エッセイ -日々雑感-

つれづれなるままにひくらしこころにうつりゆくよしなしことをそこはかとなくかきつくればあやしゅうこそものぐるほしけれ

目にとまること 

2016年10月13日 | 雑感

 2016年10月8日

人が気に止める対象とは面白いもので、自分に関係のある物事はすぐに目につくが、他のことには注意がいかない。

たとえば、私達が結婚して家内が妊娠したときは、お腹の大きい女性ばかりが目についた。

 

私の母親がデイサービースに行っていた頃、そして亡くなる最後の2年間施設に入っていた時には“○○介護施設”の送迎バスとか、“○○介護タクシー”とかの車がそこらを走り回っていた感じがする。

 

今年、母が天寿を全うして、私たちは介護とは無縁になった。するとそういった車が全く眼にはいらなくなったのには驚いた。

 

このごろでは歳をとった人が不自由そうに歩いている姿がよく目につくようになった。 思わず“頑張ってください”、“がんばりましょう”と心の中で言うようになった。

 

私は一昨年末に肺の手術をし、あと定期的に病院通いをしている。すると、夫婦で診察を受けに来ている人が目につき“ああ、我々もこうなんだな”と悟る。そして年齢を実感する。

私の場合は、家内に付き合ってもらっての病院通いだ。

 

ある日、病院検診の帰りに、京都の西にある“しょうざん”までコーヒーを飲みに行った。

 

とある交差点で赤信号で車を止めた時に、私らより少し年配の夫婦が歩いているのを見つけた。

 

旦那さんはずいぶん背が高く、それにくらべて奥さんはきゃしゃだ。奥さんがやや歩行困難らしく、旦那さんが奥さんの手をにぎり、そして笑顔で奥さんに話しかけている。奥さんは時々にこっと笑ってうなずきかえす。

旦那さんはただ奥さんをかばって手を添えているのではない。

 

握った手をゆるめたり、ギュッと握ったり、ちょっとひねって上に向けたり、手でも会話をしている。

 

にこにこと笑いながら、たえず奥さんに話しかけている旦那さんを見て、“感じがいいな、いつも奥さんに話しかけている”と家内にいうと、 彼女“だんなさん、たぶん、奥さんよりおしゃべりなだけなんでしょ”とあっさりかわされた。でも彼女には仲睦まじい老夫婦の様子がよくわかっていたはずだ。

 

若いころには気づかなかったことだ。

 

”しょうざん”、ここは広くて気持ちがいいからよく来る。

その喫茶店、バウハウス続きにボーリング場があり、ここにワニたたきゲームがある。

 8匹ほどのワニがばらばらにでてくるのだが、80匹を倒すとこちらの勝だ。

 

                        

 

家内はこれをいたく気に入っている。途中で「もう、おこったぞ!」というワニの声がきこえると家内の手にがぜん力が入り、80匹以上をやっつけることもしばしばだ。

飛びかかってくるワニを相手に、彼女は日頃の憂さ晴らしをしているようにも思えてくる。

 

 

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