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新宮古島と沖縄からの発信

意味のあるもの

2016-10-13 10:17:06 | 沖縄情報




三輪山の大物主の蛇身は円を描いていますが
これは大物主を表しているのだと思われます。

長い蛇が輪を描いているのですから、ウロボスと同じで尾を自分で噛んでいる象徴ともいえます。
蛇ですから太陽に繋がりますが
ウロボスででもあり、止む事がない円環の螺旋運動を表しているのでしょう。

輪廻転生を表していると思うのですが
メビウスの輪をも思い出し、あるところ(ククリ)で裏表がひっくり返るのがメビウスですが
反転のひっくり返りとはまた違う様な気がします。

蛇が自分の尾を噛む例えはやはり
抜け出せないという何らかの象徴を人が表していますから
過去の宗教観の延長というより
地球と宇宙が周期的に起こす大変化を伏せている様にも感じますし
また輪廻転生を伝えているのかもしれません。

メビウスは表裏のひっくり返りなので
星々のハタラキと宇宙の周期をもっと突き詰めれば
星々のサポートで、次元が違う場所に送る仕組みがあるのだろうと
感じてはいますが、これらの答えは古典書から探すのも難しい。
今の宗教観とは違った認識が、思考として必要ではないかと思っています。
個人的にはメビウスのククリの部分で、裏にひっくり返るというより
向こう側から来る、星の絨毯に飛び上がる為の今の時代だと思うのですが。



太陽信仰というのは
太陽の観測所が神殿としてあったのは、世界の遺跡あとに見られますが
山であれば地下洞窟を通り、再び太陽が地上に表れると言う思想。
砂漠の民も似たような思想です。
海洋民族は海の底の洞窟を通り再び日が射す。
三輪山伝承では三輪神社の裏は立ち入り禁止ですが、洞窟があるのは間違いないでしょう。
ここは禁足の地でしょうから
イエスキリストが入ったエルサレム?の洞窟は、イエスが洞窟から出た後
石で封印され
コンクリートが登場した時代に、封印された事とリンクします。
次の太陽の存在が現れるまで封印。



やはり三輪山の洞窟も当然、太陽の地下の道ですから禁足の地である事は容易に想像が可能です。
洞窟と言うより、鍾乳洞でしょうか。


マヤもそうであり、マヤの場合マチュピチュ近辺の湧き水が湧く洞窟の小さな湖の様な場所では
発掘作業の過程で、祭具が大量に発見されましたが
これは現在も続いているようです。
重要な物はメディアを通じて登場はしませんから、日本も同じで
古代信仰の場の洞窟や鍾乳洞で発見された祭具は私たちの目に触れる事はないと思います。
もしかしたら、それで良いのかもしれません。
勢力間の戦いの象徴が
祭具という事もある様なので人類はまだまだ未熟という事を表している気もします。


太陽の道で思い出したのですが
龍穴と呼ばれる場所は何処でもありますが、宮古島にもあって
ここを見れば、冬至の太陽の位置と関係性が強いのが分かります。
トンネルの様になっている龍穴はここでいったん太陽を飲み込み
そして移動させる仕組みがあります。
ここを抜けて太陽は天空を横切って日が沈んでいきます。
バンク山伝承の理解が進みます。


龍穴というのは、太陽の道標であり冬至と関連性が強い場所が多いのでは?

海の島の龍穴は海際であり、水の神と龍宮があり水と融合します。
山の龍穴は近場にせせらぎの様な物があると聞きました。
何処でもそうですが
冬至と関係性がある龍穴の奥には必ず大きな石が、ドーンと大黒柱の様に座っている事が多い。
特に海際の龍穴はそうです。


巨石って天球の転写ですから、女性や男性の岩もありますし
星の輝きと巨石の大小も関係性があると感じています。
陰石、陽石の事。
もしかしたら古代民族の王系一族の人数も、星々として地上に転写され何処かにこれが置かれている可能性も
あるのでは?
文字のない時代であれば、何らかの形で残すでしょうから巨石の時代は
岩々の数に残し柱を王とし星々に例えて
周囲に置かれている石などに転写されているかもしれません。
これらの仕組みを、冥王星の格下げに見る事が可能です。



巨石と言えば重力もどうなっていたのだろうと?と
思いを馳せます。
数年前ニュージーランドに出かけたとき、面白い体験をしました。
博物館?であったと思うのですが。
無重力を落ちる感覚で体験できるコーナーがありこれを体験しました。
おもちゃの様な物でしたが、一瞬だけの感覚。
浮く感覚ではありません。
巨石を建てた、テクノクラート集団はもしかしたら、この感覚を知っていた可能性があります。

少し前に、メールに重力とエジプトの独楽の事を書いて送ってくれた方がいました。
これを聞いたときに、ふと思ったのが映画「インセプション」

主人公は無意識の中に入り、現実を変化させる達人的な存在です。
無意識の世界に長くいると
現実と無意識の差が分からなくなるので小さな鉄製の独楽をもって行くんです。
独楽を回してずっと回り続けると無意識領域にいる証。
回転の限界で、独楽が倒れると現実という風に。
主人公は自分が何処にいるか分からなくなると、独楽を回して立ち位置を確認します。
無意識は夢の領域です。


普通の独楽であればこの世界で独楽は回り続ける。
反重力だと独楽は回り続けるのか?
そういえばエジプト神話のセトとホルスは重力と反重力と関係があります。
独楽は惑星でいえば土星に似ている節が強いです。
どうなんでしょうね、まだまだ洞察は続きます。

ここでも出てきた独楽。
高句麗は独楽族と呼ばれた。
高句麗の城は韓国にあった説は既に外していますが
高句麗が独楽と呼ばれたのには何か意味があるのでしょう。




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