美らごはん(new version)沖縄と宮古島

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込められたエネルギー

2011-07-31 09:58:46 | 沖縄情報
私は時々、結婚式の引き出物について来る陶器などを見て、素晴らしい芸術家によって作陶された陶器と同じように感動することがあります。

お土産の陶器なのですが、新しく夫婦になる人の中には芸術家もいたりして彼らは才能のある若手の陶芸家などに自由気ままに作陶させる場合などがあるからです。
この若夫婦はお金の余裕がなかったのですが、受け手の若き陶芸家はこの夫婦の未来の幸せを祈り一個づつ気持ちを込めて作陶したそうです。

私も陶芸を長年続けているので理解出来るのですが、セットで何百個以上も気持ちを込めて作陶するのはかなりエネルギーを消耗します。


そういった祈りの気持ちを込めて作陶された陶器という物は、やはり素晴らしい(芸術品)で優雅な(美)を持ち合わせていています。

その若き陶芸家の芸術的センスに目をつけた起用人のエネルギーと陶芸家の個性的な発想のエネルギーで誕生した物なのですが、大量に作った同じサイズの同じ色の陶器でも、量販品で販売されている陶器との違いは手作りか機械の型押しです。

またたとえ手作りの陶器であっても心がまるで入っていない陶器も沢山売られています。

またたとえ機械の型押しであっても手作りの陶器よりも使いやすくて優秀な器は沢山あって、手作りの陶器よりも無駄がなく素晴らしいラインを持つ器もあり、いわゆる(芸術)が感じられる(美)が内包され部分的な器の場所にも素晴らしいエネルギーが感じられたりします。

ただ、人が作り出す優雅な雰囲気は欠けているような気もしますが、こういった器は使い勝手が良くて私もたまに使ったりします。

100円でも買える器などは(消費)の目的などが強いのですが、(芸術品、美術品)との違いを言うと、それぞれの器にどういったエネルギーが込められたかの違いであって、(どういった課程のエネルギーで物質化)したかの違いではないかと思います。

芸術品に込められた(美のエネルギー)は(美しい物に触れたいという意識)と、(美しい物を創造しようとする意識)のエネルギーがそこに生まれ、(土の種類)や(陶芸家)の創造エネルギー、(作陶の手法と手間)また(使うカマの火の温度調整)等の様々のエネルギーによって変化しながら、依頼者の要請である(興味をそそられる美しい外箱)(美しい包装)(出来上がった器の選別)などのエネルギーも全て包括されて、それに込められたパッケージ化された引き出物までになるまでの(時間)、また結婚式で言えば招待客の手元に来るまでの伝来、そして一人一人の招待客の物になるまでの不可視のエネルギーも全て包括されます。

込められたエネルギーという物は私たちが使う物全てだと思います。


私はたまに家の中にある物もゆっくりと観察するのですが、私たちの身の回りにある物は全て宇宙が創造した物質的な物には人のエネルギーが加えられることで出来ています。
コップ一つとっても人の作った物ですから、人のエネルギーが物質化した物だと言えるのだと思います。
全ての物資化された物は先ほど書かせて頂いたように、欲しい人と作る人の意識がそして関わった全ての人のエネルギーによって物質化していると思っています。


美術品でも一目で気に入り高額な物を買ってしまうのは芸術家の高い意識が反映されているのかmしれませんね。
また気後れして手が出ない物は創造過程においての作り手のネガな意識が込められているのかもしれませんね。

ギャラリー等に行くと素晴らしいバイブレーションの絵が壁にかけられていたりして感激する事もありますが、龍神だけを描く作家さんがおり誘われて出かけたのですが、見た目はそのまま力のある龍ですが目は強力な蛇神のエネルギーで震え上がって思わずギャラリーの外に飛び出した事があります。
人物像などでも昔から世界的名画作品にも目に一見素晴らしいですが、目には蛇人が潜んでいる絵もありその目に意図的に力を入れてあったりで意識を合わすと何だか違う次元にに連れて行かれそうで、たまに芸術も分からなくなるときもあります。
画家は自分の背後を映し出すのかしら。
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来間島の女神

2011-07-30 15:56:15 | 沖縄情報

30日11時頃、M9.3とXクラス寸前の
かなり大きなMクラス中規模フレアが発生しました。(ドキドキ)
311前も太陽は動きました。

人の一生はマティダガナス(太陽)で決まる、といっていた宮古島の「おばぁ」の言葉が妙に思い出される昨今で毎日太陽情報をチェックする日がもう何年も続いています。
人の一生が決まるのなら、地球上全ての生命は太陽に委ねられていると言うことになります。

宮古島のマティダ伝説の事はもう何度も書かせて頂いており、古くからの読者さんであればもう知っていると思います。


何だか最近思い出した事があり「おばぁ」が頻繁に口にしていた「マティダと目が合ったらマティダを身体の中に入れたら次はあんたがマティダまで飛んでいって太陽の中に入りなさい」を毎日実践しています。
理由は聞きませんでしたが、これをやると電気をつけるスイッチがパッチンと上に上がると言っていました。

これをやると、確かに元気になるような気がします。
プラシーボかも知れませんが。

たぶん、スイッチですが昔の電灯のスイッチを入れる時の黒いボッチ(長方形)の上下のスイッチの事ではないかと思います。

祖母の言う「マティダと目があったら」は、たぶん意識に太陽が浮かんだらと言う意味ではないかと解釈しています。



現在、宮古島に限らず世界各地に残されている神々の神名は惑星を働きを象徴していると思うのですが、惑星の働きと脳内のスイッチはリンクしていると思いますので、太陽からのサインをキャッチする能力は人間誰にでもあるのだと思います。

一言で言えば、「人間の脳内スイッチは惑星を感知する」といえば分かりやすいですよね。

各惑星は人間に影響を及ぼし、太陽がフレアを放出したときは何かを感じているのかもしれません。

フレアが続くと、宮古島伝説の来間島の海底の奥深くで眠る女神(海底奥深く秘められた龍宮の音秘の大言霊がマグマとなり天然現象で文明転換を引き起こす地球磁場)が目を覚ますと言う事なのかも知れません。
()内は宮古島の男神人や私の見解です。

()内が人間の中で起こると、同じ人間を上に祭り上げ神聖視するのもそろそろ終わる事もあるかも知れませんね。

何も来間で、大きな出来事が起こると言うことではなくてこの場所で「影から見守り守護しているマグマ」は何処でも目を覚ます事が出来ると言う意味の神話なのかも知れません。


しかし、新潟、福島の豪雨は大変ですよね。
新潟は多いですよね、フォッサマグナが関係しているのかな?

米どころは災害が多いんじゃないかと思うのですが、考えすぎ?

豪雨の後は地震が頻発しますよね(汗)中規模の太陽フレアの事もありますしね、やはり少しだけ注意が必要かな。











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問い合わせ

2011-07-29 18:07:17 | 沖縄情報
私への問い合わせで、拝のやり方を教えて頂きたいと良くメールが届きます。
最近急激に増えて来ているので、ここでお答えいたします。


確かに色々と拝みには必要な物が最小限あったりしますが、私は個人的にこれをブログにアップしたりはこれからもないと思います。

検索すればいくらでもユタ等が、やり方を開示していると思われるのでそちらを参考にしたらよろしいと思います。

また御願(うぐぁん)などを詳しく説明した本を出版した人も多々おられます。

御開帳も詳しく説明してある人もいると思います。
線香の数にも色々と意味がありますが、これまでも詳しく書いては来ませんでしたし、これからも書く事はないと思います。

ということで、よろしくお願いします。


ユタに頼むことも出来ますが、本物と言うのははなかなか表には出てきません。
親の七光りもいたりで難しいですね。

ユタでも色々で、個人の事を読み取るのは苦手でも社会現象などを良く読み取れる人がいたり、世界的に物事を読み取れる人がいたりでなかなか面白いユニークな人達です。

中にはブログ等を持つユタもいるようですが、個人的に思うのですが読んでみたらインスタントユタらしき方もいますし善し悪しは分かりません。

信頼出来るユタを紹介して下さる人に頼むのが一番です。



問い合わせの中に、「自分は神人になるのを断った」という方々もいらっしゃいますが、こういう方は元々神人の人生を選んで生まれてきていないだけのでしょう。
神人や御獄に囚われずに、また神人を心柱に生きている方を揶揄せずに自由に生きられると楽しいと思います。

神人も現実では完璧ではなくて、神人を通じて人生を学んでいるのかもしれませんから。
ユタの未熟さを色々と思う方々もいますが、未熟さはお互い様くらいに考えた方が依存が生まれないのでいいかもしれません。

ではでは。
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フレア

2011-07-29 15:55:08 | 沖縄情報
太陽フレアが活発になっていますね。

データがエラーを起こすほどだそうです。
フレア~どちら側におりてくるのでしょうか。

新しい世へのチェンジと言うことで、一段とシフトアップですね。

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マレビトと南波照間島

2011-07-29 10:23:32 | 沖縄情報
琉球諸島には、マレビト(来訪神)に関するお祭りが沢山残されていますが、特に八重山諸島には位置的な物で貴重な古代から続くお祭りが残されています。

八重山諸島には波照間島がありますが、この島には遙か南方に南波照間島「パイパティーローマ」という場所があると伝説で伝えられています。
沖縄では(パイ)というのは南と言う意味で、(パティーローマ)は波照間島の意味ですから、パイパティローマと言うのは南波照間島を指します。
琉球諸島ではこのパイパティローマに対する信仰心は篤く、宮古島の御獄の拝でも南の果てに祈りを通すという儀式もあります。

古代の信仰では海の彼方に弥勒世(ミユクユー)をもたらす神の島があり、これが南波照間島信仰となっています。


宮古島で言うニッラ、沖縄で言うニライカナイですね。

琉球諸島では、神々は海から来ると信じられていて、また天界の事を(アマ)とよび天上界の神々の働きを海に転写したのが龍宮信仰であると言うことは宮古島の神々の記事に書かせて頂きました。
海のことも、沖縄や宮古島や他の島でも同じくアマといったりします。

又、先島諸島では神聖な者は海からやってくるという伝説も沢山残されており、その神聖な神々が渡来するには出発する場所が入ります。
太古の昔、島の人は地図の事は知らなかったでしょうから、マレビト(来訪神)が来るには八重山諸島であれば、南波照間島信仰はここから発祥したのかもしれません。

古代人々の南への憧れは琉球では(南波照間島)龍宮伝説として、日本本土では熊野では(普陀落山)として他界観として残存してるのかも知れません。
これは作家の司馬良太郎さんも同じような事を思われたようです。

遙か彼方の南の向こうに思いをはせて、そこから訪れてくる(ミルク神)への島人達の思いが今でも(ミルク神)信仰として気持ちが駆り立てられたのかも知れません。




          2010.10.7 石垣島「登野城字会結願祭」 ~ミルク神御嶽に到着~   
          2010.10.7 石垣島「登野城字会結願祭」 ~ミルク神祭壇へ~








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釈迦と彌勒(八重山伝説)

2011-07-29 10:21:59 | 沖縄情報
昔、釈迦と彌勒がいて、お互いにこの世は自分のものであると争っていた。
 それではということで、二人は話し合い、お互いに欲を捨てて、
 誰の世にするかは天の神にまかせ、神が与える何かの印しによって、
 どちらかにこの世を譲ることにした。
 二人が目をつぶって天にお願いをしていると、天の神から大きな金の鞠が
 降りてきて、彌勒の膝の前に飾られた。釈迦が小さく目を開いてみたところ、
 彌勒の前に鞠が光って飾られていたので、その鞠を自分の膝元近く寄せつけ、
 そ知らぬふりをしてまた目を閉じて祈りをつづけていた。


 ところがこれをそばにいた目を四つもったバッタがはっきりとその目で見ていた。
 
 バッタは「釈迦と彌勒は目を開けよ、そしてこのバッタの言うことを良く聞けよ。
 この広い世界に目の四つある者は、唯私一人だ。
 この四つある正しい目で私は見た。
 この世の定めの金の鞠は彌勒の前に天の神からさずけれた。
 徳の高い世果報の鞠である。

 釈迦の膝の前にある鞠は釈迦のものではない。
 天地四方の豊年を招く弥勒世の印しの鞠である」

 はっきりと言って彌勒に鞠を渡した。
 釈迦はバッタの正しい言葉と、確かに四つの目で見られたのに驚いて、
 自分の一時の汚い欲をきっぱり捨て、徳の高い彌勒にあやまった。
 それから釈迦は最後に、
 「この世の万人をよく指導して、立派な世界の世果報太平の神として
 万人から敬われるように頑張ってくれ、私は遠い遠い八重山島の石城山と
 言うところに身を隠し、皆さんの幸福を祈ります。」

 と言って、彌勒と別れ、八重山島にある石城山の岩屋にかくれたと言うことである。
 それから八重山では、バッタは神の使いだと信じられるようになった。そして、
 祭りの時にバッタが飛んで来て神に供えた供物に止まったり、祭主のところを
 飛び廻ったりしたら、この祭事は正しく、神が喜んで納受しているとされるように
 なったとのことである。
 (上勢頭 亨 著/竹富島誌(民話・民俗篇)法政大学出版局(絶版))


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メディア

2011-07-29 08:53:47 | 沖縄情報
国の一部がゴーストタウンの様な有様で、既に常識ではあり得ない食の汚染は拡がり人の身体の被爆はどれだけかも想像もつかない状況下です。

それこそ国民的非常時で危機的状況下だと思うのですが、ここまで落ちたかと思わされる日本のメディア、特にテレビのお笑いバラエティー番組などを今平気で流し続ける精神状態です。
無神経極まりないです。

今国民が一番必要としている情報を一切流さないテレビは必要ないと言われて仕方ないでしょう。

今こそテレビの役割が生かされる状況はないのですが、いまこれほどテレビの需要が国民から乖離した時があったでしょうか。



また夏盛りだというのに街の中は活気という物がまるで感じられません。

極陰の放射能に浸され続け、気持ちまで極陰になっているのかも知れません。

閉塞感があるのでしょうね、自分のままでいることは大切ですが自分のままでいることも難しい状況だったりして、私も大変だったりします。
肉体を持つと言うことの苦労(閉塞感)は思っている以上に大変な時もあるようです。




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2011-07-28 18:07:01 | 沖縄情報
日蓮僧侶から面白いお話を聞いたことがあります

修行中の事らしいのですが、火の側でお経を唱えながら熱くて苦しい時は行者はいわゆる炎と一体化出来ず別々の状況なのだそうです。

この僧侶の場合、本堂の中で座ってお経を唱えながら、お経を読んでいる間は身体を動かす事も出来ず苦しいとも言えなくて、静止していると手がほとんど動かなくるそうです。


身体の動きも鈍くなると言っていました。
又、お経を唱える声で大声を出し威嚇するように声を張り上げると、炎が襲いかかってくるように見えて炎をねじ伏せようと気持ちも荒くなるそうです。

しかし、修行も3ヶ月を超えてくると自分が光か、光が自分なのかまるで分からなくなるようです。
まるで夢の中で修行をしているのか現実なのかも理解が出来なくなるそうです。

沖縄の拝所で祈る神人達も長年祈り続けていると、こういったこともあるようです。

冷静になってみて、光の中に自分がいることが何となく分かるそうです。
ここら辺で色々な誘惑があるようです。
黄金色の菩薩様とか、綺麗な仏像さんが沢山出て来ることもあるようです。
いわゆる魔界ですよね。

夢が真か分からないような現象の中で修行を続けて行が終了すると、何時間の時間が数分にしか感じられなくなることもあるそうです。
ここまで来ると、行の炎はこの僧侶にとってやっと敵ではなくなったそうです。
ここら辺まで来ると、自分の意思で炎が動くんだそうです。

炎に近づき行を唱えながら、「火に向かってお願いだからこちらに向かって炎を吹きかけないでくれ」と思うだけで、炎は微動だにせずそのままでいてくれるそうです。

炎が遠慮しているのか反対側に吹いており勢いよく燃えさかっているときに、「外に出過ぎだよ、まっすぐに」というと、言うことを聞いてまっすぐに燃え出すそうです。

僧侶成り立ての頃はこの事に仰天したそうです。
先輩の僧侶達もここまで事細かくは教えてくれないので、始めての経験だったそうですが異常に光り輝く綺麗な物体には要注意だという警告は何度も聞かされたそうです。
ここで捕まると大変。

人間界と同じなんですね。

でも炎と自分は宇宙の前では一つであるのだから、自分の意思で一緒に動いて当たり前と思うようになったそうです。

行の炎の側というのは私も余り近づく事が出来ません。
凄い迫力で。


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ヒミコ

2011-07-28 16:58:12 | 沖縄情報
台北から帰国して、外に出て自然を毎日時間をかけて観察しています。

夏の盛りのように見えても草花はもう秋の気配が漂いその準備を始めています。

小さな生き物は季節の変動を敏感に感じ取っているのか、私たちが到底気づかない何かを感じ取りその準備をしているようにも見えます。

スピ系とかでは「宇宙意識」とかまるで遙か彼方に存在するように語ったりしますが、自然を良く観察してみれば私たちが宇宙意識のど真ん中で生きている事に気がつかされます。
これさえも忘れてしまいそうな時があります。

それに太陽は活発化しフレアが発生しています。



又太陽系宇宙の生命は宇宙に発生する泡が影響しているという事も認識されるようになって来ました。

人類の宇宙観に革新的な影響を与えるハッブル宇宙望遠鏡は地上600キロの大気圏外にあり、その影響を受けづらいために揺らぎのない非常に鮮明な映像を、宇宙の彼方にある数え切れないくらいの星々が集まる「天の川銀河」を映し出してくれます。

これまでの観測で地球の近くの銀河は石けんの泡が集中して一定の形に集まる事が分かってきました。
泡の表面の部分に銀河が集中して集まり、泡の中は銀河がなくて空になっているそうです。


この銀河が創造する泡構造は地球周辺の事だけなのか、又は遙か遠くのその彼方まですつく創造なのかは謎に包まれていたそうです。
それを解明するために世界中から学者が集まり、ハッブル望遠鏡史上最大の観測が行われたそうです。

その実験で地球近辺の事だけではなくて、あるか100億光年先まで銀河の泡は繋がって居ることが解き明かされました。

シミュレーションが行われ、銀河の泡が出来るのは不可視の謎の「ダークマーター」が不可欠だと考えられています。
ダークマーターがあると光が重力で屈折します。

これはレンズの様な働きをするために、重力レンズと呼ばれ、僅かな銀河の光の小さな光の変化も見逃さずに、ハップル望遠鏡だとはっきりと捉える事が出来るそうです。
このやり方で測定することでダークマーダーの分布がc調査されました。

実験の結果は泡の様な銀河の分布とダークマーターの分布が一致し、ダークマーターの重力により泡構造を作り上げていたそうです。

このハッブル望遠鏡は東京大学の天文家の教授によって発見された天体「ヒミコ」がありますが、この謎の天体「ヒミコ」までの距離は何と129億光年で、超太古の天体である事が分かっています。


既に観測が始まっているそうですが、しかし「ヒミコ」ってすばらしいネーミングですね。


 
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宇宙

2011-07-27 10:00:23 | 沖縄情報
出口王仁三郎が、未来世界は12の使族に纏まると言っていた事を何かで読んだ時に、この人(王仁三郎)は間違いなく古代文書を持っており間違いなくそれを預かる古代からの種族であろうと直感しました。
古代文書というのは血筋で護る物なので天体の周期で時期(発表)を見ていた可能性もあります。
この古代文書を軸に壮大なストーリーを執筆したのではと、個人的に考えていますが本人(王仁三郎)も霊的センスが優れていたのかもしれません。

私個人的に王仁三郎にはそれほど興味はありません。
この人の本も沢山読んだのですが、宮古島や本島に伝わる伝説とリンクするときもあり面白いと思っています。

琉球王府は民間に伝わる古代からの神謡を神人から聞き取り、文章化したと記録に残っています。
ここからも、琉球王朝(首里族)が別の種族で作られたた事が読み取れるのではないでしょうか。
琉球王朝以前は沖縄は三つの国にに分かれていました、その名残が現在も残り南部、中部、北部と三つに分かれています。
そしてこの神謡の翻訳文献は全て薩摩藩に持って行かれたようです。

出口○おについても文盲と言うことになっていますが、これはまずわからない。
ストーリーと言うのは自由自在に創作出来ます。
聖書が良い例だと思いmす。。
こういった神格化された人というのは冷静に観察する必要があると思います。


この世に悪というのは存在しないと言われていますから、結局時代背景的に文明の崩壊危機前夜を世に出すには、こういった方法しかなかったのかも知れません。

この団体に対する国家弾圧も2度ほどありましたが、色々と言われていますが、個人的にはある種族(サ○カ?)を集めていたのだろうと思っています。

これまでは物質化を促進する時代で、宇宙もそれを応援していた節があります。
結局、物質世界の創造が99、9パーセント成功すれば世の中がひっくり返るシステムが宇宙のシステムなのかもしれません。


何かを物質化させるときは、技術的な物でも何でも完成させる課程で人間同士で話し合いが行われます。
話し合いの途中で色々とあり真神も魔神も登場し、一つの物を創造し完成させ進化させて言ったような気もします。
その課程で人間も苦しみながら精神的に成長する様な気もします。

私たちは進化を目的としていますから人により宇宙の本質を極めたいと、私も読者さんも日々精進しているわけです。
色々な物事を通して学ばされるわけです。
どんな闇にも貴重な学びもあるわけで、必要な人もいるのかも知れないし。


話が飛び飛びになりましたが、結局本質を見ることの重要性に今更ながら気がついています。






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