美らごはん(new version)沖縄と宮古島

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医療

2013-07-31 14:10:47 | 沖縄情報
IPSの患者募集
インターネットニュースの見出しで何だか驚いてしまいました。

私の周囲は職業柄、訪ねて来る病人が多いですが多くの人が健康に戻ります。

余命100日もないと断言された友人は、食事療法でスキルスから11ヶ月で生還。
既に5年が過ぎました。
バリバリ働いています。
余命宣告を受けて友人を元をアドバイスを求め訪ねる方々も増えましたが、癌からの生還は思った以上に早い気がしています。





だいたいにおいて、一日一食で健康は取り戻せると思いますが、食事だけで身体を癒やすことは難しい。
周囲の思いやり、環境を変える等々取り組まないと。
特に環境を変えると言うのが大事な様な気がします、これに尽きるとは言いませんが食事と同じくらい大事だと思います。

病院で手術、治療を受け上手く行かず医者からさじを投げられた人への食と食品の指導は、恐怖で背筋が凍りつきますが、
生還した友人の激励で何とかやっている所です。
生還した人達を見ていて共通しているのが、覚悟を決めた人は安全と言われているモノだけに拘らないと言う事があります。

生産地にも拘らず関東産を平気で使っていて被爆の事があるので再三注意しているのに、癌が治るってどういうこと?
やっぱり、I先生が言うように癌は「生活習慣病」という可能性もありますね。
後、身体の筋肉が落ちていると回復がやはり遅く感じていて、I先生は心臓病でフラフラな人も必ず筋肉を付けさせます。


それでも生産地にはかなり気をつけた方が良いと思っています、台湾での買い出しも底をつき始め今度何時行こうか 
迷っています。

台湾での自然栽培の指導のこともあり、またまた忙しくなりそうで沖縄と台湾と宮古の往復が始まりそうで
日記が書けなくなるかな。
台湾は農薬使用が日本と同じくらいスゴイです、特にお茶。
沖縄と宮古はお陰様で自然栽培に取り組む方々本当に増えました。

私がいくら言っても全然耳を貸さなかったのに
木村秋則様々です、足向けて寝られません。
それにしても、木村さんがこんな有名になるなんて本当に思いもしませんでした、考えられないです。
声がかけづらいし。





沖縄では家を借りることにしました。
個人的に那覇には住むことは出来ないので中部に住むことになりますが、仕事はほとんど那覇ですので往復もまた大変です。
家は嘉手納近辺かな?ライカム?

戦闘機騒音が色々と言われますが、何十年も耐えている中部の人の事を考えれば戦闘機がうるさいから住めないなんていえないです。
私、率先して基地の真隣住んでいます。
理由は安い!(笑)


ではなくて、沖縄の現実から逃げたくないからです。
基地はどこ行っても逃れられないですが、コザに長く住んだ者としていわせれば基地があってもコザは住みやすいから。
また私は必ずコザの時代がもう一度来ると確信しています。




ウシさんに「東京に基地持って帰れ!!!」って、カツいれられそう(ドキドキ)
     

沖縄って戦後島の大動脈である国道58号線が引かれ西海岸地域が大きく経済的に発展しました。
背景にはライン的なモノと琉球フンシーがあると思います。
沖縄サミット(特に首里城殿での会食)は琉球フンシーでほとんど決められたそうですから。
巨大基地に関しては神事的なモノと星的なモノで返還があると言われますが、よく分からないところですがこれには触れないことにしました。

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沈んだ大陸と宮古島

2013-07-31 08:02:53 | 沖縄情報
スン○ランドの記事を書くときは伏せ字にするように言われたことを思い出しました(ホントかいな?)
歓迎するには?の投稿。
長きに渡り古代史を研究しインターネットで発表される方々は大変な思いも体験してきているんではないでしょうか。
襟を正してきちんと伝えねば!


後、沖縄の戦○的に見る地図的位置などの書き方もバツだといいます。
私とは無縁です。
何て、面倒なんだろう。
以前、宮古の古代史を研究している男性にスン○ランドのこともいろいろとあると聞きました。
沈んだ大陸?はしょうがないにしても、人の流れはしょうがないで済まされないのでしょうか。


さて、宮古島の人達ユニークなのが顔色一つ変えず「自分達は沈んだ大陸の末裔」という方多いです。
スピでも何でもなく一般人が。
多分、子供の頃から家でそういった会話があるのだと思いますが。


宮古島は確かに文化的に一見琉球のように見えますが、文化が浸透して居ないところがあります。
非常に独特です。
石垣との関係も微妙な感じで伝えられていますが、今はそうではないですね、貧しい宮古島は八重山移民として多くの人が移住しましたし。



子供の頃、多良間島から祖母の友人(多良間のオバーと呼んでました)が家に遊びに来たとき、来る度に面白い話しい伝説を話してくれ内容はいつも同じなの
ですが胸をワクワクさせながら聞いていました。


内容は、「宮古島のご先祖様は遠い沈んだ国から沢山の船でここに辿りついた。
国を出るとき、国中が大忙しで船作りでみんなが協力した。
持って行けるモノはほとんどなく、一部の人が文化も持って来たけど踊りと島の神様も一緒にきた。
王女達はスンダの民族衣装を持って来た(8月のお祭で男女共々が民族衣装を着て踊る時頭飾りに花を刺しています、それは大陸を出るときスンダ人が故郷の花を忘れないようにみんなで頭に花を刺した名残だと言います、また額を覆っている飾り物の絵柄はスンダの植物と年輪を描いた伝承もあり)

だから、8月のお祭は多良間島だけではく宮古島の人の大事な民族のお祭。
何時からか多良間だけのお祭のようになったが、民族の文化で島人を繋ぐ大事なお祭。
ヨンシーは男達が大陸脱出用の船造りで大変な時、辛い労働をみんなで励まし合いながら唄った歌、そして辛い船旅でも祭には後からきたものも入るが、ヨンシーだけはみんなで唄った大事な
故郷で生まれた唄。
宮古が長い間故郷の話を繋いでを護ったのは、ヨンシーを歌い継いだから。
沖縄へ向かった昔の人もヨンシーを唄いながら沖縄へ向かった(名護?)

こんな感じの内容です。

これは研究家の話しですが、多良間の男側の伝説として「宮古島への船旅を先導したリーダー達は多良間で暮らし多良間で政治を行い、これを各島々へ伝達したといっていました。
この島に法律家が非常に多いのはDNA?


ぱっとしないヨンシー踊りもこの話を聞いてから、感慨深く見る事が出来るし、男の子達もこの踊りを一生懸命踊っていた事を思い出すと、大陸への思いはDNAに刻み込まれヨンシーを唄う度、活性化されたのかも知れないと思います。


大陸から船に乗ってきた男達の衣装は多良間のお祭で見る事が出来ます、ヨンシーを踊りながら手に造船の時に手にしていたであろうのこぎり、ハンマー、他の造船道具を手作りで作って踊ります。
男達のスンダでの造船時をそのまま伝えたと言われる衣服を何とも言えない思いでみる私にもスンダのDNAが活性化するのでしょうか?(私だけでなくアジア人はそうかも知れませんね)
もう一つのブログに多良間のヨンシー動画をアップします(衣装がスンダ伝承服)


宮古が中々他と相容れられなかったのはスンダのこともあるのかなと思っているところです。
大陸の時からの確執も原因があると言う研究家もいますが。



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スン○ランド

2013-07-30 20:50:38 | 沖縄情報
少し前に記事にした、連続ドラマは現在岩手の宮古と東京。

前回連続ドラマは宮古島と大阪。



縄文海進の頃、スンダランドから大移動した人達の伝承があります。

東南アジアから各地に拡がったのかもしれません。

スンダランドから、南太平洋に移動した人々はインドネシア、フィリピンなどに移動したラピタ。

ラピタ遺跡はインドネシア、フィリピン各地で発見されています。
縄文土器に似たモノが発掘されてます。

ラピタは大集落制度であった形跡もあります。
ジャワ島で古代遺跡を見たとき形跡と生活体系からそれを感じました。
首長制度で日本と同じ万世一系だと言われ、ルーツ的に同系?

焼き畑農業です。

先島諸島と台湾の先住民の文化を調べるとまた違った事も分かる可能性があります。

宮古島から少し離れた場所にある多良間島。

ここはスンダランドで唄われのではないかと言われる、ヨンシーが色濃く残っています。
小さな島なのに伝統文化に迫力があり、男性二人組で踊る棒踊りは大迫力です。
このヨンシーが残されているのは、ヤンバル、宮古、多良間だけ。

特に多良間島はキレモノが多いと昔から伝えられていますが、あんな小さな島なのにお祭が壮大です。
沖縄風の民族衣装ですが、伝承ではこの島に辿りついたときスンダの民族衣装を継承したと伝えられています。

多良間のお祭は実に壮大で興味深くて、遠いですが興味のある方是非見学に行って下さい。
沖縄本当とはまったく違う文化を感じられます。




この島は前線的な何かがあったのでないかと伝えられています、DNAでしょうか?
大移動するとき、大船団を組むため造船がありその時に「ヨンシー」が唄われたと伝えられています。
ポリネシアア系のカヌー的な物の可能性があるそうです。

クイチャーフェスティバルでは必ず、ヨンシーと組踊りはありますね、大人気です。


唄を辿ると台湾、韓国、またそれに沿ってルーツも分かるかも知れませんね。
私の場合、非常に不勉強なのでそこまで分かっていませんが、済州島と宮古島には繋がりがあると言われています。


前回の宮古島と大阪のドラマと、岩手の宮古と東京。

どうもスンダランドと重なる事があります。

現代の文明は古代のコピーとダビング文化。

スンダランドから大移動した多くの先人達。

これをまさか繰り返す事はないと思いますが、それにしては事の展開が良く似ていますね。
まだ大移動は始まっていませんが、世界的にどうも人が動きそうな気配が???

世界的に水の被害が多くなりました。

スンダランドの後を追うのでしょうか?


考え過ぎですが、それだけはかんぺんしてほしい!!!

多良間の八月踊り(衣装が本土に似ているモノもありますがスンダランドの文化を強く継承していると言われてる衣装だそうです)
http://www.youtube.com/watch?v=LM4Z2Yobcq8

 
宮古島のヨンシー
http://www.youtube.com/watch?v=eKxsMaSbLFE


種子島のヨンシー
http://www.youtube.com/watch?v=zPCdbzKn8MU


多良間の棒踊り(奇声を発し男性二人の踊りで秘密結社のルーツだとも言われています。二人だけで通用する音を出したと伝承)
http://www.youtube.com/watch?v=dlK1UbDo41Y
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大神

2013-07-30 07:58:39 | 沖縄情報
大神島の洞窟から出た人の事をここしばらく書いていますが、ついでなので古いノートを引っ張り出して探してみました。

特に天体に関してメモを取った記憶があるのですがほとんど私の記憶にないです。
子供の頃、天体にそれほど興味がなかったと言うこともあるのかも知れません。

冥王星の名が強烈だったのは比較的新しい星なのでこの星が印象に残っていますが、大昔からこの星の事はしられていた
と聞きましたが違った星を冥王星と読んだのか?
名前は新しいですが、もしかしたら池間島ナナムイが古代の星々に関して情報があったのかも知れません。
池間島は古代に星の専門家達が住んでいたと言われています。
天体って趣味程度にしか知らないので占星術家の方の意見を待っているところです。

また祖母は箒星を凄く怖れていたように記憶しています。
古代の星々を追うと大神の男性が洞窟から出た時期まで分かると聞きましたが、古代の星の詳細に首を突っ込むなとも
言われた事がありますし。


神武の出征チャートを出してくれるそうでしばらくすればホームページである程度読むことが出来るかも知れませんが、皇室が絡むと
内容が限られますよね。
楽しみに待ちたいと思います。

宮古島で現在でも伝えられている「ティンヌヤーヤバンタガウツザ」「天の家は我らの親族」は誰をさしているのでしょうね?
まだまだこの男性の伝承は残されているので各集落回るつもりで調査をしていきます。

琉球王朝時代、王府から宮古島へ神話調査団なるものが派遣されましたが全てを話した分けではないとも伝えられていますが
後の日本の神話創作に利用された可能性は捨てきれないかも知れません(沖縄の離島全体に神話調査団が派遣されてます)
話す事を拒み死を選んだサスもいるそうですから。

神話をまとめる為の調査団なのに非常に厳しく調べられサス達震え上がったそうです。



祖母が、沖縄の人達は「宮古から亀を取ったひと達」とよんでいたことも人種と言葉の違いで現れているのでしょうか?
亀を取った人ってなんでしょうね?
何か間違って伝えられて実は「亀を信仰していた」人達の可能性もありますよね。
敵対する人達の伝承って余り良くは伝えられない事があるのではないでしょうか。
沖縄とは相当揉めた伝承が余りにも多いので、亀も関連しているのでしょうか?
昔から海人達は助け合うことが多いらしいのですが、船同士でもすれ違うと沖縄と宮古島は乱闘になったそうですから。


嘉手納、北谷砂辺から大量に人が流れ込んだと言う伝承と関連があるのでしょうか?
嘉手納から米軍が上陸したことに対しても、ほろ酔い加減になると「沖縄へ来た亀泥棒の神様達の真似事」と米軍を嘲笑気味に笑っていました。


沖縄のノロ、ユタの仕組みから外れて信仰を護った「御先世信仰」の沖縄の古代霊能者「御茶女」達が伝承を持っていると
聞きましたが、既に一人だけ?になったそうです。
多くの御茶女達が、嘉手納で王府に惨殺され多くの伝承が消滅したそうですが一部御茶女達が伝えています。
宮古島の信仰体系と良く似ています。





古代宮古島で冥王星の宮古言語で何て呼んだかご存じの島の方、また是非メールお願いいたします。
このブログは宮古島の多くの方も読んでいると聞きましたので、特にカンヌヤ-「神の家」の子孫の方々ご存じでしたら
よろしくお願いします。
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大神島

2013-07-29 18:57:01 | 沖縄情報
大神島の洞窟から出た人達を追い始めたとき、祖母はまだ健在で祖母の話として「この男性は冥王星」の動きに合わせて
事を為したと言う伝承を教えてくれました。


他の星の位置についても伝承は残されていたようです。

星々の動きとこの男性の伝承は一緒に伝えられていたようですが、何時の日からか天体に強い神司達がいなくなったため
伝承が消滅したと言われています。

誕生日が2月11日、命日が311なのですね。
やはり変わり目の日付だったのかも知れませんね。

この日付で言えばそうですが。


あるとき、お寺のお坊さんから「洞窟から出た男性の星回りを余り追わないように」と釘を刺された記憶があります。

冥王星のことしか聞いていないのですが、他の星も気になる所ですね。

星を読んでで移動したと言われていますから。



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宮古島

2013-07-29 12:21:41 | 沖縄情報
皇太子のロープの事を思い出したついでに、他の質問も思い出しました。

知っている範囲以内で。

「宮古島には赤瓦の琉球家屋が少ないのは何故?」と言う質問に。

宮古島以外(沖縄近隣離島、八重山諸島、)では赤瓦の琉球家屋と呼ばれる家があちらこちらで見る事が出来ます。

宮古、非常に少ないです。
かろうじて張水御獄の屋根に赤瓦が使われていますが、これもそれほど古い物ではないし。


理由はある時期まで、琉球王府が赤瓦を使った家屋を作らせなかったから。

色々な理由が取り沙汰されていますが、種族の違いではないかという事です。
随分遅れて赤瓦仕様を認めたようです。
王府の弾圧は宮古島は本当に過酷だった伝承があります。

大神島への差別は史実を読むだけでも良くもここまでと思います。
稲の納税が出来ないという事で色別に黄色い着物を着せられた伝承とは別に酷い話があります。


宮古島は、隣の集落と言語が違った時代もありましたから、こういった事情も絡んでいる可能性はあります。
伝承は国際国家並みに栄えたと伝えます、これも張水辺りらしいですが。
特に台湾が近いので中国系が多くその子孫も沢山、宮古島には暮らしていましたが那覇の中国系琉球人が暮らす
久米に移住した方々も多いそうです。
また、宮古には暮らせなかったと言う伝承も。


唐人御獄は廃れているところありますが、きちんとされているところもあります。
決まった時期に一族で手入れに来るようです。
ウル村にもウル人意外に中国系の子孫多いです。

ウルカはウルカ暦(砂川暦)と双書を持ってます。
最南端の波照間でもこれは見つかってます。
大陸かまた違う所から来た人らしいですが、理由は調べていませんが宮古に来てウルカに追い払われたと言う伝承がありますね、
沖縄から逃げて来た人達という伝承も。
暮らしにくかったのかしら。

沖縄から逃げて来た人達の伝承、沢山ありすぎて何が何だか分からないところがあります。


また、王府に統一されるとき中部勢力は宮古島へ逃げたと言う伝承もあります。
また、太陽の王子伝承のクマヤから伊平屋を目指し足跡を追って宮古へ逃げた人等。



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宮古島

2013-07-29 07:28:05 | 沖縄情報
クレーム覚悟でよそ者の私が一言。

沖縄の有名な某神の島のノロガイドツアー、以前は7000円だったのに値上がりしたのですね。
内地、沖縄のスピ系に圧倒的人気のある方もいます。

住民を困惑させるノロさん達ですが、相変わらずやりたい放題のようです「この書き方が一部のスピ系が気に入らないのは承知」

超高い時給ですね、沖縄ではかなりの高給取りです。




以前、この島のノロ達は高齢になると本島の老人ホームへ行くしかなくて物議を醸していました。
あるノロが、決起して久高に老人ホームをと寄付を募っています、何人かの友人が寄付をしています。

当然、監査役はいると思います。
まさか、権力を手にしているようなノロ一人に全託はしていないですよね。
スケルトンになっているか?
寄付をする方も、大した寄付金ではないので、と言わずに最後まで見届けなくてはいけないですね。
もし私の見解が違ってたらごめんなさい。

長老に噛みつける方ってこの島にいます?
神の島と呼ばれていますが、ここの神様って島であって神人ではないですよね。

新時代への突入とあらば、粛々と新時代へ移行するべきですね。
言いなりは少し違うと思います。





さて宮古島は海底の岩でつなぎ合わせるように、大神島、池間、宮古本島、伊良部、下地、来間、フデ島七島と少し遠い場所に多良間島と水納島があります。

宮古島信仰では、「天七座、龍宮七座、七魂」という仕組みがあり、人の魂は七つの魂に護られていると信じられています。
また、太古人々の生活が困窮すると天からのお使いの「ウプピトゥ=透明人間、大男だと言われる」が空間から現れ人々を導くという伝説もあります。
外国ではビッグフットと呼ばれる場合もあり、宮古島の下地小学校の近くには天然記念物として岩に大きな足跡が刻印されています。




また、天体の神「七王天が尊=ななおうてぃんがやぐみ」にお祈りが届くまで、七段階の空間層を抜けると信じられていて
神事にはこれが重要となります。
この七つの意識を抜けないと新たな太陽と繋がらないとも。
七つの意識を抜ける最後に試されると言われていました。

宮古島神界を尊「やぐみ」と呼んで天を拝んでいます。




さて、沖縄諸島と宮古諸島、八重山諸島を一つに見て見ると、本島の頭が国頭と名付けられ真ん中が宮古島と見る事も出来ます。

宮古島にはまた宮国という集落があります。

南は与那国があります。

以前書きましたが、与那国を真っ二つに割っている制空権がどうしても引っかかっています。

日本の一部なのに与那国の半面を日本の航空機が飛ぶとき、どうして台湾政府の許可がいるのかどうか?
多分、神仕組み(龍宮ライン)だと思われるのですが、多くを神人が語りたがらないので認識が出来ていません
または与那国の海底ですね。


時期が来れば分かると思いますが。
あの辺りの龍宮ラインは明かしてはならないと言われています。
霊的にまだ繋がっていないのかな?



与那国へ行けばインスピレーションが湧くかも知れません。
あの辺の海上を活性化させるために親日国家
台湾と領海権を巡って日本側の巡視船とヤラセガチンコ?でたまに大騒ぎします。
関係ないだろうと思われるかも知れませんが、宮古島の神事から見るとあの辺りは人が作り出す偽物のぶつかり合いでも
必要だと感じています。
尖閣もそうですね、分離政策ですが神事から見るとそのまま穏やかに何事もなくと言うラインではないです。

私から見ると軍や漁師を意図的に使った神興しの神事にしか見えません。
ですので、頻繁にはやらないです。


宮古島の神事神暦で見ると日にち、時間がある程度決まっているんじゃないかな?
尖閣も。



訂正、昨日の記事で「ユタの娘と書きましたが、正解はユタの娘の娘」
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大神島

2013-07-28 19:37:54 | 沖縄情報
今日、始めてお会いしたオランダ在住の方から大神島の遠見台へ昇る階段ができる前のロープの話で思いだしました。
その件に関して何度かメールご質問を頂いた方、すっかり失念していました。
失礼しました。


今日お会いした方ですが
スゴイと思いません、オランダに10年以上も住んでいて宮古島の歴史に非常に興味があり、今年もオランダから宮古島を
ご家族で訪れたそうです。
宮古島を始めて訪れたとき沖縄本島と石垣諸島との違いに驚いたそうです。

宮古島の伝承に非常に興味を持ってくれていて初対面だったのですが驚きました。
宮古島の人かと思ってしまいました(笑)
聞けば、宮古島でも島人と間違われることがあるそうです。
どこからどう見ても宮古の人でした(笑)

貴重なお時間を割いて下さり、また小さな島の言い伝えを拝聴下さり有り難うございました。
宮古島王朝のお話を忘れてしまいましたが、次回お会いするときまで伝承を調査しておきますね。
史実にはほとんどないことになっているので、心許ないのですが。




さて大神島ですが、現在遠見台には階段がありそれほど苦労せずに上る事が出来ます。

実はあの階段は大神島出身の有志の方が作ってくれたモノで、オバア達が神事で遠見台に上ることはできませんので
男性がおんぶをして遠見台の岩石までつれて行っていました。

階段ができてオバア達だけでも昇る事が出来るようになり神事が楽になったそうです。

その階段が出来る前まで実は急配を遠見台の岩に結びロープを身体に巻き付け昇っていました。
昇ったことがある人は分かると思うのですが結構キツイ急配です。



実は階段が出来る前に、皇太子もロープで昇った事がありこの時は綺麗な頑丈なロープにしたと聞きました。
以前は立て札に詳細が書かれていましたが外されています。

この件で問い合わせが何度かあり忘れてしまっていました。

理由は分かりませんが、大神島と遠見台は皇室の方々が過去に何度も訪れています。
弟さんはお忍びで何度も来てます。
石庭で管理人に「勝手に人の庭に入るな」とSPと一緒に叱りつけられていますし。
現場にいた人の話しだとSPがかなり焦ったそうです(笑)


大神の御主が啓示を受けたと言われる岩鞍ですが、石庭の管理人に話では
大陸が一度沈み再度浮上したと言われる宮古島諸島ですが、この地球の通信タワーと呼ばれるモノは地球の奥底から伸びており、大陸の神殿の御柱の可能性も在ると伝えられています。

伝承では大神の御主が大神島で修行を両親に勧められ島に渡ります。
この急配の道を上り遠見台の岩鞍まで昇ったと伝承があり、石庭の管理人もここで修行をしています。

さて、洞窟には入ってはいけない大神の天の岩戸ですが実はある事があり管理人からも大神の神司を連れ、洞窟に
入るようアドバイスを受けていましたが、何せ私はユタの娘でありながら「洞窟恐がり、御獄恐い、神事嫌いの超ビビリ」ですので到底無理だと思っていました。

しかし、私の場合どういうわけか(観が良くない?)現場に立たないとインスピレーションがほとんど湧きません。
現場でインスピレーションを受ける事がほとんどです。















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ナークニー

2013-07-28 08:22:45 | 沖縄情報
昨日、桑の木の事を記事にしましたが宮古島の家に巨大な桑の木がまだあります。
毎年、切る切らないでお盆の度に話にでますがこの木には思い出が詰まっていてさすがにまだあります。

最近、沖縄本島のことは良いので宮古島の事をもっと書いて欲しいと言われる事が多くなりました(笑)
特にルーツを宮古に持っていて沖縄に移住した人達、そして親族が宮古にいなくなった人達から。

首里人の事は渡来人なのよく分からないので、中部地域の事だけに集中したいのですが外せないですよね、首里人達。
チャンプルーとは良く言ったモノでその通りですからね。


ただ、太古に宮古から出た勢力と渡来してきた王府以前の勢力間で、現在の宇地泊辺りで天地を分ける大決戦伝承は未だに伝えられています。


スピ貝「宝貝」が池間で大量に取れ琉球で殷帝国の太伯が経済を牛耳っていましたが、その重臣達はほとんど宮古島の人で占められていたと言われていますが、この人達も大陸に渡ったそうです。


宮古島は文化が沈んだ大陸伝承、またスンダランド伝承もありますがこの文化体系が宮古島には最近まで残されていたという研究家もいます。
来間、久松、砂川などなど。
確かに宮古島は文化が二つあったのではないかと感じられる文化がありますね。
特にお祭。

元々大神島の太陽の王子の一族は宮古島生まれとは言われていますが、そのルーツはスンダランドでないかかと言われています。
この辺も研究しなくてはいけませんね。
個人的に、この太陽の王子の一族の先祖追っかけてジャワ島まででかけました。
この時は泣きましたね
この狂気に近い暑さの中、一体なんで私は伝承を追っかけてジャワ島のこんなジャングルの中の遺跡駆け巡ってるの?って(それも夢に出て来た地名を追って)
啓示的なモノを感じていましたので泣く泣く遺跡は巡りましたが。
台湾も同じような事が起きてます。
先住民を追ってどうしてバイロン族で止まったのかやっと分かったところです。


宮古では二つの豪族が思想の違い(血縁の自給自足型「天つ国」と戦が文化であった「騎馬民族皇太子太伯)から揉めることもなく長い間共存していたという伝承が根強いですので、太陽の王子の天つ国、また殷国人と見られる二つの勢力が暮らしていたと言う事は事実でしょう。
両家の婚姻は伝承で伝えられています。
太白の殖民もあり、平良辺りだと言われていますが、、砂川、久松集落辺りは海人系ではないかと言われています。
どちらにしろ小さい島ですので、拘りがあったかどうか。
太伯の殖民は島の人の半分であったとかそれ以上だとか言われていますが、この人達がどう拡散したかも
気になる所です。
青銅文化の人達がそのまま宮古島にいたとは思えないです。



また沖縄では宮古の人は「ナークニー」「ナクニヒト」と本島で戦後まで呼ばれていたことはリサーチが済んでいますが、
正直「ナクニ人」とどうして呼ばれていたかは不明。
ナクニ人と呼ばれるのは不思議と中部辺りで多かったです。
那覇辺りの高齢者は知らない人もいましたが、コザ近辺はほとんどの人が知っていました。
コザと那覇では人が違いすぎるくらい違いますので、中部は面白いですね。
コザをただの基地の街だと思っている人達、王府以前の歴史はここで沢山見る事ができます。
個人的には古代コザと宮古島は関連があり、天願のむるちで合同祭祀があったのだろうと考えていますが。
ギザ、ガザ、コザ路線でも別線で追ってます。



琉球民謡にも「ナークニー」が唄われています。


少しづつ、伝承や家に伝わる伝承から自説を展開していきますのでよろしくお願いします。


ただやはり沖縄と宮古は全く違う文化と人種達だと言う事だけは確信しています。

石垣島、他の離島も沖縄色強いですが宮古島がやはり特出していて独特で沖縄色がまったくないです。
昔から沖縄本島に屈服しないところがあり、王府とは最後の最後まで揉めた伝承も残っています。

最近まで中々相容れられなかったのは勢力間の場を変えて繰り広げられた度重なる宮古島勢力と本島勢力の戦いの伝承ではないでしょうか。
後、悪意を持って琉球王府が流布した噂など。



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リスク

2013-07-27 13:04:02 | 沖縄情報
基本的に私は反原発です。
今の状況は非常に恐ろしい状況だと認識しています。


沖縄は原発はないといわれていて「意味ありげな書き方ですが」、石油だけで何とか電力を供給しています。

本土もそれでやっていけると言う声も聞こえてきます。


何時も思うのですが、中東って今どうなっているんだろう?


日本って石油の備蓄って何年分あるんだろうか?
まさか数ヶ月って事はないと思いますが。

考えるだけでもイヤなのですが、中東で何かあると日本の石油ってどうなるんだろう?

新たな電力に取って変わられる時ってスムーズに行くのかな?

なんか起こしそうで凄くイヤになります。


まあ時間制限をすれば長らく持つとは思いますが。


最近、新たなシステムを導入するための意図的な何かではないかなと邪推ばかりしています。
妄想とも言いますが。

全部止まると凄く安全で安心して生活できますが、中東で何かあるとどうなるんだろうか?

新たな世に転換するためにはこれまでの歴史を振り返ると、何時もどんでん返しの何かが起きているような。
戦争で世代わりを進めたりしたのはつい最近までありました。
たまに思うんです
今の状況って古い最後の仕組みの生け贄的なモノじゃないかって。
「これを書くの凄く勇気が入りました、前から思っていて」


ただ原発の行く末は廃炉だと思いますが、既に新たなモノは出来ていると言いますし。
新たなカタを作るために何か裏表で起きそうな気がします、と言うより起こしそう。

世の中が新たな仕組みに転換する時って、何時も昔から続いている御獄神事を思い出してしまいます。
良く似ています。


御獄で地面を踏みならし地神を起こして大騒ぎ。
次に静かにお祈り
最後に唄って踊って指笛ならして神様を送る。



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