エッセイ -日々雑感-

つれづれなるままにひくらしこころにうつりゆくよしなしことをそこはかとなくかきつくればあやしゅうこそものぐるほしけれ

  超高速参勤交代 - そろばん

2016年09月19日 | 雑感

 2016年9月19日

 

映画、「超高速参勤交代」の第一作の評判がよかったので、二作目ができるらしい。面白そうだったので第一作目のDVDを借りてきた。

                             

東北の小藩湯長谷藩が参勤交代で、やっと故郷に帰ってきたと思ったら、幕府の老中松平信祝の陰謀のため5日間で再び江戸にもどらなければならなくなり、なんとか奇策を弄してことを成し遂げるというあらすじだ。

 

金はない、時間もない、だからごまかしながら間道を突っ走るという困難な計画を立てる。

藩主内藤政醇と知恵者家老の相馬兼嗣が相談しているところに戸隠流の忍者雲隠段蔵が現れて金目当ての手助けをもちかける。

家老の相馬はそろばんを懐から取り出して入用を計算しだすと、段蔵が“これにわしの取り分が加わる”とそろばん珠を指ではじく。

この場面で、あれっと思った。このそろばんは四つ珠だ。あの時代、特殊な目的のためには下四つ珠もあったかもしれないが、普通は五つ珠で、ネットによればもっと昔は上に二つ、下に五つの珠があったらしい。

いずれにしても、違和感がある。

                              

 

このそろばんで思い出した。

 

わたしの母方の祖父は慶応年間生まれで、亡くなったのは88歳。あのころは驚異的長寿との評判だった。しかし超高齢化の現代、88歳は珍しくもなんともない。私の母は今年はじめに100歳で亡くなった。

 

祖父は株屋の番頭をしていたが、私が物心つくときは引退して独り住まいだった。

頭は禿げていたがライオンのような白髪のひげ、眼光鋭く私達孫とはまったく口をきかなかった。孫だけではない、わが息子・娘たちに対しても用事の時以外ほとんど口をきかない。

我達は当然祖父を敬遠した。行ったときにも部屋には入らず敷居際にすわってかしこまって “こんにちわ”、帰るときに“さようなら”という挨拶だけが祖父との接触で、そのときも祖父は頷くだけ。しかし帰りの挨拶でときどき100円札を黙って差し出してくれることもあり、これはうれしかった。

 

 そんな祖父だが、一度だけ祖父のほうから誘いがあった。私がそろばんを習い始めたとき(1953年くらい)だ。

たまたま一つ上の従兄弟がきていた。私らがそろばんを習っていることをどうして知ったのだか、祖父から教えてやるから部屋に来いというお達しがあった。わたしと従兄はそろばんを持って祖父の前にすわった。

 

結果は惨憺たるもので、今でもそのときの様子はよく覚えている。こちらは四つ珠そろばん、あちらは五つ珠。

長く気まずい時間が流れ、あげく「もういい」と祖父はぶすっと云って、私らは解放された。

                              

祖父にとっては、自分の意思で臨んだ唯一の孫との交流の機会だったと思う。 

 

 時代考証が完璧である映画はほとんどないだろう。

“超高速参勤交代”は面白かった。二作目が成功することを願っている。

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