美らごはん(new version)沖縄と宮古島

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静寂

2017-09-02 19:37:56 | 沖縄情報





長野の山の家に数日間籠っていると
不思議な事が起きてきます。

宇宙と言うのは心の中にあると思っていても
人の世界の干渉が入ると忘れてしまう事が多い。

山の家の外は生い茂る樹木で、窓を開けても目に入るものが大きな樹木。
風が吹くとザワザワと大きな音がします。
そして日が暮れると遠くにポツンと民家が一軒だけ。
周囲は漆黒の山。
月など手に届いてしまいそうな錯覚が起きたり。
宮古島の実家にいると窓を開けると、月が海に映って水鏡の様に光ります。
山の民と海の民は結局、同じものを感じて見ています。
海の民は水に映る月を見て近くに感じ
山の民は上を見上げて月を近くに感じる。



山は音がないので
私と犬の動きだけの音しか聞こえません。
静寂だけ。
宮古島も夜の海は静かですが波の音が聞こえる
山は風の音が聞こえる

それでも時間が立つと山にいれば
山の神と言うか、日常で言葉でだけで語る精霊の存在を感じ始め
身の回りの自然のハタラキで
宇宙の創造の力を感じたりします。
ただここで家の前の小道を車が走る音だけでこれが遮断されてしまう。

夜など音がしませんから
鼓動の音が聞こえて本当に不思議な感覚になります。

呼吸と共に感じる命。

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先手

2017-09-02 13:10:23 | 沖縄情報



東京は台風直撃はなかったですが
影響を受けたのか空間が光り海も光っていますが
風の影響で波が少し高い。
台風の浄化は寒流と暖流がぶつかるかのごとく
色々な物が生まれているのかもしれません。
海も寒流と暖流がぶつかると漁師にとって潤いをもたらしてくれる奇跡の
漁場になりますし。

台風が去った後に
外に出て気を感じるのは想像以上に元気になる気がしています。



さて社会に起きる出来事に自動的に感応する人が多いと書きましたが
どうすればよいのかと言う話も聞かれます。


全ての行動を自分の意識から全てスターとさせればよいのだと思います。
人の話をそのまま取り入れると自分がなくなりますから
何をするにしても自発的に自分の意識から生まれたものを最優先すればよいだけの
事だと思うのですが。
重要なのが自分の意識に芽生えたものが大切。

社会に蔓延るものを先手に持ってくると
結局は反宇宙的な物が多いですから、ここでストップがかかる事が多いのでは。
崩壊が早い。







ウェブデザイナーなど世界的な会社の
最前線で働く人は感性が鋭い人を多く集めていますが、常に不可視の世界を洞察しながら
思考しながら情報をダウンロードしているのだと思います。



私達が情報を必要とする場合
気づきがあった時に情報が降りてくると言う感覚を持ちますが
彼らはどこの誰よりも先に情報を必要としてています。
そして情報が降りてくる以前に
その前に自発的に果敢に情報を降ろすからこそ
世界最先端にい続けられると言う事があるのかもしれません。
天才集団と言われるくらいですから。

確かに現代の天才を集めているのはそうでしょうが
個人的に感じるのですが
彼らは音を読むのが不得意な様が気がします。
霊性の知が花開くのは音という物が必要だと思われ
これも自発的に好きな音だと
感性的に目覚める事もありますが、強制的に周囲から送られる音は不自然ですから
テレビが周波数が低いと言われるのもこれですね。








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気の流れ

2017-09-02 08:20:10 | 沖縄情報





地球の環境リセットは既に時間差で何年も前から水で始められている気もしていますが
個人のリセットも人それぞれで時期は断言できないようです。
これはサイクルがあると思われ
現代社会は既に成熟期から衰退期に入って久しいですが、街中の大リニューアルで
目を眩まされている気がします。
今は目で見る視覚文化。
触覚、聴覚は忘れられています。
衰退期にバランス感覚の欠落は肉体的には厳しいのでは?



魂から離れれば離れるほど、戻す作業がきつくなる気がしますが
周囲には怪我が多い様な気がしています。
遠方の神社までお祓いに出かけたのに、自宅前の玄関で大きく足を踏み外したと
恐怖の状態で携帯に着信が届いていて、やはり心根がそのままだと平和は難しいと
本人に気づきがあったようです。
根底から変わらないと一時のお祓いに効果はあってずっとあるのかどうか。
何れカタチを変えて戻ってくる気がします。
ここにも罠が仕掛けられている気がします。

お土産の箱が全部潰れていたと言いますから、これがお守りの代わりになってくれたのかも
知れません。
お祓いが自分に戻った可能性もあると非常に気にしていました。
禊とお祓いをすれば浄化されるのは一時だと私は思っています。
日常の思考状態に変化がないのであれば再び魔を寄ってきます。

スピ系健康ビジネスで小さなグループで事業を起こすまでは良かったのですが
事務所設立お祝いが終った後から
少しづつヒビ割れし亀裂が生まれ小さな派閥グループが出来てしまい
もうお手上げの様です。
良くある話だと思うのですが。







さて靴の事で少し気付きが。
長野の山の家の下った所に田圃があるのですが自給自足の為
農家の人が作っている田圃。
平野部の買い物先で会う時と田圃で声を掛けるとでは
どうも醸し出すムードが異様で重労働のせいだろうと声掛けを遠慮していたのですが
山に越してきた他の人も感じているらしい。
家をリニューアルするとき小さな山道を上に上る時
田圃の主の家の前を通る事もあるので心苦しく思っている人が山に多い。


他の人の話では夕方近くになると異様な感じがするといいます。
少し前に遠目で見かけた時に私の頭にフッとよぎった事がありました。
長靴ではないかと?
田圃は当然ですが長靴。
どの長靴もビニール製で通気性が悪くて身体の気が長靴で止まっているからなのでは?
朝から日が暮れる前まで
履くのであれば可能性もないわけではないのでは。
そうじゃない人もいますから何とも言えないのですが。


遠方から見ていて思った事に
そういえば私は子供の頃、よほどの事がない限り長靴は履かせて貰えなかったことを
思い出しました。
祖母だったと思うのですが
気が全て足で止まり地に降りるものがまた上に上がるという事を言っていた
記憶があります。
詳細を覚えていないのですが確かこのような物であったと記憶。

もしかしたら農家のおじさんは自分の毒気にあたっているのでは?
長靴を一日中、履いて田圃にいるわけです。
外側に吐き出されなくてはいけない気が再び体に巡り血が汚されているのでは?
血の滞りは清潔さとは程遠い。
足側から排出され泣ければいけない気を再度
吸い込んでいるのかもしれないと感じました。

今は食も汚染が進んでいますからこれもあるかも知れませんん。
肉食の人は靴よりも草履が良いというのは本当かもしれません。
これはフランス人の友人が言っていた事ですが。

長靴を履くときに
靴下を二枚重ねにする人が多いと言います。
綿であれそうでない場合も長靴なのですから、ますます身体への吸収が早いですから
この気に当たっているのでは?
私もどういうわけか山に行くとすぐに長靴を履きます。
便利なんですが少し考えなくてはいけないですね。
果してビニール以外の長靴って発売されているのかどうか?












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