美らごはん(new version)沖縄と宮古島

   ブログの無断転載をお断りします。
   

時代の終わりに

2013-10-31 14:35:58 | 沖縄情報
個人的に野球に全く興味がないのですが「野球の神様?」と呼ばれた方がなくなったようです。

この世界も角界と同じ神世界の仕組みを意図的に転写してあると聞きました。
9名でプレイするんだ、知らなかったです。
野球自体知らないので何とも言えませんが。

過去の勝利の仕組み(一つの球団に目を向ける仕組み)と天才選手をスカウトし二軍に放置(そして他球団に渡さないように縛り付けてある方法も使っていたと聞いた事があります。
飼い殺しと言う事で。
それを知っていた選手、また気骨のある他球団選手は反発心から真っ向勝負でこの球団に立ち向かったとも。
自分の能力を反骨に変換させた意識的なモノで全て引っ張り出したのか、このチームと戦うこのピッチャーは
勝つ試合が多かったと聞きました。

選手は一生懸命ですから仕組みは関係ないかも知れませんが、強いチームはベンチで一丸となっているそうで
優勝から遠ざかっているチームは試合中でもベンチでもバラバラだと聞きました。



在る選手がドラフトの隙?をついて人気球団に入団。
人気があったのにも関わらず、この球団の監督就任も叶わない方がいると聞きました。
スター選手であったとか。

神仕組みの裏手を使いその反映で入団したのですから、何度も裏神業を使えないと言う事なのか?
これも事情を全く知らないので聞いた話から私が感じた事です。

今回亡くなった人がどうこうではなくて裏と表の仕組みがスポーツでも使われていただけの事ですが。

一つの時代の終了でしょうか。


テレビでも長きに渡って放映された番組が来年早々姿を消すそうです。




この肉体は太陽系以外へはいけないそうで、所謂外へ出られない。
いずれ肉体は消滅しますが、やっぱり身体というモノは本当に大事なモノで人に委ねてはダメですね。
地球に合う様に作られて地球だけで生きていく上でのこの身体。
何時か何処かの星へいける時代が来ればそのように作られるのかも。

例え医者であっても身体は預けてはいけないような気がします、自分を信じる様に身体も信じないといけないのかも知れません。


宮古島の石庭の管理人さんは「閃きは人間の進化するための一つのツール」と言います。

大昔は自分の死期が迫ると年齢に関係なく何かを感じ取り年齢に寄り身支度をしたそうです。
今はそのツールは自我で閉じられているとも。

地球がコテンパンに人にやっつけられはじめると、人も同じように地球からの反映でコテンパンにされ一緒に淘汰されると言います。
こんな話しても仕方ないですが。
これが自然の仕組みだと思います。

今生きている時代は虚構。

お金で作られた世界です。
全てマーケティング中心。

お金が崩れたら御飯も変えない世界って普通じゃないです、ソフトランディングはもう難しいかも。












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釈迦と弥勒 (竹富伝承)

2013-10-30 18:18:28 | 沖縄情報
釈迦と弥勒の伝承について問い合わせを頂きました。
何時読んでも面白い八重山伝承です。
過去記事ですがアップします。

この伝承から釈迦族と弥勒族の戦いがあった事を伝えて居るのでしょう。
石垣島には神歌でも諍いを他に例えて残されています。

宮古島は釈迦族と弥勒族の移住は余りなかったと伝えられていますが、どうでしょうね。






「昔、釈迦と彌勒がいて、お互いにこの世は自分のものであると争っていた。
 それではということで、二人は話し合い、お互いに欲を捨てて、
 誰の世にするかは天の神にまかせ、神が与える何かの印しによって、
 どちらかにこの世を譲ることにした。
 二人が目をつぶって天にお願いをしていると、天の神から大きな金の鞠が
 降りてきて、彌勒の膝の前に飾られた。釈迦が小さく目を開いてみたところ、
 彌勒の前に鞠が光って飾られていたので、その鞠を自分の膝元近く寄せつけ、
 そ知らぬふりをしてまた目を閉じて祈りをつづけていた。


 ところがこれをそばにいた目を四つもったバッタがはっきりとその目で見ていた。
 
 バッタは「釈迦と彌勒は目を開けよ、そしてこのバッタの言うことを良く聞けよ。
 この広い世界に目の四つある者は、唯私一人だ。
 この四つある正しい目で私は見た。
 この世の定めの金の鞠は彌勒の前に天の神からさずけれた。
 徳の高い世果報の鞠である。

 釈迦の膝の前にある鞠は釈迦のものではない。
 天地四方の豊年を招く弥勒世の印しの鞠である」

 はっきりと言って彌勒に鞠を渡した。
 釈迦はバッタの正しい言葉と、確かに四つの目で見られたのに驚いて、
 自分の一時の汚い欲をきっぱり捨て、徳の高い彌勒にあやまった。
 それから釈迦は最後に、
 「この世の万人をよく指導して、立派な世界の世果報太平の神として
 万人から敬われるように頑張ってくれ、私は遠い遠い八重山島の石城山と
 言うところに身を隠し、皆さんの幸福を祈ります。」

 と言って、彌勒と別れ、八重山島にある石城山の岩屋にかくれたと言うことである。
 それから八重山では、バッタは神の使いだと信じられるようになった。そして、
 祭りの時にバッタが飛んで来て神に供えた供物に止まったり、祭主のところを
 飛び廻ったりしたら、この祭事は正しく、神が喜んで納受しているとされるように
 なったとのことである」
 
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陰と陽

2013-10-29 10:04:54 | 沖縄情報
ここ数日、お水と太陽と洞窟の事を書いてきましたがその途中でモーゼが気になると記しました。

気になったので検索

ビックリです、モーゼは赤ん坊の時篭に入れられ流されるのですが水の中から王家の女性にすくい上げられ助けられたと言う事でモーゼと名付けられたそうです。
モーゼが水に縁が在るとは知りませんでした。
そういうことでで太陽の王子と言われていた時期があるのですね。
これだけで様々な事が繋がりました。
なる程って感じです。
直観を放置してはいけないですね、聖書の登場人物なので少々面倒だと思っていたのですが。



モーゼはエジプトの王家の養子になりますが奴隷であるヘブライ人であると言う事で結局ヘブライ人を連れて砂漠を40年間
逃避行するのですが最後にエジプトの追われてクライマックスで海を真っ二つ。
ヘブライ人は助かるという旧約聖書のストーリーです。

海を真っ二つ、なーるほど。








さて最近、格安航空で何処へでもリーズナブルに出掛けられるようになりました。
一度使ったのですが、椅子がぺこぺこで何だか合わなくて一度だけで終わり。

その会社の一つが赤字で立て直しで100億ほどかけて再建するそうです。

在る時期から日本に格安航空会社が登場してきましたが、これは神界で言うしきり直しの一つですが、またツルマークの会社
が赤字で倒産寸前、過去にアメリカの航空会社に売り渡されるのではと言う報道もありました。

報道の途中で私的に「?」が常に頭をよぎり、途中でこれは出来レースに違いないと感じ経緯を観察。
そこへ救世主の様な社長が登場、現在世界でも稀に見る黒字会社になっています。



その社長が
「J○L」が再建したのだから日本はつぶれない」というような発言もしました。
男性には非常に人気のある人で尊敬される人物です。

別に茶々を入れるつもりはないですが、これも神世界の「仕組み直し」と聞いたときになーるほどあの社長が京都から救世主の様に登場してきたのが
理解出来たわけです。
救世主が登場した所は過去に見ると色々と起きますね。




「型」のやり直しのコピーでしょうね、大昔の。
日本は完全に大昔に支配されたときのコピーを報道を通じて見せられてしまいました。
少し古代史を独自に冷静に傾かずに勉強すると支配図が見えてきます。


今更言っても仕方ないですね、これも必要であったのでしょう。
どうこう言うつもりもないです。

在る人種に他の人種が成りすましコピーすることで進化してきたワケなのかも知れません、常に抗争を伴い。
分離の文化。
文化が変容するときは成りすましが溢れたのが地球の歴史かも知れないです。
他者の体験とも言えます。


肌の色で人が分類分離されたのも分離文化の極みかも知れないですね。
血脈の分離は今も続いているような感じを受けますが。
血脈が近い種族ほど遠くに分散させられています。






時間の経過、感覚、間隔は宇宙のネガティブなフィールドが瞬間的に現れたモノであるとも言います。
鏡像対象を成す三次元の仕組み。

異なって重ね合いながらエピソードを永遠に再生、拡散される勢いで時間を
容認していくのかも知れません。
時間とともに全てエピソードが容認される。

人間がある種のストーリーを嘘と真実を混ぜ合わせながらインプットするとこれさえも生命の現象に時間が抱合されて行くのかも知れません。

現在のシステムは本質的な内部と外部「陰と陽」は純粋なストーリーにおいて共存が出来るわけで、陰と陽が衝突する場合
情報が違っていれば同じ機能を担ってはいないと言う仕組みだと感じられます。

自分と他者が統一に向かうという未来。
統一性は常に二つの複数の要素から構成されていると言う事をシステムの内部性と外部性が証明しています。

自然の座標システムの基本を構成するのは正四面体と正八面体のマトリックスだと言います。
この二種類が空間に集合し空間を象っているそうです。

陰と陽の仕組みはこの二つでも証明が出来るのかも知れないと思っている所です。








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古い型

2013-10-28 09:10:41 | 沖縄情報
宮古島って自分達が住む土地を昔は血液と例えていた時代があった用意に思います。
ネイティブアメリカンは今現在もこういった考えでいるようですが、白人と接点を強く持ちすぎた種族は既に変化したとも。
都会化でしょうか。



何処でも土地が売り買いされますが、宮古島で集落などでも土地を売らない人達の中には先祖を奉った土地で残された子孫が
先祖を奉ると言う感覚でいる人も中にはいるようです。


御獄が先祖の生活の思い出を含めて考えられているという所もあるので、御獄は集落以外の人を拒むのかも知れません。
地神は一種の村の神々のお墓の延長上的な捉え方という見方も出来ます。



そしてまず何よりも御獄が在るのなら昔であれば水を凄く大事にしました。


湧き水や井戸が涸れたり崩壊していること自体集落の魂が汚れたと取られます。
不思議と神人が生まれなかった集落はこういった事が起こるような。
最近こういった水が涸れた湧き水、井戸は多いと聞きます。


昔は井戸が涸れてしまった集落には神様が既にいないと言う風に陰で語られていた話も聞きます。
沖縄に取って太陽と水は同じモノで、宮古島に伝わる「太陽が洞窟で産まれ水も産まれる」と言う伝承はこの事を指しているのだと感じます。


井戸が涸れた集落は人がほとんど来なくなると言う不思議な現象も起きます。

人から人へ噂が伝わり、「あの集落は水が涸れた」と言うだけで太陽との繋がりが薄れたと言う事で。
人が来なくなるだけで
村は衰退し人が出ていくだけで過疎化している集落も沖縄本島を含め南西諸島でも増えて来ています。


水のささやきが途絶えた所は命が宿らず、喉が渇けば水分が立たれる身体と同じで不可視の領域で水と太陽のバランスは
重要。



水を預かる神女が水の流れに心を砕くのは太陽と水は一心同体と感じているのからこそ常に水を流す儀式をして居るのかも知れません。
宮古島全体の水の流れを水納島を含め通す役割のある神人は水のラインがスムーズにに流れるように地球全体に祈りを捧げています。
宮古島の大事な祭祀も最後には重要な水のラインに繋げています。



自分の生まれた場所で始めて口に含んだ水。
生まれ水を大事にする宮古島ですからこれは今も変化はないです、


こういう人に取っては宮古島だけではなく地球全体が一つである事が身に染みて感じられているのかも知れません。
我良しではないと言うことなのかも知れません

自分の生まれた島が人のモノではなく自分が島のモノだと言う事を理解していますから島から何かを手に入れたいと思う
神人はこれまで余りいなかったように思います。

多くの聖地と呼ばれる場所を手に入れたがる人が増えて来たと言われています、古い型にまだしがみつけば
神をも手に入れようと無意識に思っているのかも知れません。
沖縄や宮古島でも起きている事です。


私は精神的に困窮している人は精神の世界でも非常に攻撃的な気持ちを抱いている人は多いんじゃないかと感じることがあります。
こういった人は非常に行動的でフットワークが軽くも見えたり。
攻撃的な気持ちが促進力になっているのか。


これまでの研究結果では人は精神的に安定していれば慈悲深くなり、精神的に困窮していると攻撃的な言動と態度を取るとも。
また自分の心の何処かに絶望するような孤独感があると、これまで頼ってきたものを捨て安住できる場所を探す行動をとる
と言われていて、これは狩りをしていた時代と対して変わっていないのではないかと言う説もあります。

狩人の時代であれば時間の経過と共に所有権が出始め、古くから住む人と新たな狩人の間で諍いが起こりこれを現代で見ると利益の配分?


それにしても世界中の水は汚れてしまっています。
太陽の変化の前触れでしょうか。

太陽と水で太地のバランスを取っているとすれば確かに世界は水が溢れ洪水が起きているようです。
私達の意識もある意味共同作業かもしれないです。














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水が作る文化

2013-10-27 09:00:54 | 沖縄情報
ヒマラヤの事を調べていたら水と文化について感じるモノがありました。

ヒマラヤ山脈に雨が降るとまるで生き物の様に上から下へ水が流れ大きくうねって、それを太古から繰り返しながら
インドのガンジス川からパキスタンへ流れているそうです。

またトルコに降った雨はユーフテラス川から古代メソポタミアあたりまで流れ現在のイラクに流れています。
メソポタミア文明が誕生した場所です



またアフリカのスーダンに降った雨はナイルからエジプトまで流れています。
ここではエジプト文明が誕生しています。

お水の波動はスゴイですね。
水は意識体ですから創造の源になると思います。
人々の創造への思いを吸い取り真も魔も傾かないようバランスを取る働きも在るのかも知れません。
傾くと水を一気に流したり、水を止めて日照りにしたり様々なアンバランスを水の分量でバランスを取るのかも。




全ての文明へ通じるのも水の力が在るのかも知れません。

現在、ひっくり返され栄華を誇った文明は遺跡だけが残され文化も暴力や他国の侵略と策略で最貧国まで落とされる国もあります。
太古の昔地球が今とカタチが違った大地を持って居た頃、虐げられていた奴隷達が支配と屈服の反転三次元の仕組みで逆転している様に感じています。

支配と屈服は全ての古代信仰の不可視の仕組みだと観じている次第です。


ここから沖縄本島の仕組みを見ると色々と見えて来るような。

ある意味、多神教と一神教の裏表と見る事も出来ますね。
もちろんこれだけではないですが。
この仕組みが反転するときに沖縄が解放され解放される時の不可視の力でぽーんと様々なモノが浮上し島自体が軽くなるかも知れないですね。

ある種のネットワークの反転。

不可視の世界には人側から作られた様々なエネルギーが結界を張られて存在すると感じていますが、支配層の引導で
少しづつ結界を外す役割として様々な視点を向けるようメディアと一緒に創造しているとも取れたり。


解放がどんどん進んでいるように感じていますので、軽くなるための重い出来事は起こる可能性も在ります。

もう閉じられた空間の仕組みはそろそろだと観じた次第です、水が作り出す文化を考えていて感じた事です。






ヒマラヤユノシタという植物があるのですが明治の頃、遠路はるばる旅して日本に定着し栽培が行われているそうです。

高山植物の一種でしょうか。
一目で気に入りました。
高貴なムードを持ちながらも愛くるしく咲く、冬に強いピンク色の花です。

花言葉は「忍耐」「秘めた感情」高山で生きる植物ですから寒さに凍てつくヒマラヤでも葉は青々としているそうで
春の気配を少しでも感じると花を咲かせはじめる花だそうです。
ここから名付けられたのかも知れません。







wikiから

ヒマラヤユキノシタ(Bergenia stracheyi)はユキノシタ科ヒマラヤユキノシタ属の植物で、園芸用に栽培される。

ヒマラヤ山脈周辺(アフガニスタンから中国にかけて)の原産。

常緑多年草で、葉は長さ10-20cm、幅10cmほどのキャベツに似た形で、らせん状に茎につきロゼットをつくる。桃色の花が春に多数、集散花序をなして咲き美しい。耐寒性が高く育てやすい。


2010年3月27日ヒマラヤユキノシタ属には10種(および種間雑種)があり、これらもヒマラヤユキノシタの名で栽培される。









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ミャオ

2013-10-26 13:35:43 | 沖縄情報
朝の連続ドラマ、たまに見る様にしているのですが食の回帰を全面に出しているように感じています。
手をかけて作る、インスタントなモノはない時代ですから全て手作りで。

見る度に精進料理の基本を見せられているようです、ドラマのストーリーは何とも言えませんが安全な食に目を向ける
メッセージ性を感じています。
朝ご飯のシーンを見ても全て手をかけた献立で、今の人は忙しくてあれだけの献立を作るのは大変かも。

ただ健康の面で言えば個人的には朝ご飯は取らない主義ですので何とも言いがたい。

朝は生系が少し多いと後で重くなくて良いかな。

育ち盛りは別ですよ。
子供は正直なので食べたくないときは食べません、親が強引に食べさせたりするときもありますが。



さて先日少し記事にしたミャオ族。
調べれば調べるほど過激であった古代中国辺りの王家、政治に常に絡んでいいるような。
漢族と絡み合いながら様々な場所に分散しています。

この辺りからどういった種族かイメージ出来ます。



そしてミャオ族を調べながら突然気になり出したのがモーゼ。
個人的にこれは驚きました、全く興味がない人物。
知っているのは海を二つにした神話、柴の木から語りかけられた預言者と言う事くらい。

個人的には聖書というモノは天体の働きを人物に当てはめ壮大な神話を創る天才集団が創作したのではないかと
感じています。

そこでまた調べました、モーゼを伝承で調べる事は不可能に近いので検索しました。


驚いた事に2015年末から2014年にかけて映画が上映されるのですね
「Exodus」出エジプトと言う意味にも使われます。

2015年にかけてハリウッドがモーゼ伝記を作るという話は聞いていたのですが、スピルバーグは降板しています。

モーゼの映画は過去にもあるのですが、今回は時期が色々と新世代へ繋がる。
一区切りという時代だと言われている時期で、モーゼという不思議な気持ち。
大きなメッセージですね。

世界中の宗教の出自は一つのモノから発生しているという事を感じているのですが、wikiでモーゼの事を
調べたらやはり多くの宗教で重要な立ち位置にある人なのですね。
天体的に例えるとどの天体を例えてあるのか興味があります。
モーゼが過去に行ったと言われる事と彼の役割を感じながら、同じ性質を持つ天体を特定出来るかも知れません。
イエスは金星ですし。


失われた古代ユダヤ人が幾種類かいるとして彼らが故郷を追われたストーリーから考えると、ミャオ族はそうとも言えるような。



 

wikiから

モーセ(ヘブライ語: מֹשֶׁה‎ Mōšeh、ギリシア語: Μωυσής、ラテン語: Moyses, Moses、アラビア語: موسىٰ‎ Mūsā)あるいはモーゼは、旧約聖書の『出エジプト記』などに現れる紀元前13世紀ごろ活躍したとされる古代イスラエルの民族指導者である。

新約聖書の使徒言行録 によれば、神の目に適った美しい子で、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教およびバハーイー教など多くの宗教において、もっとも重要な預言者の一人。伝統的には旧約聖書のモーセ五書(トーラー)の著者であるとされてきた。『出エジプト記』によれば、モーセはエジプトのヘブライ人家族に生まれたが、新生児を殺害することを命じたファラオの命令を逃れるためにナイル川に流され、王族に拾われて育てられたという。長じてエジプト人を殺害し、砂漠に隠れていたが、神の命令によって奴隷状態のヘブライ人をエジプトから連れ出す使命を受けた。エジプトから民を率いて脱出したモーセは40年にわたって荒野をさまよったが、約束の土地を目前にして世を去ったという。











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再現トポロジー

2013-10-25 15:18:10 | 沖縄情報
在る一定の条件が満期になった時、自動で作動すると言われる地球に組み込まれた宇宙コンピュター。

SF的でカッコ良いと感じる私もいますが、自縛装置と自爆装置が両方仕掛けられていると感じるようになってから
「宇宙船地球号」も中々大変な所と、生きているだけで幸せと思わせるプログラムもあるようです

ある特異なプログラムであるかのような大量殺戮を平然と行い、かたやセレブと言われる人達が闊歩する大都会。

見栄のためなら人の命も取ってしまう人。
これもプログラムと言えばそうなのか。

プログラムというのはセットされたモノですから必ずリセットがあると感じますが、人の意識で如何様にも変化
するとは思います、また(そうはさせるものか)と言うプログラムもあるようです。
これは人為的なモノだと感じるのですが。


まるでオンラインゲームの様です

オンラインゲームで言えば乗っ取り「ハッカー」は許されず、虚構のパターンが宇宙的に感知されればトポロジーの
パターンは人それぞれ。
繰り返しパターンを変え戦いが作られる仕組みでプログラムは次から次へと変化するようです。
増殖ですね。
これが20世紀のパターンなのか。
20世紀のゲームを保存しておきたい人は山ほどいるようです。




今文明の創始まで行けば文化の発展時系列で再現できればトポロジーを推測出来るのかも知れません。
再現トポロジーを開示させないための古代史の捏造なのか。


古代の太陽信仰から感じられる死者を非常に怖れる文化は宇宙的メッセージよりも死者が残したメッセージを重視していた傾向も残されています。
どれだけ死者が怖れられていたかも感じられ。

これから見ると人が一番怖れるコトが太古にプログラムされたのが感じ取れます。

これを体験するかしないかも自分で選択するのかも知れないですね。


伊良部の橋と第三神殿は何か相通じるモノが在るのかも知れません。
妄想です。










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宮古島

2013-10-23 10:01:40 | 沖縄情報
宮古島の青い太陽伝説に少し触れていますが、今少しだけですが纏めています。

洞窟伝承を宮古島に来た古代人達と兼ね合わせて書いていますが、洞窟は太陽だと言われているのは風葬と関連しています。
私にとって洞窟というのは壮大なテーマでもあります。

青いと言うのはあの世の表れであり、それを太陽としている文化なので全て死者の世界と繋がります。


大神島が見える地域の洞窟は全て風葬に使われていた場所が多いと言われています。
太陽の例えですから太陽を見ながらあの世で暮らすと言う事にも繋がるのだと感じています。
ウヤガンへ繋がっている感覚。

宮古島信仰を研究する学者、他の方々色々といますが言っていることはそれはそうなのですが何時も感じていたのが
違和感。
良く考えて見ると、子供時代から古代信仰の波動と小さな集落で繰り広げられる祭祀のエネルギー強く受けた人と、島以外の方が大人になって感じるのはどうも違う様な。
言葉では表せないです。


だからこそ学者達が冷静に信仰体系が本などに纏められ世に出るのかも知れませんが。




古代信仰が色濃く遺る宮古島でも様々に変化が続いていて、中には古代信仰に自分の中のセンチメンタルな気持ちを
宮古島信仰を通して見ているような人も増えて来ているように感じています。



過去記事にも書いた内容ですが、また新たな見方でチャレンジしますね。



追記

また宮古島のあり方、特に伊良部への橋がかかると時期的に重要な神渡し的な事だと捉えています。

式年遷宮は終了しましたが、来年、再来年とイスラエルのお祭が続きます、仮庵の祭り、過越の祭りなど。
また皆既日食、月食が続きます。
個人的にイスラエルで行われるお祭りは旧暦で行われるために非常に重要だと考えています。
神殿が三次元を現して居る様な感じも。


旧暦で行われていた南西諸島の重要なお祭が途絶え始めても、ユダヤではこれがまったく廃れなかったと言うことに大きな意味があると感じています。
来年行われるユダヤのお祭の天体配置は過去にも在っただろうと思われ、その頃を調べると興味深いことは
必ずあっただろうと予想しています。



過去から見ればどんな文明であっても完成すれば全てが自然災害や戦争で壊されてきました。
私は祭祀であれ時の風は吹くような気もします。

宮古島のウヤガン祭も昔は完成されたお祭であったと言う学者も過去にいましたが、結局天から吹いてくる
変化の風には逆らえないのか。
続ける、続けないの問題ではなく今文明が極に向かい、そろそろ新たな世界へ浮上するかのような出来事が世界中で起きています。



宮古島の古代信仰体系を私なりに追い続けていくと世界の宗教観は同じモノから発生している様に感じています。
それなりの神役者が時間の経過と共に拡散しここまで辿りついたのか。

その時代的、天体的、宇宙的バランスを取るために祭祀が繰り広げられてきたと感じるに至りました。



そして今強く感じているのは、再来年の伊良部の橋完成で一つの区切りがあるのではと感じています。
伊良部が特別、宮古島が特別という視点ではないです。
世界中でそうなのでしょう。

私の場合古代信仰のエッセンスが波動として残されている宮古島の視点で見ています。


伊良部の橋が架かれば、ある種の宇宙的評価が在るのではないかと感じています。
ウハルスのお祭で言えば今文明を神様が体重計にかける(体重がオーバーで在ればそれなりの処置、軽ければ次の船にすみやかに乗せてくれるのかも知れません、ウハルスには(地球から昇って行った船が天体を回って新しい様々な財宝を乗せまた来ます。)


これを考えると世界的変容が後数年以上続くのではないかと感じているところです。




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楚国と宮古島

2013-10-22 20:08:57 | 沖縄情報
中国のある地域に中国政府も立ち入れない地域があると先日記事にしました。


こういった内容は陰謀系になってしまうので避けたい所ですが、興味のある方は宮古島とまっすぐになるようにラインを
引いて見ると様々な事に気が付かされるかも知れません。
個人的にはヒマラヤでも興味深い場所が同緯度に位置していて、ここから読み取ると宮古島にやって来た中国系だと言われているのだけれど実は全く違う人達。
もちろん中国人達もいますが、中国系と言われていながら服装が違う。
現在、中国に住む少数民族の様な気もしますが。




楚の時代の最も古い書で伝えられている太陽の神話が宮古島にそのまま残されているのですが、
宮古島に(洞窟で生まれた太陽が少しの間ゆっくり休み、エネルギーが安定したところで水を浴びる)と言う伝承を残した人達と同じ系統ではないかと思っています。
この伝承から様々な神事(段取り)が生まれているような気もします。

また、古代中国では伝説の地理を示す古典書があり宮古島伝承とほとんど同じ内容が記されていて驚いた事があります。
この書は様々な戦いで支配者が変わる度に書き換えられたと言う説があります。






楚に関しては当たり前ですが種族がハッキリしないようです(表面的だけだと思います)
少し調べたらミャオの影が背後に見え隠れしています。






wikiから
楚の成立[編集]楚の成立に関しては、漢民族の母体となった広義の黄河文明に属する諸族が移住して成立したとする北来説と、それとは異質な長江文明の流れを汲む南方土着の民族によって建設されたとする土着説がある。楚の成立に関しては様々な仮説があるものの未だに定見も有力説も定まっておらず、民衆及び支配層がいかなる民族であったのかは解っていない。但し、呉越と違い中原諸国と言語の異同は無かったと考えられている。

北来説の中で有力視されるものに、現在の河南省から山東省南部に分布していた東夷(後のチワン族の祖先)が楚を建国したという説がある、また土着説では、湖北から湖南・貴州省に点在するミャオ族の祖先が楚を建国したという説が有力視されているものの、どちらも有力な証拠はまだ無い。

江南諸国は周を中心とした中原諸国から蛮族として蔑まれたが、前史時代から文明を持っており中原諸国とは異質な建築物や生産様式を持った文化であった。周の建国から少し経った頃に周の史書に現れ始める(尤も、これらの国は建築物や陶器の造りが周の様式である事から、明らかに周文化に属する王族や貴族が地方へ封建され建てられた国であり、周囲の土着勢力や楚の祖先と同質かどうかは解らない)。

楚は鬻熊の代に興った国であり、元来は丹陽周辺で活動していた部族と考えられている、建国後は次第に西へ進出していった。その後、熊繹が成王から子爵に封じられた。

周の昭王の討伐を受けるが、これを撃退し、昭王を戦死、あるいは行方不明にさせたとされる。 その後、6代目熊渠の時代に自ら王号を称するようになった。しかし周に暴虐な王が立つと、恐れて王号を廃止した。 17代目の熊通の時代に侯爵国であった隋を滅ぼし、それを理由に周に陞爵を願い出たが、周に断られたために再び王を名乗るようになった。熊通が楚の初代王・武王となる。



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イノベーション

2013-10-21 18:34:53 | 沖縄情報
食の仕事をし始めた頃、師匠から「料理で何を学ぶか」余り考えないように、それよりも常に「料理全体をどうやったら学べるか」
頭に入れておくように言われたことがあります。


師匠曰く「食は世の中の流れが変化する前に既に変化している。生存に不可欠なモノなのでそれを敏感に察知している、基本は変化しないが、地図を読む感覚で料理に取り込まないように、軸を探すように食のあり方のコンパスを正確に。
食の変容の方向性から社会を見るようにそこから次世代が見えて来る。
(一時期自給自足が必須だと感じていましたが今は自給自足だけで変化を乗り切るのは非常に難しいと思っています)



野菜から常に学ぶ姿勢を常に持つように。
工場で作られる食品には常にアンテナを張るように」

その時は意味不明、50年精進料理に取り組んできた人なので食の変化で世の変化を読み取ってきたようです。




「国から流れて来る食関連の情報は鵜呑みにしない」これも言われたな。
背後に製○会社がいる場合が多く方向性を狂わされると言う事でした。
また自然食品の裏側、けっこう製○に負けない悪さをしているところもあります。
薬品はまだ法律がありますが、自然食品と名付けると法律が適用されづらい。

この視点で何時も思っていたのが、教育と学びの違い。
何をどうやって学ぶか。
インターネットで食のレシピは幾らでもコピーできますが、余裕を持って作ることは難しい様な。
インストラクターで言えばですが。
どうやって学ぶか?それ以前の問題の様な気がします。


オンライン授業と良く似ています。
オンライン授業って小さな子供には興味を持たせ続けるのが大変だそうです。



さて自分に言い聞かすのように「依存」について書いて来たように感じていますが、依存と自立というと
周囲の人だけを思い浮かてしまいそうです。

自分のやりたいことを周囲をコントロールしながら実現することも見方によっては依存になるし難しいな。
自分は何もせず人を動かそうとする人は多いし。



それでも個人の精神の有り様は、どうも最終選択の最終段階にはいって来ているように感じています。
生存レベルの話ではなくて、どんな新しい仕事をしていても選択しているのが旧世紀のやり方の神型の神芝居で
見分けられるというか。


ある種の創造は善し悪しは別としても、今この瞬間の選択がエゴを選ぶか自立しているように見えても、人以外
にも強い依存がある場合もあり、見極めが瀬戸際に来ているようです
これも私が感じている事ですが。
一瞬の判断の学びが全てであると言うことを短期間に学ばされそうです。


一人では何も創造する事は出来ず同じフィールドのいる人達が必要で、また言いなりになる人物だけを周囲においても
また違う様でこれが一瞬の判断を学ばされると言う事でしょうか。



中世ヨーロッパの哲学者の言葉に「個々で在ろうが人類全体であろうが新たな世の光を感じ創造へ向かい始めると、この光へ導く先導者は悪魔である」という言葉が
ひしひしと胸に迫ってきます。

この哲学者の言葉の視点で見ると確かに新たな創造性の誕生は魔を見せられ完成していくようにも見えます。
何を選択するかでしょうね。
良く地球を護ろうとか言う人達多いですが、一説では地球は自分で如何様にも自分を守る事が出来る惑星であるようです。
自分自身でサニワが出来るという事でしょうか。
自分自身のサニワが出来る人間はそう多くはないようですから(エゴが目をくらますようです。)



創造はどうしてもある種の破壊が必要なので、この破壊から生まれるエネルギーの行動について回るのが悪魔のエネルギーなのかもしれません。

それでも神人曰く、神殿のイノベーションが必要な時もあるようでこういった場合、御獄の木の伐採でエネルギーを移動させ場で起こり得た変容を変換する事もあるようです。
エネルギーのすみやかな移動なのかも知れません、放っておくと自ら火(自然発火)や人(干渉)を使って火を呼び込む
と言う事もあると聞いた事があります。

神の昇華のイノベーションというのか。
神のイノベーションに計画というモノはないかも知れない、一瞬を選択するので何時感じ取るか。


これからの世界は旧世紀の神々の昇華と神縛りの神芝居の神々にされた御霊の解放と、昇華後の神々は「人」になった
私達である事に気がつく事なのかも知れないと思っている所です。


時代のスピードが高速化すると計画という地図は直観に書き換えられるのかも知れない。
今の時代、イノベーションの歴史を作っているように見えます。

太古のコピーだろうな。

いつ頃のコピーなのだろうか?
今はコピーのスキャン中なのかも。




































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