美らごはん(new version)沖縄と宮古島

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2017-08-18 14:03:00 | 沖縄情報





意識がシフトするときはその前に葛藤があり、これがシフトを生み出すと言われています。
葛藤のない所に進化はないのでしょう。
葛藤に対して責任転嫁がなければ、秤のシステムが作動し調整がありシフトがあるのだと
私なりに感じています。


個人的にスポーツは興味がないのですが
世界最強のサッカー選手はロナウドではないかと言うドキュメンタリー番組を
少しだけ鑑賞しました。
ロナウドいわく「一人が好き、この時間があるから戦える」と言う事を言っていて
世界のスーパースターと言うのはやはり、究極の孤独で別の何かに
生まれ変わったのかもしれないと感じました。
メッシュも出演していましたが、ロナウドには
修行僧の風貌が見え隠れしているような。
修行僧も悟りに達するために、洞窟に籠り修行を積みます。
究極の孤独を体験する世界を味わっているのかもしれません。







さて日本の神社のご神事など厳かですが
纏う服装は白で決められ素材も同じで現代社会にピッタリ。
精神世界の人には一目で
それだとわかる事をアピールする人も多くてそういう意味ではユニークです。

それにしても日本のスピリチュアル世界もカースト制が生まれてきている気がします。
森と芝生みたい。






古代からのメッセージなど現代に受け継がれたものもありますが
カタチが変化した着た様な気がします。
メッセージそのものが時代の霊の影響で変化し続けている気がします。

三種の神器だって人の戸籍が出てきてから変わった説も出てきて
個人的にこれは納得。
天世界に散りばめられた個の魂の事を言っているに違いない。



メッセージも命を持っているものは
古代から変化し続けて現代まで生きているような気がします。

意識が拡大し続ければ
知性も追いつく必要があるので世界に投げ込まれる熱狂情報裏の騒乱に気がつき
退いていく事も増えて来るのかもしれません。
そうじゃないと疲労困憊で倒れてしまうと感じます。
末法の世は意図的な熱狂的情報が投げ込まれて騒乱どころか最終的には
争乱が目的ではないかと思う事があります。

先日、再放送されたクローン実験の映画見ていて思った事。
クローンって結局は自分自身の再構築であるという事。
自分が誰であるのかを外側に見ようとする実験なのでは?

結局、自分を見つめる。
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代理戦争

2017-08-18 08:13:57 | 沖縄情報




突然、鳥が泣き叫び上下に飛び不思議な風が吹き
樹木が揺れ
海をみれば魚が飛び跳ねそして空間が静けさに包まれるとき
祖母は天照降臨と教えてくれました。
そして磁場が現実に戻るとそのあとまた鳥と魚が騒ぎ出します。

これは聖地での祈りでも同じで
お祈りをすると不思議な空間が生まれますが、
祖母の横で神事がおわるのを見ていると
祈りの静けさのあと
自然界が活発になるのを子供の頃から感じていました。

大人になり
様々な勉強を始めた時、シュタイナーのある言葉に目が留まった事があります。
歓喜や熱狂的な物はルシフェル的な物だと書いてあるのを
読んで妙に納得。
神事の後の熱狂のカチャーシーが沖縄では踊られますがこれですね。
空間の静寂の後の熱狂。
熱狂は流れて周囲に拡散されます。

神社では踊り手がいて日本古来の楽器?があり、これらでハレと言う事になるのでしょうか。

宮古島や沖縄ではやはり原初に近い神事体系が最近まで
あったようです。
エンターテイメント型ではないもの。
人が見るという立場ではなくて参加する神事。
今でも少し残されていますが、おばあさんたちがいなくなり
継承が途絶えようとしています。

沖縄本島では洞窟に入る神事は古い時代に終わったのかもしれません。
毒蛇の巣が洞窟なので仕方がないですね。
毒蛇のいない久高島、宮古島はこれが最近まで残されそれゆえ
神の島と呼ばれているのだと思います。
爬虫類が縄文の神ですが、木の根っこに良く巣を作ります。
そして木の上にも上る。
天に上るのですから古代人にとっては天を模写するとすれば樹木や樹木の
頂点まで昇る爬虫類は神々と一体化して考えられたのかもしれません。

ルシフェル的な物とするシュタイナーが言う歓喜がもしかしたら
伏せられて、現代はこれが恐怖に引き換えられたのかもしれませんね。
沖縄では歓喜の喜は奇しくも嘉と同じで縄文との繋がりが強い場所説もあります。
字がよく似ていますが
嘉の方が力を加えると書きます。

歓喜の喜は地名で言えば沖縄の激戦地の喜瀬武原(キセンバル)が浮かびます。
嘉手納の嘉と喜瀬武原の喜は時代の霊の事か
それとも古代神のモノだと思うのですがまだまだ考察は続きます。
と言うか、古代の考察に限界はないですね。


嘉と喜は表装のキリスト的な物と
裏のルシフェル的な物が分けられた何かを表しているのかもしれません。

喜瀬武原は戦後、まさに神の代理戦争が行われたところだと言っても良いです。
キャンプハンセンから恩納岳方面に砲撃を繰り返す演習に対して
喜瀬武原の公民館を反対運動の拠点にし憲兵隊(MP)と熾烈な戦いを島人が行っています。
それも水産関係者。
これが古代の戦いの再現でなくて何だろうか?
現在でもこれを繰り返しています。


催涙ガスが使用されたようですが島人が石を投げて応酬。
喜瀬武原闘争として知る人ぞ知る戦いでしたがこれも表には出ません。
出す必要もないでしょう
時代霊が拒んでいるからでないのでしょうか?

金武岳に阻止団が入り
軍と民間人の戦いがあった場所ですが、これは意図的に仕掛けられたのではと
私は感じています。
沖縄の金武村は黄金が収穫された伝承が残されある時代に
日本まで砂金を採取するために中東からやってきた人達がいたと言います。
日本列島を網羅した。
日本も砂金が取れたそうですが沖縄も黄金伝承が残され一部の神人が
これを伝え続けています。
沖縄に金を収穫に来た人達がいたのですね。


金武岳と女岳山頂の闘争の話を聞くと
古代においての戦いの再現だとしか思えない伝承が浮上してきます。

この辺りは龍脈を動かす伝承が数多い。



さて長野の山の家の周囲は鹿が出没するのですが
これを狙うハンターがある時期になると出てきます。
獲物を追う男の人達を見ると思う物がありますが。
鹿ってかわいい目をしているんです。

鹿肉を販売するという方向性に向かっているようですが
結局は環境破壊から。
だから食べちゃえと言う事なのでしょうかね。
地球って抜き差しならない所まで来ているのではと感じたりしますが
境目と言った方が良いのか。

人の行動に対して限界を設けるのが得意なのが人間社会ですが
欲望に対しては限界がないです。
これでこの文化がここまで発展してきたこともあるのですが。


古代、鹿は神々であり
現代に縄文時代の気配も鹿と共に残されています。


そして宮古島が離島において神々の気配が濃い島として
現代まで残されているのは生態系の事もあるのではと最近、感じています。
沖縄本島において鹿の棲息は久場島に野生の鹿がいますがこれは、王朝時代に薩摩から持ってきて
放たれた説が根強い。

宮古島が神々の気配が非常に強いのは
大型の鹿が棲息していた事もあるのではと感じています。
二種類の鹿が沖縄諸島に生息しており1万年前に絶滅したと言います。

鹿は古代から神とされていましたから
宮古島の場合大型の鹿と言う事もあり、様々な神事が継承されてきたのかもしれないと
感じています。

鹿と黄金伝承の考察は世界に視点が向いていきます。


金武辺りに残る伝承
双樹伝承があります。
『日本伝説大系』

大蛇クチフラチャー退治
(金武から)喜瀬武原へ行く途中に
双樹と呼ばれている所があり、近くの三叉路に双樹のクチフラチャーと呼ばれる大蛇がいた。
クチフラチャーはその口を恩納村の安富祖と名嘉真の方へ向けていて、尻尾は金武の岬までもあった。そして、大きな口を開け「安富祖喰うぞ」「名嘉真喰うぞ」とそれぞれの村に向けて吠えていた。
そのせいか、安富祖と名嘉真では毎年作物がまったく不作だった。
しかし、クチフラチャーの尻尾が向いている金武の村は毎年豊作で皆喜んでいた。
安富祖と名嘉真の人たちはクチフラチャーのせいで不作なのだと考え、
大蛇を殺そうとしたが、恐ろしくてできなかった。
そこでこの話を聞いた金武の青年が、一人でクチフラチャーを射止めに行き
見事に喉を射て倒してしまった。
クチフラチャーは死んだが口は大きく開いていて、牙のようなものが四つあったが、
今では欠けてしまった。背中には木が生えて、曲りくねりながら尾は金武の岬まで繋がっている。

クチフラチャーは死んで、今でも口は大きく開いて、それの歯は牙みたいに四つあったが
これも今では欠けてしまって背中には木が生えて
あっちに曲がりこっちに曲がりしながら、尾は金武の岬までつながっているそうだ。

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