美らごはん(new version)

新宮古島と沖縄からの発信

プログラム

2016-10-16 12:59:00 | 沖縄情報




イエスだったと思うのですが
「先に来たものは、後から来たものに抜かれる」という例えを残しています。

慢心からくる自惚れを言っていると思うのですが
これはキリスト教を作った勢力の物語の中のプログロムの一環でしょう。
働くことと学ぶ事は同じですが、
創造的な生活に見えても
蓋を開ければ実態は依存度の強いパラサイトという事もあります。
言葉に騙されなければ、この類は簡単に見抜く事が可能。
こういう言葉だけが巧みな輩が、蔓延りつつあるように感じています。








土をアートするアーティスト一年生ですが
アートだけを見ていると偏りますから、ここにサイエンス的な物が必要になります。
土自体は地球の体ですが
人間と位置しているところは全く違いますし
器一つにもデザインのプロセスがあります。
すべて人間の感性が試されます。


お料理でもそうですが
個性のない料理研究家ほど、人のレシピを平気でコピーしまくりです。
創造性がないのでしょうが
パクることに関して天才もいます。
というか、頭だけで物を考え実践が不得意な人も多いと思われます。







さて、何らかのテーマを社会に発信する場合
革新的な物として発信すれば社会への影響は
絶大ですが、結局コピー屋はコピーしか出来ませんから
影響力はないです。
人が作ったものを売る事に熱心。
革新的な物は現在の場合
企業が最先端で小さな場所から驚異的な事を発信すればつぶされる可能性大。




これからの時代
創造的な物を売る場合でも、発信するにしてもアートとしての手法が必要とされていると感じています。
これは社会観察が趣味の私が思っている事で
現実的かどうか判断はできませんが、今の閉塞感のある日本であれば
これらが抜け出すための一歩だと思うのですが、足を引っ張る人の方が大多数だと思います。
これまで通りのやり方で、起業することがベストとは言えない。


個人的にフットワークが軽いので
こういう事にチャレンジすることも嫌いではないです、
私は世界の中心は東京だと思っています。
いや、中心にしている勢力がいてこれを回していると言った方が的確かな。


東京では日本古来のものを
削ぎ落しと共に、これらをシフトさせていると感じています。
陶芸などモダン的な物は日本人に人気がありますが
他国からくる方は古典的な土の陶器に対して興味があり、少しづつ陶器専門のギャラリーが
あちらこちらに小規模ギャラリーとして登場しています。
ギャラリーの現場に出ると、ひたひたと近寄ってくる陶芸家の集合エネルギーが時代の波の一遍として
登場しようと卵の様な状態で待っている事に気が付かされています。

創造性のある人って
周囲を見ているとまず自分の生活の基盤が出来ています。
人にあまり頼らず
貧しいながらも成り立っているのが基本になっていると思う。


子供に陶芸を進める親は余りいませんが
従来の教育は地球意識がどれどれどんな教育を?と、人類を見たとしても素通りするしかないと思うので
子供たちの進む道は親の勝手で分けない方が良いとは思いますが
社会を見てしまえば不安になるのも当然です。




今の教育は地球意識には全く関係のない事で
人間が作り出したものですから、私たちの集合意識がこれをそろそろ破壊したいのだと思うのですが。
これから見ても
これを壊すために大きな不可視の力が動いてくる予想はありますが。



インターネットの影響がどれほどかすでに実験済みの様で
現実にネット世界は投影されていると言いますが
既に興味を持つものがこの先を行見ている人もいるようです。

人類が作った宗教観、自然信仰であれ何であれ人間が作ったプログラムです。
地球意識とは全く関係がないんですね。
という事で、いかにして何重にも敷かれたプログラムを見抜きここから脱するか?
ただ、地球は私たちの内側を通して、自らを公開していると思います。
答えが出るかどうかはわからないけど、私の洞察はまだまだ続きます。


















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