日本では保守派の学者でもリアリスト理論を本気で主張していません――伊藤貫さん

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『自主防衛を急げ!』
【 伊藤貫&日下公人、フォレスト出版 (2011/4/15)、p21 】

(前半よりつづく)

ご承知のように、国際関係を考えるには二つの大きなパラダイム(思考パターン)があります。

一つは、国際法を強化したり国連のような国際組織を充実させたりして各国の相互依存関係が深まるようになれば、世界の国々は戦争しなくなる、という考え方です。もう少し具体的に言えば、

々餾殍,塙餾鬱ヾ悗龍化は、戦争を回避させるはたらきをする、

経済的に豊かな国同士、もしくは経済的な相互依存関係の強まった国同士は、戦争しなくなる、

L閏膽腟舛鮗孫圓靴討い觸国も、戦争を好まない、

という三つの考え方です。第一次世界大戦のあと国際連盟の創設を提唱したアメリカのウィルソン大統領にちなんで、これを「ウィルソニアン・パラダイム」と呼びます。リベラル派のパラダイムと呼ぶこともあります。

これに対抗するパラダイムが、「本当に頼りになる世界政府や世界警察軍が存在しない現状では、国際法や国連に平和維持を期待するのは現実的ではない。したがってバランス・オブ・パワー(勢力均衡、特に軍事力の均衡)を崩さないように国際システムを運営する必要がある」という考え方です。この考え方を「リアリスト・パラダイム」と呼びます。私の言う「古典的なバランス・オブ・パワー派」というのは、「リアリスト・パラダイム」の立場です。

この立場をとってきたのは、第二次大戦後の冷戦外交の基礎をつくった戦略家のジョージ・ケナン、アイゼンハワー大統領、マーシャル国務長官、1930年代から60年代までのアメリカで最も強い影響力を持つ外交評論家であったウォルター・リップマン、著名な国際政治学者のハンス・モーゲンソー(シカゴ大学)、キッシンジャー元国務長官、ブレジンスキー安全保障政策補佐官、サミュエル・ハンティントン(ハーバード大学)、ブレント・スコウクロフト中将(安全保障政策補佐官)、ジョン・ミアシャイマー(シカゴ大学)といった人たちです。

戦後のフランスの大統領となったド・ゴール、ポンピドー、ミッテラン、シラクの4人や、イギリス、フランス、ロシア、中国、インド等の外務省幹部も、バランス・オブ・パワーの維持を最も重視するリアリストです。中国共産党の首脳部も、本質的にはリアリストですね。彼らは「世界を共産化したい」などと考えてない。彼らがつねに真剣に考えてきたことは、「どうしたら中国の覇権を強化できるか。どうしたら中国の勢力圏をよりいっそう拡大できるか」ということです。毛沢東も周恩来も小平も江沢民も、みな、タフで柔軟で意思の強固なリアリストでした。

このリアリスト派の視点とは、「ツキディデスが『戦史』(岩波文庫)でペロポネソス戦争(アテネの同盟軍VSスパルタの同盟軍の戦い。紀元前431年〜紀元前404年)を描いたときから2千4百年間、国際政治を動かしてきた最も強力なメカニズムはバランス・オブ・パワーであった」というものです。著名な歴史家であるトインビーやA・J・P・テイラー、ポール・ケネディ(イェール大学)等の視点も、基本的にはリアリストです。トインビーは20世紀前半の国際政治を観察していて、「嗚呼(ああ)、ツキディデスの描写した国際政治と、本質的に何も変わっていない」と述べていました。

過去の国際政治史を振り返ってみると、リアリストの重視するバランス・オブ・パワーの力学が世界を動かしてきました。なぜそうなるのかといえば、過去2千4百年間でいくら友好条約や不可侵条約を結んだり、国際法を強化したり、国連のような機関をつくっても、いったん強い国が暴れだすとすべては吹っ飛んでしまうからです。

同盟関係や国際法も、経済の相互依存関係の強化も、いざとなると戦争を阻止する機能を持たないのです。たとえば、第一次世界大戦の前は、いまと同じぐらい国際間の貿易や相互投資が盛んにおこなわれていました。英仏独墺露の諸国は緊密な通商関係と金融関係を維持していたのですが、ひとたび戦端が開かれると、あっという間にお互いを叩きつぶすムチャクチャをやり始めました。

思うに、人類というのは、世界政府とか世界立法院、あるいは世界裁判所とか世界警察軍、そういうものをつくることができない体質なのです。もちろん、いかさまな国際裁判所をありますけれど、「本当の正義」を実現する力など持っていません。ルワンダやセルビアやカンボジアといった弱小国が“見せしめ”としてお仕置きを加えられるだけです。世界の強国であるアメリカやロシアや中国は、けっしてお裁きの場に引きずり出されることはありません。結局、みんなで寄ってたかっていじめてもかまわないような国だけが、国際裁判にかけられるのです。

アメリカのイラク戦争だって、ロシアがグルジアに攻め込んだのだって、国際法違反の侵略戦争ですしかし力の強い大国に対しては、どこの国も処罰できない。米中露イスラエルのように利己的・独善的で軍事力と国際政治力の強い国は、何をやってもいい。これら諸国が侵略戦争をしようが凶悪な戦争犯罪を繰り返して民間人を無差別虐殺しようが、いっさいお咎(とが)めなしです。

「いったん強国が一方的に軍事力を行使すると、どうしようもなくなってしまう」というのが、過去3千年間続いてきた国際政治の現実なのです。残念ながらこの現実は、21世紀になって変わっていないのです。米中露イスラエル等の覇権主義国家は、本音レベルでは、「真の実効力を持つ世界政府や世界裁判所などをつくると、自国の行動の自由を束縛されるからイヤだ」と考えています。それゆえ、「ウィルソニアン・パラダイム」が強調する相互依存とか国際組織とか対話促進と信頼醸成とかいったものに平和を委ねるのは危険だ、というのがリアリスト派の基本的な考え方になっています。

ところが戦後の日本の大学で教えられているのは、ほとんどが「ウィルソニアン・パラダイム」に属する相互依存派や制度派の思考パターンです。なぜかというと、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して(前文)……国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する(第9条)とする日本国憲法を維持する立場からは、そのほうが都合がいいからです。

リアリスト派の理論をそのまま日本外交に適用しようとすると、憲法や、過去半世紀間のいわゆる「吉田外交」と齟齬(そご)をきたしてしまいます。だから日本では保守派の学者でもリアリスト理論を本気で主張していません。

高坂正堯(こうさかまさたか)さんにしても、佐藤誠三郎さんにしても、衛藤瀋吉(えとうしんきち)さんにしても結局、みなさん相互依存派と制度派の論理を借りてきています。この人たちは日本の政界やマスコミでは「リアリスト」として扱われていましたが、少なくとも米仏中印露等の外交政策判断の基準に照らし合わせると、リアリストではありません。高坂さんや佐藤さんなど、ケナンやキッシンジャーやハンティントンだったら顔が赤くなって言えないようなことを、平気でしゃべったり書いたりしています。高坂さんや佐藤さんが保守政治家と外務官僚に「使って便利な学者」として重用されていたのも、彼らがバランス・オブ・パワー外交を実行することを本気で考えなかったからです。

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