エッセイ -日々雑感-

つれづれなるままにひくらしこころにうつりゆくよしなしことをそこはかとなくかきつくればあやしゅうこそものぐるほしけれ

歳のせい - 豊洲問題

2016年10月15日 | 雑感

2016年10月15日

 

在職中に豊洲の防空壕風地下を決裁した以前の知事が、最初は、“知らなかった、私もだまされていた”という表現から、“混乱させて申し訳なかった”になった。

そして“直接質問には応じられない、書面で回答する”と云ったが、この数日での報道では、“覚えていない、記憶にない”という回答になったらしい。

 

 この種の話は以下のパターンだ。 

 

 最初は否定、つまり嘘をついて逃れようとする。

しかし、これは難しい。 

最初の嘘と次の嘘との間には整合性がなければならない。

”嘘をつくというのは記憶力との戦いなのです、だから私は浮気をやめました”、とある作家が言っていた。  

そして、新しい情報が入って来て最後に崩壊する。

 

 

 もう一つのパターンが“記憶にない”。

そして今回のは“歳をとったから”という理由も入っているらしい。

 

つい最近まで見事な毒舌をふるってきた人だから、最後まで毅然と事態に対峙すべきだ。

 

もし老化で頭の回路がおかしくなったことを理由にするなら、これからもそれらしい行動をとらなければならない。

これは結構しんどい。 そのうち、ボケの振りをすることを忘れ正常な発言をする、ふと気がついてまたボケたふりをして、そして正常に・・・、そしてまたボケのふり・・・、そうこうしているうちに、やがてそれによってうけた脳のダメージは老化の進行を促進する。

 

   落としどころを都議会は探っているのだろうが、いまのままで行くと、彼は惨めな老後、つまり世間の評価として老醜をさらす気がする。

 

 もうずいぶん昔に読んだ鷲尾清一のこんな一文を思いだした。

・・・・“「みっともないから」、「自分に恥ずかしから」やめておきましょうと言う感覚”、それを支えるのが「教養」だというのだ・・・  (朝日新聞、2005、2、20、)

 

彼にはこうした教養を持ってもらいたい。

 

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
«  “モンパルナスの灯” | トップ |  多羅葉(タラヨウ)の樹 »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。