美らごはん(new version)沖縄と宮古島

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クバノパーズ

2007-12-05 20:35:46 | Weblog
こんばんわ。

体調が良くないとブログに書いたばかりなのですが、ブログに書き終えた後から
元気になってしまいました。
皆さんの励ましだと思っています。
ありがとうございました。

このブログを以前、読んだことのある方は私が陶芸をやっている事は知って
居ると思いますが、そろそろ2008年度のテーブルウェア展の入選発表があり
私は、この通知を心待ちにして待っています。
非常にレベルの高い公募展なので、自分の実力を知るにはぴったりで非常に
楽しみです。

ただ師匠には、たとえ入選したとしても1度目はまぐれだと思いなさいと
きびしい事をいわれていますが。


今日は、宮古島に伝わる古い民話をご紹介いたします。
どうしてこの話を、書く気になったかというと、この間の沖縄の講演会に宮古島
から、4名ほどの方が参加して下さいました。
講演会の後の、懇親会で一人の方がこの話をしてくれました。
私も子供の頃、この話を祖母から聞かされていたのですが、すっかり忘れていました。

昔、子供のいない貧しい老夫婦が住んでいました。ある日二人が川に水をくみに
いきました。
そこへ、川の上手の方からくばの葉「南国にある大きな葉」が流れてきました
おばあさんが、よく目を凝らして見ると、くばの葉には男の赤ちゃんが包まれて
いました。
おばあさんは、この赤ちゃんを家に連れて帰ります。おじいさんと相談して
二人で育てる事にしました。
すくすくと育ち、そして非常に頭の良い子供に育ちます。ある年、宮古島を大変な干ばつがおそいます。老夫婦は食べるものが少なくなってきて困っていると
その子供が、不思議な事をいいだします。
まだ幼く、農業のことを知らない小さな子供が、老夫婦に向かい突然、農業のこと指示し始めました。この種とこの種をすぐに植えなさいなどと言い始めたのです・
老夫婦は、驚いたのですが子供の言う事が、的を得ているために言う通りに
しました。
少し時間がたつと、子供に指示されて作った農作物が育ち始めます。
老夫婦の畑だけに、農作物が採れるので村人が不思議に思い話しを聞きに
来ました。
老夫婦が、事情を説明すると村人達も同じように子供の指示した農作物を
植えました。ここで村人達も子供に助けられます。
ある日、この村に隣村の狩俣から行商のおじさんがやってきます。
この村で野菜はとれるのですが、お米や麦などは時間が掛かるため
まだ収穫は終わっていませんでした。
相変わらず、この子供は農業の事を村人に教えていました。これを見た
行商のおじさんは、少しばかりの麦と、この子供を交換しようと言い出します。
老夫婦は断ったのですが、子供が、僕と麦を交換しなさいと強く言い出しました。
あまりにも強く子供が言うので、仕方なくわずかな小麦と子供を交換します。

おじさんは子供と一緒に、狩俣に帰ります。
当時の宮古島は大変な干ばつです。叔父さんの奥さんはこれをみて劇怒します。
ただでさえ自分の子供たちにも満足に食べさせられないのになんで余計な子供を
連れてきたと大騒ぎです。
子供はずいぶんといじめられるのですが、ここでもこの子供は農業の指導を
始め、それを見たおばさんは考えを改めます。
この話は宮古島中に広がり毎日、この子供の所には人々が押し寄せて指導を
受けました。この子の農業の指導の仕方は、先を見て種を植えさせる事に
重点を置いていました。
それも何年も先を見ていました。それから何年かが過ぎ、子供の言ったとおり
宮古島の畑は農作物であふれかえりました。干ばつになった時のしのぎ方なども
教わり、みんなであの子は、いったいどこの誰だろうと宮古島中で噂しあいます。
しかし、人柄もよくみんなに慕われ宮古島中の人に感謝されていました。
年齢にして15歳くらいまで成長していたようです。
しかしある日忽然と、この子供は消えてしまいます。みんなで宮古島中を
探したのですが見つかりません。この日からこの子供を見た人は誰もいませんでした。

こういう民話なのですが、この話は文禄ものこっていたようですが今は消えて
どこにあるか解らないそうです。ただどこかに残っている可能性は高いようです。
そしてこの話には、言い伝えがあり、この子供は自分の事に関する事をある石に
すべてを封印してあるそうです。

宮古島も、色々な伝説がのこっています。





来年、宮古島にいけばこの話も興味深い結末があるのかも知れません。
では、また。








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