函館市とどほっけ村

法華宗の日持上人にまつわる伝説の村・椴法華。
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大間原発は中止できるか

2017年07月01日 08時37分43秒 | えいこう語る

▼函館市の市民グループが、青森県下北半島の大間町に建設中の原発建設中止を求めた7年にも及ぶ訴訟が、昨日(30日)で終了した。来年3月には裁判長が離任する予定なので、判決はその前の1月か2月ということらしい。

▼原発事故が起きて一番心配するのは、子供への放射能の影響だ。函館地裁は女性の裁判長だという。「女・遠山の金さん」として、函館市民が心を打たれるような、正義に満ち溢れる判決を期待したいものだ。

▼この訴訟の他にも、函館市が国や電源開発に対し、独自の訴訟を東京地裁に行っている。だが、来年の地元函館地裁での判決が、建設を容認する判決となれば、政府のお膝元、東京地裁での判決が、それと反対なものになる可能性は、100%ないような気がする。それに、函館地裁と東京地裁での弁護団が重なっているからだ。

▼来年の、函館地裁での判決は、大間原発問題の関ケ原の戦いなのだが、函館市民の関心はそう高くはないようだ。函館市の総務部では「争点は共通しているが、函館市は大間原発だけに反対していて、原発そのものにの反対訴訟ではない」というコメントを発している。

▼福島原発事故後、全原発が停止しても電力は足りている。福島原発事故は、人間が放射能との戦いに、勝てるかという挑戦の様の思える。いまだ炉心にも近づけない状態では、人間が対戦できる相手ではないということだ。

▼原発の使用済み核燃料再処理工場(茨城県東海村)を廃止する費用が、1兆円にも及ぶと試算された。今後老朽化した原発を廃止するには、どのくらいの費用を要するのだろうか。「放射能VS人間の戦い」は、戦費の面で人間の敗北ではないだろうか。

▼自然にあるウラニウムに中性子をぶっつけて、人工的に製造したプルトニウム。そのプルトニウムが人類最大の敵になっている。言い換えれば「人間が人間を滅ぼす」という結論ではないだろうか。大間原発は、プルトニウムを燃やし続ける原発だ。そんな原発施設が目に見えるところに建設されては、函館市民は『地獄の釜』のそばで、生活をなくされるのだ。

▼プルトニウムは原発の燃料だけではなく、原子爆弾の原料でもある。大間原発問題は、そのような視点で函館市民がとらえることが必要である。大間原発反対に、14万6184筆の署名を集めた函館市町会連合会も、足並みがそろっていない。それは、函館市が、原発すべてに反対ではないという考えが、意識統一の欠けている最大の要因であると私は考えるが。
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