと思います。

渡り鳥が移動する先に、同じ地名と文化が似通っているところもあり断層と関連している
事を探し出す事もできます。

宮古島諸島には島民であれば屋号があります。

移住者不思議物語のひとつに借りている家屋の屋号をそのまま受け継ぎたい人もいると聞いて、絶句した
事があります。

その受け継ぎたい屋号のご先祖の様々な血に刻まれた事も引き受けてくれるのかしら?

こういったことはないとおもいますが、霊的執着の強い人は様々な出来事の中でおきていた悪因まで引き受けてくれる
ようです。
ある意味ありがたいのかしら?


さて御先の種の保存方法を調べていて気がついたのですが、屋号はネットワークシステム
ですね。
DNA塩基配列のように連なります。

沖縄本島は屋号があるところとない地域ありますよね。
これ調べていないので確実ではないです。

ただ、嘉手納には屋号があります。
中部です、御先信仰文化の流れはウミンチュ(海人)なので当然といえば当然ですが。




嘉手納は超古代国際都市のようなものだったと伝承から想像が出来ます。
勝連のラインへ続いていますから、アマワリの最期の戦いのルーツを察することが
出来ます。
ライン的に嘉手納、勝連、浦添、首里文化と移動が続きます。
これはUターンしてきますから、辺野古と嘉手納がいつ開くか?


首里にご先祖の縁がある著名人などは首里城向きにお墓が作られているといいます。
モット先を読めば紫禁城までのラインでしょう。
西向きですね、王府関連は。


後で続きを書くかもしれません。





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北谷王子

2014-06-29 13:21:22 | 沖縄情報
北谷王子の「ミミチリ坊主」のことついて質問がありました。

「耳なしほういち」の元ですね。

書いていなかったのかしら?

ブログ内でみつかりません?


もしかしたら書いていないかもしれないので、北谷王子の物語なので
後でかきましょう。


追記20時30分

耳ちり坊主の物語はネットでも検索できますね。

メモが見つかりませんの興味のある方は
検索で。
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古代都市

2014-06-29 07:51:43 | 沖縄情報
御先世信仰を踏み込んで書くほど資料がなくて題材に乏しく、次の題材を何にしようか模索中。
ただ、御先も古代ユダヤの色が途中から濃くなってくるようです。

時代の途中で統合された個人的インスピレーションもあります。





古い祭祀、神事など宮古島に消えそうになっても司の涙ぐましい努力で残されています。
時代の波の変化は昨今、目に見えるような形で迫ってくるようになりました。
気象変動は私達に警告として来る近未来に備えるよう、何かを教えてくれています。





話がそれました、戻します。
ただ、ムルチの沼の伝承は違った形で有名です。
白い蛇が住んでおり蛇から人身御供を捧げるよう村人が脅され、しぶしぶ若い娘を
蛇に捧げるところへ若き王が若い娘を助けるという、白馬の王子様的ストーリーが
残されています。
ムルチ沼の看板にも書かれていたような記憶が。
古代キリスト教国で神話として聞かれる内容ですね。




この白い蛇は嘉手納の道の駅に基地を厳しい目で睨むように建てられている白い竜の
モニュメントとリンクすると私は見ています。
鳥ではなく白い竜をモチーフとする勢力が暮らしていたかもしれません。
もしかしたら白い竜をモチーフとする勢力が他に占領されたという事もあり得るかもしれませんね。
基地を支配する人たちって三種類いると聞きます。
沖縄をそのまま利権としたい人たちと、基地から開放し跡地を沖縄の為に生かしきりたい
人たち。
もうひとつの勢力はちょっと思い出せませんが、バランスを取る役割で少数派?
だったような。


ここのストーリの考察もすんでいますが、一言で言えば救世主的シナリオが未来に
ここで起きることを古代人達が教えてくれているのだと思っています。
天体祭祀を行なっていますし。
救世主という名称は人物的なものではなく地のエネルギーを示唆していると感じています。
この場所の土地名は450年ほど前に変えられたといわれていますが、以前の名称が
(中央)そのまま沖縄言語で残されていました。
コザ市にセンター通りと言うシャッター街になった場所があるのですが、これから
あの場所は必ず開きますね。
地下のラインが重要ですが、ある高いビルがエネルギーを遮断しています。
センター通りとゲイト通りは非常に重要な意味がある二つの通りです。
ただの米兵相手のショッピング街ではないんです。




救世主のシナリオをインプットしていますから、その後の天願断層のエネルギーラインが
変化(現在閉じられている)し時の花咲く時代の星の接近を待っているのだと私は
見ています。
救世主のシナリオであれば、必ずこれは登場してきます。
いや、登場させてきます。
古代のラインにポイントがのこされていますね。
大きな国家的祭祀、有名神社詣で多くの人は忘却の水を意図的に飲まされていた時代
だったのかもしれません。


白い蛇伝承のある古い聖地には多くの人たちが北谷の港に着いた伝承も
残されていて、ここが首里王府以前に栄えた国際港の名残として残されている伝承でしょう。
しかし、ほとんどが消える運命にあるかのような伝承となってしまいました。
この伝承が完全に消滅する頃、沖縄は栄華を誇った太古の中部の時代に再び反転するのかもしれません。



王府も米軍もある意味、この場所の消しゴムとして登場してきたのかもしれません。
王府も薩摩が消しゴムとして登場したし。
アメリカは何を消しゴムにするのか?
100パーセント水のエコだろうな、それしかないし。

中部は太古に水力で発展した超古代都市だよ!
史実からの証拠はないけど、個人的には北谷沖に沈む大龍宮神殿ピラミットがあることだと認識
しています。
古代の水のラインをあちこちでまだ見かけます。
まだ流れている。
水のラインが枯れているのではなくて人の手で変えられたのですが
これが又古代のラインに向かって流れを変えてきています。
何名かの知人、友人達には場所を教えましたよね。
ライン変化は確認済みです。



時代が回転するのでしょうが、今回は回転で終わることがあるのでしょうか。
もし回転するのなら再び、太陽信仰の元で進化を続けることになりますが
そうはならないような気がします。

沖縄の古代の栄華を残すムルチ沼には12天体の転写として12の骨神が今でも
沈められています。
12種の人種ということでしょう。


太陽信仰というものは常に国家が国民を犠牲にするように、全く同じシステムで
作用します。
国家自体が太陽信仰ですからシンクロしますね。
現状のまま生活を続けようとすると国家的祭祀に巻き込まれますね。
無視は出来ませんが、良く見ながら違った路線も視野に入れたいです。



ニガイはこういった仕組みでまだまだ続けられています。
霊的ビジネスは太陽信仰文化の延長上にドップリ漬かっているように見えます。
これを知っていて何とかこことはライン別に仕事を続ける人も見受けられますが
私から見ると全く同じ。

人の力を間違いなく自分側に取っています。
完全に霊能者ビジネス。




自分が健康で暮らせることに感謝し、一年に終わりにその結果を神仏へ
伝える時代がもうそこまで来ている感じがします。


















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鳥から見る古代

2014-06-28 06:42:39 | 沖縄情報
世界中何処でもそうですが、古代のことを調べると必ず鳥のモチーフが登場します。
日本ではある地域では鳥のことを(ミサキ)と云う場所もあります。
縄文ですね

アジアでは古代、船先に白い鳥の姿のモチーフを立てて守り神にし、道しるべとして
しています。

ヤマトタケルは白鳥になったという伝説もあります。

宮古島にはクロサギが生息していますが、この鳥は太古に生息していた
鳥との関連があると野鳥愛好家から聞きました。







沖縄の信仰体系で使用されるお線香の本数はほとんど龍宮信仰から来ていると聞きます。

水への信仰と思想の底の由来であるとも言われていて、数字で分けられています。

私は御先信仰について学んではいますが、まず教えられる先生がいない、先駆者がいない、資料がゼロ
と言う事があるので想像と他の方の人との会話から来るインスピレーションがメインに
なります。
前提が御先の基礎的なことを知っているという人との話なのですが、これについて
勉強している人が少ないです。
資料ゼロですので足で伝承を探す作業が必要になります。

御先は火が禁止されている信仰ですから、火を使わない時代からのものだと云う方もいて
その視点に立ち俯瞰すると腑に落ちる内容が多々残されています。

水の信仰には底がつきもので、3底、7底、12底に分かれていて中部を流れる幾つかの川を
信仰の対象としているようです。
大体この川には深い洞窟が関連してきます。
宇宙を転写している池間と同じ信仰体系ですね。
この底(スク)は天体信仰でも見え隠れしますので、古代人は天体の位置が地球にもあり作用が
リンクすると捉えられていたのかもしれません。


ヒヌカンは12本使うようですが、昨今何種類かあると聞きます。



御先世信仰は「今の世、中の世、神の世と三つに分けられています。
三つの型にはめられたように感じますが、その合間に様々な思想もインプットされているように
感じていてこの信仰のユニークさを感じられたり
要は逃げ道が幾らでもあるというか。
多神教の強みでしょう。
一神教は逃げられない仕組みになっているようで最後に人を苦しめる様な気がします。


御世の古代人の種の保存方法はミトコンドリアまで学ばないと理解は上辺だけになりますが、上辺
だけでも面白いです。

今の世、中の世、神の世は、今の世から中の世までを22とし位牌23代以降は全て神代、いわゆる
神の世(裸世)として取られられていて、個人的には23が反転を表しているのだろうと
感じていて、22までの時代の終了が御先を感じることが出来ます。

御先で年代をカウントする事もできます。
又各時代もカウントすることが出来ます。
これまでの激動的な年代を御先で割り出す事も可能だとおもいますが、面倒。

カバラの基礎的なものではないかと捉えています。

22と23で反転を表しているので、前後を表している事から私が感じたことでは陰陽を
表していることになります。


追記22時20分

これらの古い信仰体系の伝承は時代背景を調べるのに大変な作業が必要となります。
私には難しいです。
時間的に。

又、時代背景が伝承に必要かどうかも今のところわからないところです。
型というものがあったのでしょうが。
現在 過去 未来の分離思考体系が世の中を占めているので、同時に存在すると
いっても難しいですが、個人的には同時に存在していると思っています。
だから気がつくのだとおもいます。
そうじゃなければインスピレーションもわかないし。
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木村さんとの会話

2014-06-27 18:57:19 | 沖縄情報
私個人が思う、いわゆる次世代には例え自然信仰であろうが神社であろうが先祖崇拝で
あろうが形を変えるのではないかということを、りんごの木村さんについ先日話したところ
面白いことを云っていました。

「私、ものすごい苦労しているとき神頼みもしたけど何一つかなわなかった」
全て自分の力でやるしかないと思ったそうです。
それでも、成功に導いてくれたのは見えない世界の力だとも。
それを自分でどう現実で使うかということだと。

そして「私は神仏に頼みごとは一切しないことに決めた、だけど結果は必ず報告するよ」
どんなにお願いしてもりんご一個ならなかった
苦しいときの神頼みは間違っていた。
それ以来、神仏に手を合わせたことはない。

だけど誰かのためになるのであれば、力はいくらでも貸す私でよければな。
口でいい事言ってもな、土壇場で逃げていてはダメな!
逃げる人は地球と一緒に変われないかもな。
土壇場で逃げる人ってさ、土壇場で逃げるんじゃなくて最初から逃げることを考えているの!
いつもいつも誰かに責任を投げることで頭が一杯でな。




木村さんにも宮古島の古く伝えられてきた神事のを色々と話したところ

「これまで島の皆さんで大事に護ってきたのね、でもさ時代はもうすぐ変わるのよ
主人公がさ、変わるのよ。
だって過去も現在も未来もさ同時なの。
見てこれる人も世界にはいるでしょ、だから同時にあるの。
地球わよ、何千年前かに変わったのよ、きっと次元が違う地球があるよ。
自分のこれまでの体験から思うのよ。


私思うの、今の地球は目に見えなくなるよ。
だってさ、もう畑が違うのよ、前と。
見えない人には見えないけど、見える人には見える!
いちいち説明しないけどな。
自分のことは自分でしか変えられないの」

さらに話は続き最後も
「みんなさ、私、私ってばっかり。
私がやる、私はこうだからこうって。
どうぞあなたがやって下さいっていえば問題はないのによ、私がってさ。
あなたがどうぞって言えば人生、全部変わるのによ」。


これは少し前の木村さんとの会話です。


見えない地球はきっとご先祖様がいる世界だとおもいます。
ここに突入する時代がもうすぐなのでしょう。

何だか木村さんから後押しをしてもらったようで、確信めいた気持ちになっている
ところです。










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お知らせ

2014-06-26 14:38:36 | 沖縄情報
何処かの政治家が「次世代の党」という政党を作ったそうです。

古代を良く知っているとこういった手法も使いますね。
支配層は色々あるけど、ヤッパリ古代を段階的にコピーしてます。
「うさち」コピーだよ(笑)


良く観覧していたブログを幾つか止めて、その時間を様々な考察に当てているのですが
そのほとんどが御先信仰を考察しながら近未来の中部を考察しています。

宮古島の考察は大体において終わりました。
考察どおりに島自体が変化してきているようにも感じていて、古代祭祀から見る未来はブレがないようです。
天体祭祀、龍宮神事などから。

これらの考察から感じたこと。
宮古島は創造エネルギーを持っている島ですが、島でこれが具現化するのではなくて
このエネルギーは他の場所で花開く事が多いように感じます。
これは同じエネルギーは同じ位置では相反するものからそうなのかもしれません。

宮古島を行き来する人が不可視の世界で様々なことをキャッチしているのでしょう。
沖縄本島で花を咲かせてきたような感じもします。
これからもそうですね、ライン的に。



さて、御先信仰についてですが私のブログでこれを知った私個人から直接聞いたりして
知った方々も多く、興味深く御先を見ている人も多いです。

うさちについて書くと様々な場所を明記しなくてはいけません。
これは止めることにしました。
期待していた方々もいらっしゃるようで申し訳ないです。



宮古島でも聖地がある集落の御獄に出入りする人が後を断たず、島の人を不快にすることが
まだまだ続いています。


同じ事が本島の中部の小さな集落で起きても困ります。
私は宮古島の大聖地とされる場所は書いてきましたが、大神島から出たアマテラスと呼ばれる勢力
がコピーした古代人が暮らしていただろうと思われる場所はほとんど記事にしていません。




それでもうさちは基地内に聖地が集中していますので、ほとんどが手がつけられない状態でそのままで残されているのが
現状なのですが。
以前も書きましたが、ただならぬ聖地に残された洞窟龍宮大神殿の気配を感じ取った米兵が大事にしている事も事実と
して耳にしています。




「うさち」に興味がある方々、どうぞご自分で歩いて気配を感じ取ってください。
伝承も必要になるのですが、この辺が少し入りづらいかな?


御先のルートは伝承が重要になるのでこの辺もご自分で探すと良いでしょう。
私個人とは違ったルートが探せるかもしれません。

まだこの辺りは霊感だけでも難しいところがあると本島のユタが言っていましたが。
伝承を探せば大丈夫だとおもいます。

個人的な宮古島、御中先信仰ルート考察は個人的に宮古島や本島へ帰ったときにでも古代史好きの仲間には引き続きお話させて
頂きます。


一応お知らせまで。


来週、宮古島とコザへ帰ります。
今回は御先世信仰からみた古代人がいかに種(人種)の変化(四本足から二本足にいたる種)を保存をして来たかについての話。

個人的考察からこの保存方法は現在研究されているであろうと思われるクローン人間にまでつながりました。








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御先

2014-06-26 09:20:37 | 沖縄情報


東京駅は皇居を拝する為に中央に立てられたそうですが、つい最近リニューアルされました。
311の後ですが、大正時代をそのまま復元しています。
レンガって確か地震に弱いと聞いたことがあるのですが。

何と言っても岩変え、国替えの一旦でしょう。
レンガが使用されています。
レンガって粘土と岩などまた泥などを型に入れ焼くそうです。

土質の鉄で赤くなるのですね。


東京駅では真正面の役割をするのが中央停車場で天の宮城の真ん前に作られました。

レンガってメソポタミア文明の頃が使用されたとウィキに出ています。
エジプトのレンガはメソポタミアのあとからとも。
様々なモニュメントとして古代遺跡に残されています。


これが東京駅にありそのまま復元されるということ自体、古代の首都神事のコピーでしょうか。

レンガに使用される岩を周期表で調べるとアルミニムが出てきました。
原子番号13の元素。


現在の科学で言うと宇宙空間は水素とヘリウムで満たされていると見ています。
原子番号1番と2番です。
地球を取り巻く大気圏は窒素とヘリウムで構成されています。
原子番号7番と8番。

次世代は珪素とアルミニウムの時代といわれていて原子番号が13番と14番。
珪素は水晶で非常に硬い石で、アルミはぺこぺこでソフトなイメージが私の場合
あります。
アルミは酸化しやすいものなのですが、
未来は酸素が今とは違うと聞きますが、素人で想像もできない。
自然界には化合物のかたちで広く分布ており、ケイ素や酸素とともに地殻を形成する主な元素の一つでもあります。


珪素は地核の中で酸素と化合し酸化ケイ素として鉱物を支配しているともいえます。
反転させると水。
水には意識がありますから、酸化ケイ素にも当然水の同等の力を蓄えていると見て
良いでしょう。




凄く面白いのですが、沖縄の超古代信仰「御先」で原子番号を照らし合わせると
神ヶ世として捉えられる時期とリンクするものもありますし、カバラの原型的な
物ではないかと強く感じること所もあります。
周期表で見ると次世代が13と14で、御先世でも13から神の世。
12代までが中ヶ世。


周期表と沖縄の超古代信仰の区分けがリンクすることに気がついたとき、全身が総毛立ったことがあります。


こういった事もあり「うさち」の数式を勉強しているところです。
勉強したからといって現実社会で何かの役に立つという事もないのですが。
趣味です(笑)

考えてみたら
現代社会と次世代の変換する交差点を勘として受け始めたのは御先世に目をむけ始めてから多くなったような気も
しているところです。


大変な力を持っていた信仰体系であったと感じてもいますし、幾何学や古代に栄えた
文明の礎となった信仰的な基礎的なものではないかとも感じています。







宮古島の古代祭祀でも既に線香が使われています。
使わないものもありますが。


色々神事のより本数を分けてはいます。
個人的に思うのですが、線香は同じ数で同じエネルギーにアクセスしているように感じます。



「ウサチ」は火を使わないもちろん線香もない。
線香のない時代からの信仰体系です。

人間の足で二本立ちした頃から数えられる信仰体系。
御先世を調べると二種類の人間がいたのではないかと感じたり。
凄く進んだ人たちと原人と呼ばれた人たち。
原人と呼ばれた人たちが二本立ちになる進化の時期とリンクするので、この辺も
御先世は関係があるような気がします。



沖縄の中部に線香も火も一切使わない、そして海に沈む太陽が燃え尽きる一瞬に全ての祈りを込め
る超信仰体系が秘かに残されていたことは
私から見ると大変な奇跡です。


御先世信仰の超古代の神事から見ると、現在の沖縄諸島(宮古島を含む)神女の御獄での神事は物質(自然界のものであっても岩や植物)を通しての一体化からの神事を感じています。


うさちのオチャナグの神女の神事はツールはなく宇宙と神女の直接アプローチであり
空間のデザインを変え周囲の気配を変える。


空間のデザインを変化させるのは神事の中の太陽との交信の中で彼女達自身が
幾何学の形態をとり踊ります。

伝える人が片手で数えても指が余る という事も、どれだけ秘かに護られてきたかの
証ともなります。

何でもそうですが本物というのは表面に出てきません。
超古代信仰に残された数式とと周期表は古代人達が信仰を周期表に纏めた可能性もありますね。


原人の二本立ちから数式で数えられる御先信仰「うさち」から見えてくるものは、世の中はは必ず進化の為に反転することを改めて
認識している次第です。

この宇宙的反転を古代人が未来の私達に残してくれたのかもしれません。
そして、この超古代信仰のなかには人が拝所とする聖地である祈りの場所から
古代人のように線香も使わず火も使わず御獄もなく聖地を意図的に護ろうとする行動も意識も
なく、これに気がついた人たちが直接自分の宇宙との繋がりを感じた時代に
螺旋が回転していくのだとおもいます。


私から言わせると、中部に残された御先信仰は進化の時代を迎えると
自動的にそのつどエネルギーを反転させ、次元を変えてきた空間デザイナー。

誰か先にこれに気がつくか?
支配層だけが先手で仕掛けており、沖縄中部の大聖地を見据えて長きに渡り暖められた
次世代都市への移行は目前です。
沖縄の中部は新たなものを生み出すアジアナンバーワンの大聖地なのです。



極東ナンバーワンの飛行場がここに置かれた所以がここにあります。













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琉球

2014-06-24 15:34:45 | 沖縄情報
1369年に中山の王、察度が亡くなります。
長男が後継者となり、中国との貿易を引きつき琉球の繁栄にさほど影響は与えたなかった
ようです。
察度王が亡くなる何年かは中山最高の時代で栄華が語り継がれています。
組織的に循環しており、全てが上手くいっていたとも。




その翌年王府は、中国の要人たちを受け入れるべく天使館とよばれる建物を建設しています。
中国の使節団は沖縄にとって重要でした。
唯、これが本当に中国に人であるか私的には非常に疑問があります。
何系の中国人か?
満州系?
客家?


天使館は久米辺りであり、現在中国人ルーツに持つ中国系琉球の人たちが多く暮らしています。
非常に裕福な人たちが多いそうです。
独自の宗教的場所も現在でも受け継がれています。

迎賓館のようなその天使館は身分の高い使節団の様々なおもてなし外交などの行事に使われます。


伝承では現在のとまり港の辺りは国際交流の場所のようなところで、様々な国々の商人
またアジア中から集まった船乗り達で大賑わいであったといわれています。

沖縄出身の人であれば何となく気配を想像できるかもしれません。
きらびやかな琉球衣装の女性が多く出歩き、何ともいえない豪華さがあり外国の人を
魅了したと伝承が残されています。




この頃、波の上には護国寺が建設されています。
この辺りは様々な宗教が競うように立てられていて、太古の昔にここが沖縄南部の
聖地であった事をこれらからうかがうことが出来ます。

太陽ネットワークの大聖地ですね。
ここの残された岩には不思議なものが多々見受けられます。


アジアの栄華を誇った大琉球、平和な島々で名をはせた琉球も19世紀後半で終了します。
平穏無事な文化もいつか終わるのが今文化の仕組みです。
必ず時代は変化します。

ひとつの時代仕組みの終わりであったともいえますね。
日本へ組み込まれます。


波の上は
巨石の上に仏像やら様々な宗教関連のものを見ることが出来ますね。
ここは様々な勢力にとってゆずる事が出来ない聖地であったことが理解できます。

護国寺が建設された頃から日本からの移住が多くなり、日本人が増えてきたと記されています。

この頃の琉球を調べると史実では、アジア中に使節が送られていてアジアで大琉球と
呼ばれていた華々しさを読み取ることが出来ます。
確かに残された絵などを見ると華々しい。




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琉球

2014-06-24 08:45:46 | 沖縄情報
昨日は慰霊の日でした。
パソコン変換で「昨日拝礼の日」と変換。
こういうサインもありますね。

第二次世界大戦は遥かその以前から画策されていたといわれています。
陰謀論で語ればそうですが、個人的にはペリー来航、ベッテルハイムたちの
動きでこれはやはりあの当時から沖縄は狙われていたのかもしれないと
思った事があります。

細かくは書けませんが、1830年代辺りの琉球へ来航する米、英、仏の動きから、軍事
商業、宗教上の布教で沖縄に足場を作りたい行動が読めます。

特に、ペリーは沖縄滞在中、沖縄の地図から洞窟を中心として洞窟を徹底的に
調べ上げています。
アメリカの沖縄上陸にこれが使われた気がします。
私はこれには違う目的もあったと思っています。
洞窟や神聖な洞窟へ続く道しるべとなった岩にに描かれている神代文字です。
又、神代文字は薩摩によっても琉球から持ち出された伝承も残っています。




少し飛び飛びなりますが、メモから日記を。


ベッテルハイム、琉球のある時代の束の間の歴史を語るには彼は外せません。

琉球古代史を多くの人と語る事もありますが、彼のことになるなかにはとうっとり語る
人もいます(笑)
語るのであれば良く調べてくださいね、波の上辺りには伝承はのこされているはず
です。

表面上はユダヤ人宣教師ですね彼は。
彼のことは暴きません、時間が勿体ない。
でも少しだけ書きます。


彼は大英帝国の琉球ミッション本部の意向を強く受けて沖縄へ出向いています。
又祭祀も研究したのではないでしょか、ユダヤ人ですから自分達の宗教と
類似する神事も多々残されています。
彼は様々な申し出を王府に対して行なっていますがあまり良い待遇で迎えられては
いません。
王府はそれほど閉鎖的ではない方向性を取っていたようですが、彼を警戒しています。
彼の行動自体が不信感を抱かせたのか?

中国語を学びたいと云うので三名の中国語教師をつけられましたが、逆に聖書を中国語に
翻訳するよう迫り教師側から断られています。
それからますます立場が悪くなったようです。

医師で宣教師ですから布教も行なったようですが、何せ沖縄の各集落には王府の目の役割を
果たすノロが最高峰に君臨しているのでこれもままならなかったようです。
一挙一動を全て報告されますし。

ただ伝承では布教がやはりキリスト教で厳しい姿勢で挑んだという事も伝えられています。
家に強引に入り込み泣き叫ぶ子供や女達に対して、部屋の隅に追い込み説教を始めると
云うおかしな事をしたといわれています。


個人的は話し半分以下として聞いてもヤッパリ彼は支配層だわ。


各集落の神女はこれを当然王府に伝えます。
良し悪しは別で結局この神女の存在が王府支配でした。
要は暴力で支配することは王府はしませんでした。
静かな恐怖で村々を支配しています。

確かに渡来系王府ですが外国への対処へ組織として上手く外交をしていたようです。
チャンプルー文化ですから。
それにしてもベッテルハイムは彼以前から琉球にいたフランス人宣教師への
態度もよくないです。
香港から上陸していますが、まず琉球のお寺を占領しています。

フランス人宣教師は辛抱強く沖縄で布教活動を行い、この後大司教となった記録が。


沖縄の役人との確執は続き、後から沖縄に来る外国の人が彼と琉球役人が敵対関係に
あることに気がつき始め後に香港や、中国まで伝えられることになります。








ベッテルハイムはペリー来航を「輝かしい光に満ちたミッション」、黒船と
呼ばれたミシシッピー号を「帝王」と絶賛していましたが、
ペリーとの確執は後々まで続きます。
ペリーの残したものを読むと、第二次世界大戦後の沖縄の行く末まで考慮していた
ようで、あの当時から沖縄支配は画策されたと私は見ています。





それからブログ断捨離を行ないましたので、これから琉球に記事が増える可能性があります。
他のブログを読む時間が短縮されました。
無駄に余計なことに時間をとっていたようです。。
その時間を御先(うさち)研究に少し時間をかけようとおもっています。
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木村先生のホームページから

2014-06-23 18:59:37 | 沖縄情報
大正時代の1922年に、伊豆大島で溶岩が流出した噴火がありました(著者の定義による”P3噴火”)。その翌年の1923年に関東大地震が発生したことは、専門家に知られています。



一方最近の2013-14年にかけて、同じ伊豆-小笠原諸島の南部にある”西之島”の新島で溶岩流出をする噴火がありました。この溶岩が島の面積を増やし、日本の領土拡大につながると、政府関係者は大喜びをしています。



しかし、この西之島新島の噴火も”P3噴火”の可能性が疑われます。もしそうであると、伊豆大島での”1922年噴火”のケースのように、噴火後、西之島火山の周辺域で大地震が発生しないか、注意をする必要があると考えられます。



そのような目で図を見ると、西之島新島のすぐ北の方に”地震の目”があります(木村、2014a,b)。これは、単に一研究者の私見ですが、今後の監視が必要なのではないかと思われます。
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