中国美術工芸家具 螺鈿象嵌 黄金の玉座 China Arts三昧!

オ-ナ-が中国入りした当時は、中国建国(1949)まもない混乱期で、清朝末期の崇高な工芸品が市中に溢れていました。

【参考】故宮博物院(紫禁城)所蔵品の分散

2016年10月14日 | 中国家具

 1924 薄儀、紫禁城宮殿から退去
 1925 故宮博物院(北京)、美術品などを一般公開(所蔵品総数117万件超)
 1933 蒋介石の国民政府は、故宮博物院の所蔵品を戦火や日本軍から守るべく、1万3,472箱と64包を上海経由で南京に移送
 1937 日本軍南進に伴い、南京の所蔵品は再び運び出されて四川省(巴県・峨嵋山・楽山の3カ所)に避難
 1945 第二次世界大戦の混乱のため、危惧された所蔵品は重慶を経て南京・北京に戻された
 1948 国共内戦激化に伴い、中華民国政府の形勢不利になり、中華民国政府は故宮博物院から2,972箱の厳選所蔵品を台北へ移送
 故宮博物院の所蔵品は北京と台北に分散したが、一部は、国共内戦後の中華人民共和国建国後の混乱のため北京に戻すことができず、現在も南京博物院の管轄の下南京に保管されている (出所:Wikipedia)



* 故宮博物院所蔵品は24年間に4回の移動があり、3カ所(北京・台北・南京)に分散した。

* 当時の物資輸送は戦時混乱期特有の管理不十分のまま緊急のうちに行われたので、積み残し、紛失、盗難、払い下げ等、何らかの理由で市中にこぼれた故宮博物院所蔵品は数知れずであったと推察される。

* 1970年前後、オーナーは中国国内の倉庫には由来の不明な梱包されたままの工芸品が数多く眠っていたと申しています。
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