Life is beautiful

~個人的な備忘録~

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私の個人的な滝行への想い

2016年11月06日 13時25分53秒 | 2016.10御岳山
滝行をやろうと思った経緯とか後の感想って、個々により色々とあるかと思います。
今回は少し長文になるけど、私なりの滝行に対する想いなどを書いてみようかと。

まず、何で滝行をやろうと思ったかと言うと、大きな理由はこの2つ。

少しでも限界に近い状況下で自分と向き合いたかったこと。
これに関して信じる信じないはお任せしますが…。
自分が持っているよく分からん力がもし不用な物であるならば、滝に打たれる事で弱くなるor消えると聞いたから。正直なところ、要らんから何とかしてとずっと思っていましたからね

そして実際に滝に打たれて思ったのは、こんな事だったりします

まとめ:
自分と向き合ってスッキリして帰って来るはずが、沢山の気づきや課題を受け取って帰って来る事になった私(笑)


全身の余分な力を抜き、色々な意味で身を委ねて、場の空気や風や水などと自分が一体化する時間。
今の自分の状態が分かるし、ここでどう滝や自分と向き合うかは全て自分次第。

水が冷たいと思った時、それは本当に冷たいのか?
冷たいのは嫌だな怖いな等と気持ちを前に出すと、感じられるはずの物が感じられなくなる。
自分が持つ恐怖心などの感情から余計な力を入れてしまい場に抗うと、却って冷たさや痛さを感じてしまう。

大切なのは、自分の事も含めて全てを受け入れ、そして信じきること。

全てをフラットに、無の面持ちで滝と向き合うと、後で様々な気づきがあったり想いを感じたり

そんな様々な気づきの中でも強く感じたのはこの2つ。
・生かされているという事。
・人は1人では生きていけないという事。


例えばだけど、もしかしたら次の瞬間大きな岩が流れてくるかもしれない。
もしかしたら突然の落雷があるかもしれない。
いつ何が起きてもおかしくないのが大自然の中。そんな所に白装束のみで立っているという現実。

ついつい世界の中心は自分になりがちだけど、様々な人や動物や物や自然などとの関わりのおかげで今こうやって生きているという事。

先ほどの気付きなどは当たり前の事なのかもしれないけど、体感を通しての理解は自分の頭の中だけで理解しているのとは訳が違う。
そしてこの気付き。実は以前にも受け取っているのに活かされていない残念な私に気付いたり
もう感謝の気持ちで一杯になりました


またよく分からん力に関しては、今迄みたいに無くそうと変に努力をするのではなく、認め受け入れようと決めました。
自分なりの考えですが、色々と至らない自分だからこそ、それを忘れない為にもこの力があるのだと。
恐らく無理矢理この力を消したら、代わりに何かしらの新たな困難が現れる様な気がします。

更には、波乱万丈な人生も起因は外側では無く自分の内にあるという事。
自分の無知さや至らなさなどの足りない部分に気付き、成長していく為にも必要な課題なんだと感じました。
ちょっとチャレンジコース並みにハード過ぎると思ったりするけど、これが私の足りなさに対する必要量なのでしょう。
嘆く暇があったら、いかに自分の弱点に気付きそれを乗り越えていくかを考えなさいと、そういう事なんだと。

あっ。ちなみに、至らない私=駄目な私ではないのでお間違えなく
至らないは、未熟な部分を認め努力をすれば改善されるもの。
駄目は自分で自分をジャッジして可能性を潰して停滞してしまう事。
両者には、そんな違いがあると私は思っています。

そして日常生活をしているとついつい自分を見つめる余裕が無くなり、気がつくと積み上がってしまっている奢りや慢心。
私の場合は、加えて今迄の人生で反省し償わないといけないと感じる事も沢山あるんですけどね
ごくごく短い時間かもですが、滝に打たれる事で、そんな自分とも向き合えるなと感じました。

取り留めなく色々と書いて来ましたが、現時点ではこんなところが私の感じて想った事かな。
また何か気持ちに変化があったり新たな気付きが出た時には追記を書きますね

ロックガーデンより眼下に見える綾広の滝を望む
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