美らごはん(new version)沖縄と宮古島

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模写

2017-09-01 13:46:46 | 沖縄情報





沖縄で2500年前の犬の骨がそのままの形で
発見されましたが、ほぼ全身が残され地層から発見されています。
人の手で埋葬された形跡があると言いますから犬は家族同様であった可能性があります。

縄文と犬は家族の様に暮らしていたと言われ
山を移動するときに先導役であった可能性もあります。


何時の時代からか
家の側に犬ではなくて馬も一緒に暮らす様になった時代に
消えて行ったのか?

犬食の習慣が或るところは
半島渡来系が多いと言いますが、国により牛は食べないけど豚なら良いなどまちまち。
現代でもまだまだこれがあると言います。

結局は食べるという前提があります。
命の循環といいますが、食べる前の扱いがひどい。
安全安心を売りにする牧場もありますがどうもいまいちピンと来ないです。




さて食に限らず思考体系に限らず
これまで蓄積された考察が実は分離が基本と言う今の文化の影響を強く受けていると
周囲を見ていても社会を観ても感じさせられます。

社会で起きる事、周囲で起きる事に自動的に感応する事が無意識に
行われているというか。
考え方の違いと言う言葉が多く聞こえる世界に暮らしていますが
もしかしたら
自動的に感応している無意識で分離された事柄が
アメーバーの様に広がり収集がつかなくなり
これになかなか気がつけないシステムになっているのかもしれません。
進化しない模写と反復。
これが自動的に行われると
隠された記憶には到底たどり着けない様な気がします。




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琉球の風と本土の風

2017-09-01 08:35:11 | 沖縄情報







数年前に宇佐神宮が神社本庁の管轄になりましたが
個人的に当時はそれほど気に止めず。
良く考察すると神社にも風と風をぶつける様な仕組みが
残されていたのですね。
宇佐が最高神威を持つという記事を見ていて
沖縄の不可視で起き始めている琉球神帰還とシンクロしています。
人間が作った日本の宗教世界でもどうもこれらの戦いがある様ですが。



詳細は何時か書ければ良いのですが、天皇家の権威の元と言われる宇佐と琉球の神々が
不可視、可視で大きく動き始めています。
良き方向へ向かっている様に感じていますが。
分離された神々が再び統合される。
これらの統合を阻止するために様々な事が起きている沖縄諸島。
辺野古、普天間を見れば一目瞭然。
琉球の大神が本土へ貸し出され国体維持がなされたのですからまずは返還が先。




世界は大きく流れが変わるはずです
これらの為の管轄であったのかと考察しています。
一旦締めて解放。

国を動かし世界の宗教の流れまで変える神事と言うのは表にはまず出ません。
政治直結ですしカトリック総本山との関係性もありますし。
激動の3年間が始まりますが
しかし神社庁も抵抗する事が出来ない大きな何かの力が大きく動いている気がします。
間違いなく日本発で宗教解体に向かっていると感じています。
そこにはやっぱり沖縄の力が関与してくるのね。
少し話が逸れますが
宗教解体と言う路線にはこれまでにはないある力(縄文力?)が必要だと言われています。
人類がまだ体験したことのない力らしいですが
私レベルでは想像もつかない。


話を戻します
沖縄でも古代の井戸が封じられたのか、開発で閉じられたのか分からない所があり
井戸が一つだけと言う不思議な聖地がありますが
井戸もプラスマイナスで電極がありますから一つを封じれば、当然おかしくなるのですが
これにも気がつかない人達が増えています。
友人が那覇の磁場の乱れは昭和の聖地無視の開発があると見抜いていましたが
平成にも受け継がれてこれが宿唖の元になっていると感じているようです。
宮古島でも本来ならまず家が建てられない場所に家が建てられています。



ネットニュースで見る限り
宇佐神宮の人事をきっかけに神宮と県神社庁宇佐支部の関係が悪化。
絶縁状態になっています。
事務局退去で他の場所で移動。
お祭りにも協力しない構え。


ここで仲直りに登場してきたのが琉球の古代の神々。
縄文時代以前の龍宮ラインの修復が裏で進んで来ています。
ネットでもよくこういうライン回復の神事をブログに載せる人達も多いようですが
別次元レベルで動く人達もいるのも事実。
やはり日本の平和には琉球の神々が欠かせないです。
お互いがそうなのでしょう。



宗教は様々な分野で管理と操作が進んで来ました。
個人的には既に近寄る事はしませんが、これを見通して様々な操作も私達の側に
ソフト路線にカタチを変えて
降りてきています。
時代はまず「私と宇宙」媒介なしにこれを望んでいるというメッセージは
沖縄の心ある神女たちの所へも降りてきています。
これまでは口にできなかったのは生活もあると思われるので何とも言えませんが
もう後戻りは出来ないという

また「悪霊憑依 先祖云々」ではお金にならないとはっきりと口に出す人もいて
意味を聞いたら
まずスピリチュアルで言う光をまず先に出すという事が先手だと言いました。
変わり身早!

現代に巻き込まれこの世界で生きる人達にとっては神判断も必須で
悪霊憑依も必要。

ここには目を向けず視点を他に向け
これが行動に反映されればすでに立つステージの違いは明らか。
人は視線を変化させればすぐに新創造の力が降りてきます。
新旧混同もまだまだあるのは事実だと思うのですが。







 
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