美らごはん(new version)沖縄と宮古島

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2017-08-08 15:42:50 | 沖縄情報



私から見ると創造と破壊が日本の今を作り上げている気もしますが
もっと言えば日本解体ですよね。
力のない私でさえ解体が進んでいる事が読み取れます。





さて古代から伝わる三種の神器と言えば鏡もその一つです。
現代の三種の神器が実は「人の戸籍=霊」だという説を聞いて
なるほどそうかもしれないと思います。
時代によって三種の神器も違ってくるのかもしれません。
鏡はスマホだという説も面白いですが戸籍となると神レベル。
高次元からもう一人の個を見つめる霊。

勾玉は超古代ではケシであったという説も飛び出しました。
成程、サエキ修験の空海勢力。
これは決して眉唾ではないと直感しました。
何らかの薬草系だとは思っていましたがケシだったのね。
違う説が出てくる可能性もありますが、満州で日本帝国軍を裏で支えたのがアヘンですから
古代のコピーで進化する世界はこれは全くおかしくない説。

もしかしたら氷河期以前からある種のシャーマン達が使っていたのかもしれませんね。
修験?
異次元を繋がる方法や場所というのは大体危険領域とされていますが
こういった口の中に入れるものは
やはり簡単に手を出してはいけない気がします。
法律違反とかいう以前に分量が
分からないものに手を出してはいけないと思う。

話を戸籍に戻します。
戦死した霊を祭る場所にも戸籍が反映されています。
住所はなくても氏名だけだとしても
何処に所属するかと言えば戦死者の霊域なのでしょうか。
靖国もそうで、沖縄の戦没者の慰霊碑に刻まれた名称。

考えようによっては
本当に恐ろしい文化の中で生きている私達ですが
結局は死者が残した残存意識にアクセスしながら展開する現代。
そして不可視の世界で私達を見ている霊。


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一点の曇りがない

2017-08-08 08:51:14 | 沖縄情報






台湾から与那国まで黒潮を原始的な船で黒潮を航海する実験があったそうですが
与那国の目の前が台湾とはいえ、黒潮の波はうねりが強い海域。
テスト航海は衛星利用システム(GPS)やコンパスなどは使用せず、波や風
そして周囲の地形を見ながら
実施したそうですが
途中で台湾本島に雲がかかり地形が読めなくなり
うねりが出て舵がきかなくなり途中で打ち切り。


こういう実験もチャレンジで素晴らしいですが
あの時代は今の人と目が違いますし、同じようには行かなくてもチャレンジは凄く良いと思う。
今の人間と古代人と身体的機能が同じと言う立ち位置は少し違うかもしれません。
古代人は視線は前方と見ていても
自らの危険領域を背後で振動として感じていた人達だと思われます。


大自然と一体化すると言うのは宇宙が望む構造を読める事が第一だと思われ
古代から大三角ラインの角度と振動を重視した古代人。






当たり前ですが宇宙は流動的です。

健康な人は身体に滞りがなく身体の細胞自体がスムーズで流動的だといいます。
人間だけがやはり固定され制限がある文化ですが
しばらくはこの文化の延長上での創造がまだ残っていますから
やり通すとしても
今話題の民泊と言うシステムが未来に活躍する可能性が強いと感じています。
現在はお金の文化ですから有料となりますが
これらの延長上に未来を見れば食と寝る場所が常に何処でもあるという事になり
やはり一人の人間が精神的に独立しないと問題が起きますね。
未来においては大発展しそう。

人間だけが固定化すると言うと植物だって同じと言う事を言った人がいますが
植物は種子を飛ばして地球を駆け巡ります。
植物を言えば麻が表に出てきましたが、先日麻のシャツを頂いたのですが
デザインが奇抜でこれは友人に送ろうと思っています。



さてスサノオの話。
古代ユダヤを調べている方で
陰謀系では名が知れ渡っている男性説です。
この方が語った物をメモしてあったのを完全失念していて
これが掃除中に本の間から出てきました。

内容がスサノオは日本で環境を整えていたが、途中で中東に出かけた形跡があると言います。
そして中東で何らかの思想?に影響され
日本に戻った時には別人となっていたと言う内容。
スサノオの時代に戻ると言う説がスピ世界では良く語られます。
のもしかしたら最初の展開を言っており、途中から古代ユダヤの悪影響を受けたというのであれば
違った展開もあったのかもしれません。
この方は藤原氏と重ね合わせて洞察を進めていたようですが
何でもそうですが情報が一方的だと美化してしまいがち。
まだまだ古代の勢力間のねじれが社会に反映されているようです。




人間は本来は一点も曇りのない魂を持っていると言います。
魂の外側に目を奪われると
内面がおろそかになるのは世界の常で、ここにはご都合主義の神への視点も生まれると思われます。
一方的な情報もそうだと思う。

そして一点の曇りが心に生まれるとどうなるか?
キリストでさえ40日間荒野において飲まず食わずで悪魔と戦い
イエスの心に巣食おうとしていた煩悩と罪ケガレを駆除したと言います。
やはりイエスも一人という立ち位置に戻っています。
また誰かに手助けしててもらったわけでもない。
一人で欲望が生まれようとする自らの心に立ち向かっています。

今の世界は広告が派手でユニークで
様々な情報と誘惑が多い世界です。
煩悩を退治するのは大変な時代です。
煩悩って知らず知らずのうちに人の心を弄ぶような気がします。








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