美らごはん(new version)沖縄と宮古島

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目に見えない出来事

2016-12-11 08:55:36 | 沖縄情報






安保徹先生、亡くなられましたが
死因が良くわかりません。
亡くなった原因は病気かも知れませんし、そうじゃないかもしれません。
家族以外、誰も何も分からないようです、自然死(寿命)かもしれませんし。
死因わかっていないのですね。



現代医療に立ち向かう医師もいますが
背後で睨みを利かせる、守護神の様に関係者を護る集団もいるようです。
そうじゃないと医療の世界は本当に難しい、命がけ。
命がいくつあっても足りないと聞きますが。
マクロビオティックの創始者の桜沢如一でさえ、背後で彼を護る勢力はいました。
そうじゃなきゃ、世界中で食の運動がスムーズにいきません。



シュバイツアー博士は生まれつき非常に頑健で
疲れない身体を持っていたと言われ、これがアフリカの旧フランス領コンゴの首都から
500キロ近く奥地のランバレーネという集落から、また奥深い密林で病院と自費で建て
キリスト教の伝道と、医師ですから無料で患者を診ていました。
かなり裕福な家の出身です。

片や、桜沢は京都の貧乏な家の出身で、体が弱く病弱であったそうです。
これを食で体を健康体に戻します。

シュバイツアー博士の病院には世界中からボランティア志願者がきたそうですが
やはり、マザーテレサと同じでキリスト教の信者さんたち。

桜沢夫妻はシュバイツアー博士の招きで、アフリカの奥地のシュバイツアー病院まで出かけます。
これは桜沢の本に書かれていたことを抜粋して書きますが
夫婦に同行した人はいませんから、桜沢本人が書いたと思われますが。

桜沢如一が驚いたのが、ランバレーネへのえい航する船の船員や
港に集まる現地人に手足を切断された人が多い事に
非常にショックを受けたそうです。
これはシュバイツアー博士の手術によって切断されたハンセン病患者。

桜沢が独自に調査をしたところ
シュバイツアー博士が来てから、これらの病気が広がったと知り
すぐに食生活に問題があると睨みました。
喘息患者が非常に多くて
喘息も急速に広がった疾病の一つであるとみた桜沢夫妻。


小集落の現地住民たちにも無料で食を与えていたシュバイツアー博士。
内容は、ミルク、固形乳製品、砂糖、ヨーロッパで好まれる食事がベストだと考えていたようです。
特に砂糖と固形乳製品が多かったそうです、日持ちが良いです。



桜沢夫妻も滞在40日で、現地の風土病「熱帯性潰瘍」に掛かってしまいます。
すぐに病院で出される欧米食が原因だと、すぐに食養を実施。
これがシュバイツアー博士との確執の原因となります。

すぐに近くから玄米を調達してもらい
すぐに良くなったようです。
アフリカも穀物が収穫出来るようですから助かりましたね。
地元人のみならず
博士の助手やの医師や看護婦も多くが健康を害し
志半ばで帰国する人も多かったランバレーネのシュバイツアー病院。


シュバイツアー博士の食指導で病人「白内障、結核、リューマチ、心臓病、腎臓病、尿道炎」が
どんどん増えますが
これを桜沢夫妻が食養でどんどん直しますから、問題が起き始め、地元の人が博士を
恨みだします。
あの時代ですから,農作物の力が強く地元の人の身体を長年にわたり健康に作り上げ
ここへやってきたシュバイツアー博士が
肉食主体の砂糖、ミルク、野菜が余りない欧米食に切り替えたのですね。
肉食が悪いとは思いませんが
摂取量が多かったのかもしれません。
どちらにしろ、桜沢夫妻は追い出された形でシュバイツアー病院を後にします。

言い方が適切ではないかもしれませんが
アフリカの小集落の地元民は、或る意味、純粋培養の様な中にいたと思われます。
他の土地のものを食べた事がない。
輸入品などなかったでしょう。
この集落は魚と薬草中心の食生活が主体であったようです。
味付けは塩とランバレーネ産や近隣集落のスパイスだけ。

この人たちに砂糖とミルク中心と肉を与えれば、どうなるか想像が出来ないと言う所に
疑問を強く感じる私です。
研究調査?
調査というより人体実験の様に感じる私。


アフリカの首都はわかりませんが
肉と薬草を中心にしていたランバレーネ近隣。
今もアフリカの田舎に行くと、マルシェでは薬草(生や乾燥薬草)が大量に売られているそうです。
そして、都会には薬草のジューススタンドも登場してきています。
これだけ地元では必要とされている薬草。
地元の人がこぞって薬草に目を向けるというのは、古代からの刻印があるので
こういった事になるのだと思います。
薬草の伝承があるので、シャーマンも薬草中心の食生活でタバコも薬草とみなします。



もしかしたらシュバイツアー病院で、薬草食を禁止したのでは?
病院設立も自費とはなっていますが
製薬会社とドップリであったと言いますから、ドイツの研究所の費用だって分からない。
アフリカの小集落の治療目的はなんであったのか?
これらの研究結果が薬の研究に、後々果して使われなかったのか?

太陽信仰の信仰を伝道、それらの犠牲(子羊)を伴う教え通りの様な気もしますが
医薬品改良に貢献したのは確かなようです。

西洋医学に宣戦布告した桜沢夫妻ですが
西洋医学、東洋医学と勢力がありますから背後は複雑かも知れません。

ただ、桜沢夫妻は財産を投げうってアフリカの奥地までやってきたシュバイツアー博士の
行動は高く評価していたようです。


日本においては、内村鑑三によってシュバイツアー博士古くから紹介されていたそうです。
古代史をかじると、この人物の背後は色々と考えさせられますが。

偉人と言う伝説は調べると途中でバカバカしくなることもあります。
ノーベル賞は特定の企業に貢献した人に与えられる賞でも有名です。
特に製薬において。

シュバイツアー博士は全て良かれと思ってやった事かも知れませんが。



追記11時39分
本日の記事は旧世紀(20世紀)の話が多く書かれているので
これを頭に入れて読んで頂ければ。

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