美らごはん(new version)沖縄と宮古島

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石の構造

2016-12-24 14:26:06 | 沖縄情報



沖縄の高齢者が良く言っていた言葉に「亀の甲より年の功」と言ったのは
経験の事を
言っていたのかもしれないと感じています。

亀は長生きです。
人間も経験を積むと亀の甲に匹敵する程の知恵を持ち
様々な事を見抜く目が生まれる事を、言っていたと思いますが
最近は、時間の流れの方が体験より早い時もあり
知恵まで行かない事の方が多いかもしれません。




さて、日本の先住民は非定住者は山の民であり
移動しながら洞窟を出てから
今で言うシェルター式の家を簡単に作り、ここで雨風を凌いだりしていたようですが
一本の柱を立て、これを「天の真柱」として見立てていたようです。
これは宮古島も戦後までこういった作りの家がありました。
竹ではないですが,木を一本中央に置いた不思議な家。

縄文でも竹を使ってこれを曲げたりしていたようです。
曲げわっぱなど、東北に残されていますが、これは山の民達が作り出したもので
現在、これが廃れているのも結局、時代の流れと言えばそうなのかもしれません。

竹を使ったり編んだりするものは縄文文化に見られます。
出雲大社は釘を使っていませんが、これもこの流れの要で
組み立てる構造化の文化なのかもしれません。
神社以前の祭儀場は巨石であり、石は釘を使ったりしませんからアイディは
やはり巨石文化からの流れではないかと洞察しています。
火を使わない神事も縄文の流れであり
琉球でも龍宮神事には火を使いませんが、他の神事には火を使います。
沖縄本島の古代霊能者は火を一切、使いませんでした。

考えてみたら
移動する民であれ、まず最初に探すのが水であり火をおこす火おこし石。

話を戻しますが
竹を使った道具を作る人達も結局、政治的に強制的に統一された時代は
彼らの配下でしか、生き永らえる事は出来なかったと思われます。

結局、巨石を組み立てた古代人たちが途中でどうなったのか?
古墳を作り始めたと思います
そしてこれが時代と共に
必然的に築城に携わる流れになったと思います。
日本のお城の美しさはは何とも言えないものがありますが
石の組み立ては縄文系であり
城が渡来弥生系になるのでは?






沖縄の場合、少し古くなり
カタチだけが残されて、消されていしまいましたが石を組み立てグスクを
ぐるりと回るカーブの美しさはマヤ遺跡にも劣らないほど。
カーブで思い出したのですが、ドーム型になっているのは中東が圧倒的に多いです。

日本の場合、石を積み上げただけの物も見れれますが
大体いおいて仏教か神社で見られます。
神社、お寺にはドームやカーブが少ない?


古墳時代の遺跡の跡を見ると,かなり古いものに
石室がドーム状になっているのを見かけたりしますが
これらは石を積み上げ、ドーム状にしている事がはっきりとわかります。
ここからも、日本本来の先住民に後から来た巨石テクノクラート集団の影響を受けたのか
それとも他の影響か理解することも可能。




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