美らごはん(new version)沖縄と宮古島

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リズム感

2017-05-19 08:41:56 | 沖縄情報




個人の潜在意識の表れは日常で目が行くのがキーワードになりますが
その時のマイブームで決まる事も多いです。
タロットに夢中な知人が周囲の闇に目が行き始めたと畏れにあふれたメールが届きましたが
これは人が作り出した空間の集合意識に少し触れただけなので
私はこれを畏れる事はないと思います。
これを体験するのと目にするだけでは雲泥の差があるのだと思います。
目にしたものを日常で正せばよいだけだと思う。

霊的ビジネスは違うと思いますが。



宗教であれ、スピリチュアルであれこれらを信じない人達との二極化が進み
宇宙の彼方に点となり吸収されそうな
気配が見え隠れする気配を現実に感じられる世界になってきた気がします。
見ているとこれにはあるリズムがある様に見えるのですが。
常識だと思っていた囚われた社会的な結界が
崩れ始めていると言う事があるのかもしれません。

これと同時に操作された信仰心から離れ
何物にも影響されない例え先祖であれこれらに影響されない
持って生まれた信仰を思い出す人達が一般に増えてきている気もします。
こういう人はこれまでの既存の霊的な教えの中にはいられない気もしています。

例え沖縄の古い信仰体系でも操作を簡単に見抜く人達が生まれています。
まず御獄に対する視点が全く違う。
最近、私とは違った視点で古くからある信仰体系の歪みを教えてくれる人達が増えてきました。
既に古い信仰体系の世界にいないですし、いわゆる先人達が意図的に操作した結界内にいない。





まだまだ無意識にこれまでの精神世界に
親和性が強い人も多い様に感じますが
日常生活に何らかの霊的要素が強く引き込み、先祖的な物が強い場合は特にそう感じています。
これを生業として、そして一度でも人を不可視の世界で人を傷つけてしまった場合
魔と親和性が強い危険なエネルギーを持つ人間として存在している気がします。
魔と踊ってしまったのですから
これらと踊った事がない人達とは違ったチャネルがあると言う事です。


また日常で常に霊的気配を探す人も多いですが
これは今文明の典型的な物で自我中心がしっかりここに表れていまると思われ
結局エゴが強く、昔の人の様に「わたし」と言う感じ方を余りしなかった人達の対極にいる事を
表していると感じています。

昔の人の様に
日常生活に霊世界にいたことが余韻として感じられない世界で生きていますから
仕事と霊世界を分別してしまう傾向が多いのですね。
霊世界を通って生まれてきた余韻を感じたいのであれば
欲望が強い人ほどこの余韻は感じられないと言う事になります。

欲望にも色々とあり金銭や、服装、特に霊的欲望が強い人ほど私は危険極まりないと感じています
霊的な欲望が強く周囲に霊的気配を常に意識している人ほど
霊的世界を通って生まれてきた余韻がないと言う事になると思われ、外ではなく心の在り方に注意をするはずです。
欲望とはあの世の余韻は正反対だと思います。
既にリズムがないのでしょう。
リズムがないと人の音は中々聞けない気がしますしいつもソロだけ。




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