美らごはん(new version)沖縄と宮古島

   ブログの無断転載をお断りします。
   

宇地縄{ウチナー}

2008-06-29 20:54:22 | 沖縄情報






宮古島の神人に伝わる天照大神について、書かせて頂こうと思っていたのですが

いろいろと影響を与える事が、多いのではと思い今回は止めさせて頂きますが

どうしても知りたい方はメールでも頂ければ、こちらから送らせて頂きます。

古事記に伝えられる物とは全然違いますので,止めさせて頂きました。

又、以前ブログに書いた木内説とも全然ちがいますので。



今回から、しばらく新城さんに降りた天からのメッセージを中心にブログを

書かせて頂きます。

過去のブログと重複する部分もあると思いますが,よろしくお願いいたします。






新城さんは幼い頃から神人として選ばれて居たようで、母親も夢の中で啓示を

受けて居たようです。

1979年の冬、真夜中の事です。

新城さんはどうしても寝付く事つかれず、丹田はトントンと波打つ現象が

起きて居ました。

寝床から起きて、外に出てみると澄み切った夜空は明るい空間となって

星々の間からは、流れ星が光りの軌道を見せていました。

夜空を見ながらいろいろな考え事をしていると、母親が子供泣きになって

わめいていたそうです。

母親の所へ駆けつけると、何やら神祈りの言葉が聞こえてきたそうです。


{神様どうぞ長男を助けて下さい}と。

母親が子供を思う祈りごとが、耳元でこだましその夜ほとんど一睡もすることが

出来ず、夜明けとともに母に昨夜の出来ごとを問い詰めると,母親が見た

夢の話をしてくれたそうです。

新城さんの所に白衣姿の若い天女が降りてきて、天神様から修身修行の道を

勉強しに連れておいでなさいとの命がありましたので,一緒に昇天して

天体へ行きましょうと話しかけていたのです。

母親はそれを見て、新城さんはその天女の話を断るだろうと思っていたのですが

新城さんは,天神様のお召しならばと行きましょうといって,天女と一緒に昇天

していき、母親はそれを見て目が覚め驚きと悲しさで泣いて居たようです。

それに、母親に断りもなく地球を離れて天に昇っていくのか、その姿を見て

叫んだそうですが、息子の姿はどんどん小さくなり天に昇って行きます。

すると、新城さんが母親に{昇天して天での修行の道が認められた時には

この地に降りてまた一緒に生活出来るであろう}と言ったそうです。


新城さんは、この言葉を残して天へと消えました。

後で、ただあれは夢だったんだなと二人で安心したそうですが。



その夢から数ヶ月して、新城さんは思いもしなかった石庭づくりへの巨石

起こしが始まります。

自分の人生が激変する姿を、母親の夢から教えられたのだと理解し今に至って

居ます。


岩石起こしは,天命に従い行動している時間のなかで働いていると考えさせら

れる様になってきたようです。

それは、1984年の旧暦7月26日みずのえ辰の日の午前3時の夢にありました

{おまえの天体での修行は,天から認められました。地球に天降りする事を

許されました野で、降りる準備をしなさい}とのお告げがあったそうです。


その夢の中で,二人の大男が丸い地球儀のような丸い形をした大きな

物体を抱えて持ってきて、宇宙空間の様な所へ下ろしてから、この球体の

中に乗りなさい、そうして中心部にしっかりと足を踏みしめて,重心を

安定させてから、全身の力を集中させ地球に降り立てるよう体を調整する事が


重要です。

もしも、集中力に事欠き球体の中心部に立てずバランスを崩せば,地球に

届かず,宇宙で空中分解する事になりますと言われました。


新城さんは胸を、どきどきさせて球体に乗ると大男達は両方からしっかりと

抱え、宇宙空間に降ろしました。

そして、この丸い球体にしっかりとバランスをとって立つように再度

重ねて、厳重に注意をされました。



その時新城さんは、全身に鳥肌が立ち生と死の境界線上に、立たされている

気分になったそうです。

忠告の後で、大男達が手を放して降下した瞬間、無意識状態に落ちました。

地球に降り立つと同時に意識が戻り、降下した場所から地球までの時間は

2分57秒37であったと、教えられたそうです。

それらの事から、石庭づくりの作業は天での修行中、教えられた天の心を

石柱で配列、縮図にして現した未知なる知的能力修行への扉であったと

教えられたそうです。


新城さんの母親が見た夢と、新城さんが体験した天体での修行した道は

一つに連結された、未来を予言する天の心を秘めた石庭誕生となっていたようで

す。


その石庭づくりの中で、作業中に体験した出来事で大きな驚きがあったそうです。

それは、新城さんが作業している状態を、もうひとりの新城さんが上空で

じっと見つめていた事の発見です。


作業が非常に苦しくなり,岩おこしが止まり、どうしたらいいかと

絶望の彼方に追い込まれ,先の見えない疲れた体と心で天を仰いだそうです。

透明の空間の中で、もうひとりの新城さんが作業をしている新城さんを

じっと見ていたのです。


その瞬間、もう一人の新城さんは、現実で疲れきっている新城さんにエネルギー

を送り続け、勇気ずけ励ましながら気付きの弱い時は、直感を通して岩おこし作業

に対して、答えを教えて居ることに気がついたそうです。


それ以来、岩石を起こしている時、あまりのつらさに挫けそうになった時など

もう一人の自分がいつでも一緒に働いてくれ、そして助けてくれてその協力で

岩石起こしが可能になっていくそうです。そして非常に心強うそうです。



それでも岩石起こしのテコの使い方で苦労して、何週間も作業が進まず

あきらめかけて居たときなど、突然の竜巻のようなつむじ風が運んできた

言霊によって答えを知らされ、数分後には巨石を起こすのが簡単に


になり、神風が吹く時もあるようです。

新城さんは、天から造らされている石庭を通して21世紀に対応した人間の

生き方の答えを、天体、宇宙エネルギーに溶け込んだ体で、重力の原則から

離れた、無意識状態を空間から拾い出しその数字を組み合わせて

道を開いて来た様に思うそうです。


石庭は石柱を通して、宇宙からの電波を吸収し人間の生き方に目的を与える

空間となっています。


少し難しいかもしれませんが、少しでもわかってくれたでしょうか

少々、疲れてしまいました。

続きはまた。












コメント (3)
この記事をはてなブックマークに追加

うたきと天体エネルギー

2008-06-28 20:19:32 | 沖縄情報






宮古島は小さな島ですが、270カ所のうたきがあります。

この島には地球を護って下さる神人も、たくさん生まれています。




ただ昔と比べると、現在では減っており宮古島に残っている神人達が

うたきを掛け持ちで護っており、肉体的にかなりきついときもあるようですが

神様の仕事だからと、高齢にも関わらず暑い最中にうたきで祈りを捧げている

姿をみると、思わず感謝で後ろ姿に手を合わせたくなります。





神人が居ないため、新しい魂と天国に戻っていく魂を分けるうたきが、そのままに

なっているところもあるようです。




こういう現象を目のあたりにすると、やはり地球が近未来に激変するため神人の

後継者を必要としないのではと、個人的に考えたりする事もあります。





さて宮古島の拝所ですが、どこの拝所でもそうですが入っていくとひやっとしま

す。



これでだいたいびっくりすると思いますが、以前も書いたのですが鳥肌が立つと

悪寒は全然違います。

拝所などに入ったとき鳥肌がたつのは、そこの神様が大歓迎しているそうです。

逆に悪寒が走るときは、その場をさっさと立ち去った方が良いようです。





最初に拝所が作られたりするときは、必ず神降りがあります。

だいたい神人に対して、いろいろな物を見せたり感じさせたりするようですが。


その拝所には、だいたい伝説や神話が残されており興味深いです。

拝所自体が、特別な場所で天体エネルギーが強烈な場所です。



ある集落に伝わる伝説ですが、この集落の拝所が場所は太陽が昇る頃の朝焼け

太陽が沈む頃の夕闇の分岐点のとき、地平線上から光を出し太陽が昇る時と

太陽が地平線上から沈んで行く時、夕日の光が地平線上に残って居るとき

天に煙のような柱が立ち上って見えて、塔のようになって天体と森が一直線

になるのを見た神人がいました。




その神人が天を仰ぎ手を合わせて祈ると、この場所を拝所として

定めて,村人の祈りの場所とするようにとの答えでした。



この場所に4人の神様が天降りし、この集落の人たちは万世代までも護り育て賜る

尊い集落の守護神のお座敷になる事を悟らせました。



その尊い教えに従って,聖なる地として清めて、天神様に拝所の定めのお祈りを

通して集落の守護神として拝礼されるようになったそうです。



この集落に命を授かった者は、移住して住まいが変わっても年に一度

拝所参拝をすると、健康と運勢が良くなると信じられています。




そしてあたりまえですが、神の住まいと人間の住まいは一定の空間を隔てて

あります。




それ故、宮古島では住まいを新しく立てるときは、家族の健康や志を思い

土地の選定にはかなり拘る人たちもいます。

拝所のまわりに、民家はあまりみあたりません。


宮古島の拝所も後継者が居ないため、そのまま朽ち果てあたりしている所も

ありますが、何百年の時を待って神人が必死に探し求める拝所もあるようです。






コメント
この記事をはてなブックマークに追加

世界は今

2008-06-27 20:14:51 | 沖縄情報






リサーチでスペイン側のバスクと,フランス側のバスク、それにフランスの

プロバンスに近い小さな村へ行ってきました。

バスク地方は、こんな場所が地球上に残っているのが奇跡に思えるような

素晴らしい所でした。

とにかく人が優しくて、人に親切にするのが当たり前の様なところがあり

バスク人も、日本人に近い気質を持っているような気がします。

ただ食では肉と魚の摂取量が多くて、野菜が極端に少なくここから様々な

健康不安があります。

マクロもあまり知られていなくて、説明するとまだ疑惑的にいぶしがられる

ようなところもあるようです。

地元の友人達には、マクロに拘らず菜食から始めるようにアドバイスは

してきましたが、なんと言っても味噌、醤油が日本の物とは違います。

地元の人が使う味噌や醤油などで、料理をしたのですがちょっと苦労しました。

水の違いもあるし,肉が大量に入って居る人たちですから、味の好みがちがいます。

なかなか日本のようには行きません。なんといっても海が近いですから

新鮮な魚が食べられるので、食を変えて行くのは大変でしょう。

バスク在住の日本人は、とにかくバスクでは食には苦労しないようです。

これからバスクのツアーなども、増えていくそうですから日本人も

サンセバスチャンの虜になる人が、増えてくるかもしれません。




フランスでは、シュタイナーの学校の行事に参加させてもらいました。

やはり田舎の子供は、どこでも一緒で目がきらきらしており都会の子供とは

ぜんぜん違います。



シュタイナーの思想で経営されている学校ですから、親たちも実に頭が柔らかい。

日本には尋常ではない興味をもっており、日本には何かがあると直感的に

知っている親たちがおり、こういう場所で子育てが出来たら私の子供達は

どうだっただろうとか、いろいろと考えさせられました。

公園デビュー、などというおかしな言葉もないし、国民性の違いでしょうが

グループもないそうです。


素晴らしい事に、いつも誰かが小さい子供達に目を配っています。

自分の子供を誰かが、いつも気にかけてくれていることは母親にとっては

非常にありがたいですよね。

日本にも少しはシュタイナーの学校はありますが、まだまだ少なく

日本こそ多く必要ではないかと思います。いちばんの違いを南フランスで

感じたのは、親同士の競争がほとんどない事です。




コメント
この記事をはてなブックマークに追加