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新宮古島と沖縄からの発信

新座は武蔵国

2016-10-14 14:24:51 | 沖縄情報



東電が起こしたミスだか自然発生なのか分からない
火事で黒い煙が現場を覆いました。
何かが出た気もしますが、新座市を少しだけ。
武蔵国の一つです。
この名の由来は諸説ありますが、大和王朝が背後どころか前面に出てきているような
場所ですね。
平将門公も大きな繋がりがあります。



通説では、武蔵国は半島勢力が
太平宝字2年758年に 新羅の僧32、尼2、男19、女21人を武蔵国に移動させ
新羅郡が置かれたとあります。
これから見ても、意図的に宗教を軸に国移しが前提にある事が分かります。
侵略と言えば相当も言えますが、世界の激動の時代。

この時代
半島で何があったのか?
唐の国と新羅の連合軍で、強敵である百済・高句麗が滅ぼされた時代。


当然、古代史では何処でもそうですが、連合軍というのは何れ敵同士になります。
個性が強く、欲の深い唐国と王権にこだわる新羅が上手くいくはずがない。
血脈で子孫の婚姻があれども、政権をかけた戦いは
骨肉の争いの様な敵同士になる場合もあります。

新羅と相容れない政権は新羅人を
半島から追い出し遠方へ追いやります。
追われた人たちが、大挙して日本に移動して来たのでしょう、政権の意図的な物が見え隠れします。。
新羅郡が設置された武蔵国に移住します。
意図的に人を送り込んでいますから、技術者が多かったと思われますが。
漂流する流民を送り込んだのでしょうか。

ここで新羅からやってきた人達が文化圏を作りますが
どのあたりで平将門公とぶつかったのか。
758年頃であれば、将門さんが登場するのは、はるか後になるのですが
この時代以前から、縄文と弥生の鬩ぎあいが想像されます。
新座市の旧石器時代の遺跡は
黒目川流域の台地上に分散しているようで。
遺跡あとが幾つか見られます、ナイフ型石器や細石刃が出土していますから縄文の時代の遺物が
発見されているのですね。

新座市に限らずこの黒目川に沿って
勢力間の戦いと起きています。
龍脈と水脈上のラインを渡来系東電が居座っているとも取れます。


平の将門の乱は弥生に抑えられたと言えばそうなのですが
水を巡っての戦いもありますね。
関東は二つの内海があり、利根川の古代東京湾。
もう一つが千葉、茨城にかけてあったと言われています。
これらの論文があったようですが、手元にありません。
川の支配権は死活問題であったと思いますから、ここで様々な戦いがあり弥生側の悪知恵で将門は
酷い目にあったようです。
結界まで張られてしまっています。



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