エッセイ -日々雑感-

つれづれなるままにひくらしこころにうつりゆくよしなしことをそこはかとなくかきつくればあやしゅうこそものぐるほしけれ

山小屋・僭越ながら我々のこと 

2017年05月14日 | 雑感

2017年5月9日 

 M、Tと私は12時半ころ高校山岳部の小屋に到着。

大作業では先輩、後輩、その他あわせて何十人もあつまるが、我々同学年常連はとうとう3人だけになった。

目的は白山芍薬を見ること、三つの橋の滑り止めの整備、そして鹿よけのネット、青色の網が見苦しいので黒網に

とりかえることだった。

 山芍薬は可憐に咲き始めている。

                     

三つの橋の滑り止め作業は簡単だった。添え木は私が、鹿防ぎ用網はTがコーナンで黒網を用意。

                                            

 ほぼ半年をかけ、20日ほど前に出来あがった四阿(東屋・あずまや)にTが家に転がっていた扁額をもってきた。

比叡山を望むという意味だろう“如意軒”と彫ってある幅30センチ、長さ60センチくらいの湾曲した額だ。

 この額の字をだれか腕のある後輩に削ってもらい、皆に名前を考えてもらって字を書きなおすという。

 とりあえず欄干に吊るす。扁額はいい案だが、私は名前なんてどうでもいい、一番思い入れのある人がつけたらいい。

                     

 今日一日中いたのは四阿だ。まことに快適、あずまやを建てたのは正解だった。

小屋の囲炉裏に座るときはよほど多人数か寝泊まりする場合だが、それでも小屋の囲炉裏端が大親分であることは

間違いない。 通常火は土間のストーブで焚いている。

 

 Tは小屋に関して独断でコマネズミのように働く。炉の四方のタイルを陶芸の心得のあるHに頼んで自己流に

直す、私は下働きだ。

Mは、提案はするが自分では動かない。彼が作った唯一の作品は入口側の土間から囲炉裏端に上がる老人介護用

の柱だけだ。この柱だけはみんなが重宝して囲炉裏に上がる。

 

さて、Tの業績に戻る。雪山賛歌を小学校の女友達、裏千家の祐筆級の腕をもつT子さん(私も同級生だ)に

書いてもらって小屋に飾る。

独断で大きな桜を注文した。まあ買った木が大きすぎて、Mと一悶着あったが、いま皆が“観桜会”と称して

桜を楽しめるのはTのお蔭だ。

 “俺らが死んでも桜は残るやろな”。

 

 ただ、いらんことを勝手にやるのもTだ。この小屋を何十年と本格的に維持しているのは、我々より5年以上下の

各種・本職グループ(実戦部隊と呼ぶ)がいるが、Tはそんなことは気にしていない。

あるとき、ベンチを一人で作った。それはいい。 しかし、あっというまに春日大社なみの緑色に塗りはじめた。

もう止められない。

年月を経て、実戦グループが、より幅の広い板をTベンチの上にそっと乗せた。

Tのベンチも土台として生かし、ひなびた山小屋の雰囲気を壊さず周りととけこむように。いい配慮だった。

まあ、これについても周りから面白半分の批評がとぶ。

こういう関係だから万事うまくいくのだが、たとえば、その実践部隊の皮肉屋の一人が、強烈な一句を詠った。

  “Tのベンチは 日陰の身”  

ゴロとしてはもっと響きのいい作品なのだが、Tの名前を出せない。きわめて秀作だ。下からのぞくと、Tベンチの

緑色の足だけは見える。

                     

Tが、鹿除ネットをとりつけ出した。

彼は緑の網を目立つからとまえから嫌っていたから、それをはずして黒いビニル網に取り換えるのだとおもっていた。

ところが、なんと緑を隠すためにその上から蔽うという。それも下からの見栄えのためだけだから、裏側ナシ。

これでは三文芝居小屋の書割(かきわり)だ。これがTの仕事、面目躍如だ。

 

Mが冗談をいう:

もうすこし年月がたって、我々の元気がなくなった時の後輩の会話についてだ。

 

“あの三人なんとかなりませんか、まあ、あのひどい林道運転してここまで自力で来はります。それは評価します。

そやけど、やることがでたらめですやん。

Mさんはもともとなにもせえへん人やからええけど、Iさんは石しか頭にあらへんから変なとこに石ほり込まれたら

こまりますねん。

問題なんはTさんや。 好き勝手にやらはって、その始末をこっちがせないかん!”。

するとグループを束ねるISが言う。“先輩やからしょうがないがな。云えへんがな! いままでようやってくれはったし、

しょうがないやろ・・・・”。

 

「ということになってんのとちがうか」、と3人わいわい話しながら四阿で時をすごした。

 

まあ、Tを酒の肴にしてこの文つくったが、まだ少しは我々も役に立っていると思うからこういう文章を書けるのだ。

 

 二人の登山者が来た。奥さんの方は私たちより8歳くらい後輩のKUWAさん夫婦の同級生という。

そして私とTとの高校の後輩だ。

 

ところで来た時にかれんに咲いていた白い山芍薬は、帰るときには土手一杯満開になっていた、あの短時間でだ。

 

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 8000円のイカ焼きと罰則... | トップ |  葵祭へ »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。